HBESJ 2009 FUKUOKA 参加日誌 その4

 
第2回日本人間行動進化学会参加日誌 大会二日目 その2
shorebird2009-12-27

昼食後総会があり,その後午後のセッションに


口頭発表


「父母およびきょうだいに関する接触忌避」 伊藤君男


ヒトにおける配偶者選択において,誰かに積極的に好意を抱くだけでなく,「この人だけはいや」という嫌悪感が重要ではないかというテーマの研究.血縁者に対する接触拒否を,若い女性と若い男性で比較したものが今回の発表.
同じ箸で鍋をつつく,握手,その人が入った風呂に入るなどの項目を友人,父母,きょうだいに関してアンケート調査をしたもの.
結果は,若い男性の接触忌避に相手の性別による差は見られなかったが,若い女性は男性血縁者(父,兄,弟など)に対してもより嫌悪感を感じているというものだった.

発表者は,この結果を近親交配の忌避が理由ではないかを推測していた.女の子がお父さんをあるときから嫌いになる進化的基礎ということだろうか.


「ヨーロッパ自然法倫理の「進化」?」 内藤淳


「進化的な適応度上昇のためのセオリーを倫理の基礎にしよう」とする内藤による倫理学の立場の整理にかかる発表.
まず自然法については自然主義と超越主義の2つの立場があり,前者は人間の本性を道徳の基礎にしようというロック,ヒュームなどの立場,後者は人間の本性にまかせては駄目で人為的に修正したものが道徳だというホッブスの立場になる.
そして「べし」はどこから来るのかを進化の視点から考える進化倫理学にもこれに似た2つの立場があり,生得論的進化倫理学と方法論的進化倫理学ということになる.
前者はルースの立場で,進化により利他的行動が適応として現れ,それをより強い動機付けするための拘束メカニズムとして倫理観,道徳観が進化したものだと考える.これによると「べし」は生得的な感覚であり,それを正当化することはできない.自然法のルソーやヒュームの立場に近いだろう.
後者は内藤の立場であり,「べし」は目的達成のための方法論として正当化される.そしてこれはホッブスの立場に近いだろう.


内藤の持論を自然法議論との関係で整理したもののように思われる.人権を強く基礎付けしたいという気持ちはわかるが,やはりやや無理筋であるのではないかという私の感想(要するに私の考え方はルースの生得論的進化倫理学に近いということになるだろう.参照http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090222http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20071231)を変えるものではなかった.


「制度・慣習の進化シミュレーション」 中丸麻由子


頼母子講が何故もらい逃げのリスクを克服できるのかについての進化シミュレーション.
頼母子講に類する仕組みは世界各地に民間金融のマイクロファイナンスとして存続しており,英語ではROSCAと呼ばれる.この制度崩壊の最大のリスクは参加者のもらい逃げリスクにあることは明らかだ.これに関するこれまでの研究では評判とルールによって防がれているというのでシミュレーションで検証してみたもの.
大きな集団中で,小集団で講が成立するという状況が繰り返す.そして新たに講に参加できるかどうかは過去の行動に基づく評判スコアが一定以上なければならないというルール,および参加者も講のメンバーの評判を知って拒否できるとい条件を入れてやると講が成立するというもの.
当たり前のような気もするが,何ら制裁なくとも進化できるのでやはり面白いということかもしれない.なお実際の講の実態についてもいろいろ質問が出ていたが,マイクロファイナンスとして機能しているようなものは,最初の受け取り者に対する仲間社会の融通という側面が強いようだ.であれば実際には講の参加資格剥奪以外のサンクションが大きく効いているように思われる.


「文化的コミュニケーションへの進化的移行」 田村光平


言語能力の進化と文化と遺伝子の共進化を合わせてモデル化したという発表.
真ん中に大きな島が1つ,周りに小さい島が複数あり,一定確率で移住するという環境を前提とする.話す能力遺伝子と聞く能力遺伝子があり,話すことにも聞くことにもコストがかかる.これとは別に会話する文化というものが学習により親子間伝達する.ただし親に話す遺伝子があり,子に聞く遺伝子があるときのみ学習伝達が生じる.この中で言語文化と言語遺伝子が両立する条件を探す.
基本的に会話の利益が高く,コストが小さいと両立しやすい.ここで会話の利益が相利的な場合あるいは話し手にのみある場合には移住率が小さい方が良く,利益が聞き手にのみある場合には移住率が大きい方が良いという結果を得た.

前者は血縁淘汰的になるので当然だが,後者はちょっと面白い結果だ.質疑ではこのモデルでは言語ではなくて単に信号の進化ということにならないかという突っ込みがあった.その通りだろう.


「ヒトの休息と進化」 宮腰誠


脳のエネルギー消費は全体のエネルギー消費の20%を占めているが,頭を使っているときとぼーっとしているときのエネルギー差はわずか3%に過ぎない.この休息しているときの脳は何をしているのかということにかかる発表.
MRIで調べると,被験者に何も考えずにぼーっとしておいてもらったときの活動部位モードは,エピソード記憶,評価判断,自己参照などのタスクの時の活動モードによく似ている.このような内省的なモードがヒトの認知能力の進化に何らかの関連があるのではないかという話だった.
関連した議論として,集中が切れたときの侵入思考,自伝的記憶,自閉症患者の集中力(飽きるという能力の欠如?)などの話も出ていて今後広がりそうな分野だという印象だった.


「公共財ゲームにおける罰の厳格性と空間構造からの影響」 島尾堯


本学会でここまで様々に取り上げられている公共財ゲームにかかる罰の問題.ここでは格子の空間構造を取り込んだモデルの結果が発表された.さらに罰は連続的なもの(ただし閾値と厳格性(罰の強度の話ではなく,閾値近辺で罰を与える確率が急上昇するかどうかというパラメーター)という2パラメーターで協力度に対する罰の強度を決める関数を持つ)とし,格子の4点のプレーヤーでゲームを行い得点に依存した生存率を決め,死亡後は近隣個体がランダムに複製して入り込むというモデルとなっている.
格子構造とランダム対戦を比較すると,格子構造の方がより厳しい罰を与える個体が進化しやすいという結果になる.これは滅ぼされたところの近隣個体が有利になるので当然だろう.また格子の方が閾値に対してシステムが敏感に反応するという結果も得られており,これにより閾値を少しづつ上げることにより相手の協力を誘導できるという効果が生じるだろうと主張していた.


「公平性の進化の数理モデル」 瀬川悦生


4単位の資源を2者で分けるゲームを行うシミュレーション.
このときに互いに欲しい単位数を提示して,合計が4を超えると交渉不成立で何ももらえず4以下なら要求通りもらえるとする.このゲームを繰り返し行い,プレーヤーは自分と相手の過去の手に応じた戦略を持つ.また認知エラーも一定確率で生じる.
以上のセッティングで進化シミュレーションを行うと常に2単位を要求するという戦略がESSであることを示せたというもの.
単に3以上要求すると交渉不成立になるから2にするというだけの話のように思われた.



というところで今年のHBESJは終了した.協力の進化と罰の問題が様々に取り上げられなかなか啓発的だった.主催事務局の皆様に改めて感謝申し上げたい.
それにしても私達が報復感情や処罰感情を持つのは何故なのだろう,そしてそれは(少なくとも農業革命以降の)社会にとって有害だということなのだろうか.




これは学会終了後にいただいたもつ鍋だ.本場物はひと味違う.