「進化:ガンカモ類の多様な世界」

進化―ガンカモ類の多様な世界

進化―ガンカモ類の多様な世界


原題は「Evolution: Illustrated by Waterfowl」(1974).これはガンカモ類を材料にして「進化」を一般向けに説明しようとしている本である.そしてIllustratedとあるように様々なガンカモ類のイラストが満載になっている.実は鳥好きにはこれだけでもなかなかそそられるものがある.


まずはガンカモ類の特徴と分類が取り上げられる.種,属,亜種などの分類がその詳細を考えるとなかなか難しいものであることがガンカモ類の具体例とともに語られている.さすがに1970年代の本なので,そもそも種や亜種は便宜的なものだと言い切るような豪快さはないが,例えばシジュウカラガンの亜種分類について丁寧に議論されてみると*1,「亜種」というものがあるという前提で考えると分類という営みはいかにも難しく,その悩ましさがよくわかるというつくりになっている.
さらに大洋島におけるカモの亜種,様々な亜種複合群を取り上げた上で,それが異所的種分化の結果だと考えればうまく説明できるとまとめている.

ここでラックは種内多型の問題を取り上げている.(ハクガンの青系,白系,マガモのヒナの正常系,暗色系が例にあげられている.)ラックは自然淘汰でこれを説明することがなかなか難しいことを認めている.現代的には条件依存戦略か頻度依存淘汰で説明することになる.実際に鳥類には目立つ例(有名なのはクロトキの黒色系,白色系だろう,そのほかエリマキシギとかカッコウとかチュウヒなど種内多型が見られる鳥は多い)が多いのでこれはなかなか興味ある問題だろう.


次はダーウィンに敬意を表して家畜の例(アヒルとガチョウ)を紹介している.当然ながら様々な特徴が人為淘汰により説明されている.
この後ラックは雑種(実際にカモ類には多い.なぜカモ類に多いのかは興味深い問題だがここでは取り上げられていない)の問題も扱っている.基本は雑種の生存率,繁殖率が低いことを示し,だから広範な交雑が生じないのだという議論を行っている.


次は性淘汰形質が取り上げられている.ラックはメスの選り好みによる性淘汰という議論を採用していないので,これは雑種を避けるための同種識別信号だという説明に終始している.ここは本書でただ1つまったくアウトデートされてしまっている部分だろう.1980年代以降の信号理論,および性淘汰理論の進展がいかに動物を見る目を変えたがよくわかる.


この後ラックは様々なガンカモ類のニッチの違いから異所的種分化,適応放散の話に進んでいる.様々なガンカモ類の採餌の様子が楽しいイラストになっていて読んでいて大変楽しい部分だ.
放散の後は収斂も取り上げている,カワアイサとヒメウ(水中を素速く泳いで魚を捕る),ツクシガモとミカドガンとタテガミガン(草食),ハシビロガモとサザナミオオハシガモ(水面採餌)などがやはりイラスト入りで説明されていて楽しい.ラックは最後に換羽と渡りの適応的な意義を説明して本書を終えている.


全体としては,「適応」をよく考えた本に仕上がっている.残念ながら性淘汰については議論が古いが,そのほかの議論は今でも読むに足りるものだ.ガンカモについての様々な話題にあふれていて,イラストの豊富さも含め,鳥好きな人には十分お勧めできる.



関連書籍


私の持っているカモの図鑑.全世界のカモ類が網羅されている.

Waterfowl: An Identification Guide to the Ducks, Geese, and Swans of the World

Waterfowl: An Identification Guide to the Ducks, Geese, and Swans of the World




これは秋にシベリアから渡ってきたばかりのオオハクチョウの親子

*1:北米大陸上の分布,大きさ,羽根の色の違い,ベルグマンの法則,グロージャーの法則への当てはまりなどが議論されている.