Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その26


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Groupselection is not kin selection>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"


West SA, Griffin AS and Gardner A (2008) Social semantics: how useful has group selection been? J Evol Biol 21, 374-385.



Westたちは「古いグループ淘汰」の定義について明確にしてWilsonとの議論のすれ違った議論を整理した後に,3点目として「新しいグループ淘汰理論」と包括適応度理論が等価だとして,さらに多元主義の立場に立つとして,「新しいグループ淘汰理論がなぜ使われないか」という部分を説明する.


まず最初にグループ淘汰理論でしか得られない洞察はないと主張し,さらにグループ淘汰は使いにくく,混乱を生むのだと非難している.そしてこれまでの包括適応度理論の圧倒的な成果を見せ,Wilsonがようやく指摘した「グループ淘汰理論がはじめて可能にした洞察」の具体例を見ていく.


1. 集団の粘着性


Wilsonは「集団に粘着性がある(分散が限られている)場合に必ず利他性が進化するわけではない.分散が限られると競争も激化する.繁殖集団に広まるには分散も重要」という洞察が,グループ淘汰理論ではじめて得られたと指摘している.論文としてはWilson自身の1992年のものが挙げられている.


Westたちは,この指摘に対して,Hamiltonが1971年,1975年の論文でその問題には気づいていたと指摘し,以下の主張を行っている

  • Wilsonの1992年の論文は,それを単純なケースシナリオに展開して見せただけで,グループ淘汰理論はこれを分析的に扱えていない.(だから結局シミュレーションに頼っている)
  • これを理論的に解析したのは1992年のTaylorによる包括適応度理論による分析であり,2002年にはWestたちにより同じく包括適応度を使って,より実際の生物学的現象に適応できる一般的な解決がなされた.
  • さらに「分散が集団でなされる場合にどのように競争より協力が進化するか」について包括適応度理論の枠組みで理論的な前進(Gardnerたちの2006年の論文)があった.この集団で分散する問題は1930年代から議論されていて,1980年代のPollockによるグループ淘汰的なアプローチは失敗してきたが,包括適応度理論を応用してすっきり解決できた.
  • これ以外の特別な場合の理論的進展(集団サイズが変化する場合,集団サイズに一定の限界がある場合,近交弱勢がある場合)もすべて包括適応度理論を使ってなされている.
  • さらに協力だけでなく,それらが加害行為やスパイト行為に応用する試みも包括適応度理論の枠組みの方が応用しやすく,多くの研究がなされている.
  • 競争を避けるための分散という主題もHamilton以来多く研究されているが,ほとんどすべて包括適応度理論によってなされている.
  • これらのことはすべていかに包括適応度理論の方が実際の生物学的な現象の分析に使いやすいかを示している.


なかなか圧倒的な論破振りだ.挙げられている論文をすべて読む根気はないが,おそらくWestの指摘通りだろう.Wilsonにしてみれば,1975年のHamiltonの論文はグループ淘汰の論文だと言いたいのだろうし(しかしもしそうなら前回の指摘の時にリファーしておくべきだっただろう),シミュレーションでも解ければ良いではないかということかもしれない.
しかしHamiltonの論文をグループ淘汰理論であって包括適応度理論ではないというのは無理があるだろう.またシミュレーションでしか扱えなかったというのは結構痛い指摘のように思われる.


2. ヒトにおける協力


Wilsonはグループ淘汰理論による洞察の2点目としてヒトにおける協力を挙げている.特に罰によるもの(強い互恵関係)がそうだというのだ.


Westたちは,この問題こそグループ淘汰理論がもっとも明晰に説明することに失敗し,包括適応度理論がうまく扱ってきた領域だと反論を始める.

  • 強い互恵性の研究は,(グループ淘汰理論が解析的に分析することに失敗したため,)当初もっぱらシミュレーションによって進められた.そしてシミュレーションの結果をグループ淘汰的な用語で解釈しただけだった.だからなぜそうなるかについてはよくわかっていなかったにもかかわらず,それはグループ淘汰であり,血縁淘汰ではないと一方的に主張された.*1
  • (幸運なことに)包括適応度理論はグループ淘汰モデルがもたらした混乱を解決できた.そして強い互恵性は(そう主張されたような)何か特別な代替的な協力促進のメカニズムではなく,行為者に(包括)適応度上昇をもたらす特別なケースに過ぎないことが明らかになった.


ここも圧倒的だ.引用されている原論文をすべて読む根気はないが,おそらくグループ淘汰だと主張されたものはシミュレーションによっているのだろう.これはグループ淘汰理論が(因果を直接説明しているような印象を一部の主張者に与えるにしても)実際には分析ツールとして劣っていることを示しているように思えるところだ.


このやりとりを眺めると,D. S. Wilsonの理論的な劣勢は否めないだろう.もともと包括適応度理論で様々な問題が分析できていたところに,頑固にグループ淘汰理論を持ち出してがんばってきたガッツはたいしたものだが,ちょっと無理筋も混じっているというところだろうか.
WestたちはWilsonの主張の論破のあと自らの見解をさらに展開している.

*1:血縁淘汰的ではないという主張というのはまさにNowak陣営が繰り返していたように,あるいは血縁淘汰について拡張前の定義のみを用いていることから生まれた混乱かもしれないが