「ロビンの生活」

ロビンの生活 (1973年) (世界動物記シリーズ〈1 今西錦司監修〉)

ロビンの生活 (1973年) (世界動物記シリーズ〈1 今西錦司監修〉)


これは鳥類学者デイヴィッド・ラックによる一般向けに書かれたモノグラフで,初版の出版は1943年,本書の元になった改訂第4版が1965年,本訳書の出版は1973年.題材になっているロビンの研究は一連のラックの鳥研究の嚆矢になったもので1937〜1938年*1になされた観察がもとになっている.時代的にはローレンツティンバーゲンによる動物行動学の勃興の直後の30年代ということになる.


本書で取り扱われているロビンとは学名でErithacus rubecula.標準和名はヨーロッパコマドリとされる鳥で,日本のコマドリErithacus akahige*2に近縁で色調も似ているが,生態はかなり異なる.日本のコマドリは基本的に夏鳥で高山でのみ繁殖するので観察するにはそれなりの場所に出かけていく必要があるが,英国では一年中裏庭で観察できるいわゆるbackyard birdである.顔から胸にかけて鮮やかなレンジ色を持ち,人になれやすく,春の囀りが美しい,英国では大変ポピュラーな鳥のようだ.


本書ではこのポピュラーな鳥の観察を丁寧に行っている.捕獲して足輪をつけて個体識別をした上で,なわばりマップを作り,行動観察していく.ロビンはオスがなわばりを持ち,そこにメスが入って繁殖していくという形が基本だが,一部のメスは秋になわばりを持つ.また大半のオスは通年英国にいるが,メスの一部はヨーロッパ大陸に渡って越冬するようだ.*3


美しい囀りと,特徴的なオレンジの胸のパッチはなわばりの占有権維持に関連するとラックは主張している.なわばりとの関係でいつどこでどう囀るか,境界で出会ったときにオーナーがどのように胸を相手に見せつけるようにディスプレーするか*4などが詳しく書かれている.またオスの囀りは未婚のオスがいることをメスに宣伝する機能もあるとしている.性淘汰についてメスの選り好みを認めていない時代なのでこのような書き方になるが,観察自体は鋭い.



なわばりを争う場合には,囀り合戦となるが,通常先取権が認められていて,なわばり主からの一方的な威嚇で侵入者が退散するという経過をたどり,滅多に物理的な争いにエスカレートしない.*5そして採餌するためだけに他者のなわばりに侵入するときには静かに入り,採餌自体は容易に可能らしい.このことからラックはなわばりの機能については採餌なわばりではなく,つがい形成上の重要性のためにあるのだろうと議論している.なおなわばりの意義についてはウィン=エドワーズ的な全体の個体数調節のためという説を個体淘汰の立場から否定する議論もなされている.このあたりは時代でもあるし,ラックの先進性をよく示している.


つがい形成に当たってはオスからメスへのコートシップフィーディングを行う.ラックはこれも詳細に観察している.ラックは単純な絆形成儀式ではなく,この栄養価が,つがいの抱卵・給餌を効率に効いてくるという適応的な意義を持つのだろうと推測している.巣は地面に直接作られる.非常に巧妙に隠されていて見つけるのは容易ではないそうだ.ラックは木の洞は他の鳥との競争上とれないのだろうと推測している.子育てに関しては一腹卵数,卵の模様,餌の内容も細かく観察している.


このほか寿命の推定,認識,人に慣れやすいこと*6についての議論なども収められ,最後に「本能」についての考察もある.本能の議論は定義が難しく,鳥の心的状態を観測できないうちは無用ではないかというものだ.書かれた時代を考えると非常に先進的だ.


本書は書かれた年代こそ古いものだが,ある一種の鳥の生活史全体について詳細な観察を行ってそれを一冊にまとめているもので,時代を超えた価値があるように思う.実際に読んでいるとロビンの生活が生き生きと浮かび上がるようで,思わずYoutubeでrobinを検索して片端から全部眺めてしまいたくなる*7.解説は至近因と究極因の議論が入り交じり,古さを感じさせる部分もあるが,ラックの視点はきちんと個体淘汰主義に立脚していて基礎に揺るぎがない.読者は豊富な観察にその後の信号理論やESSなどを自ら当てはめることもできるだろう.何より読んでいて楽しい本だ.日本のbackyard birdにもこのようなモノグラフがあればという思いを禁じ得ない.






なお所用あり,ブログの更新は10日ほど停止します.

*1:一部1948年までロビンの研究を続けたようで,それを反映して改訂されているが,本の骨格は初版のままであるとされている

*2:学名でアカヒゲコマドリが取り違えられている話は有名

*3:ロビンが渡りをするかどうか自体が当時では論争があったようだ.丸々一章をさいて渡りの有無を論じている

*4:ディスプレーの図も添えられていてわかりやすい.相手がどこにいるかによって確かに胸のパッチを見せつけるようにディスプレーする.剥製をデコイに使って観察したと説明されている

*5:何らかの非対称性に立脚した優位劣位性は,現代であればESSで説明される部分だ.

*6:うまく慣らすと掌にとまってワームミールを食べるようにできるそうだ.おそらく地面をひっかいてくれる大型動物についていって虫を捕るという適応行動があり,人に慣れやすい性質の基礎があるのだろうと推測している

*7:なおrobinだけでは鳥以外のものが大量にヒットするのでrobin birdにするなどの工夫が必要である