サイエンスカフェ「個性の行動学」


去る11月6日,東京大学駒場キャンパスにおいてサイエンスカフェが開催されていたので参加してきた.主催は日本学術会議行動生物学分科会,共催は東京大学進化認知科学研究センター.(http://kokucheese.com/event/index/58888/
開始時刻は午後6時ということでキャンパスに到着すると,かなり秋も深まった中とっぷり日も暮れている.場所はごく普通の教室の一室で構内にあるカフェからコーヒーの出前という形.



これは出前元の駒場構内のイタリアントマトカフェ.



司会進行は岡ノ谷一夫.1人10分強ぐらいのトークを7人の話題提供者からいただいて,質疑応答をやるという形式.テーマは「個性の行動学」.進化的に考えると動物の個体に広く行動的な個性がみられるのはなかなか興味深い現象だ.身長や体型も同じだが最適な状況があるならその一点に向かって進化的に収束しそうなものだが現実はそうなっていない.多型自体は条件付き戦略だったり頻度依存淘汰であったりすれば説明できるが,現実に見られる行動特性における個性はそれで説明できるよりはるかに広いように感じられる.そういう意味ではサイエンスカフェであれこれ議論するのによい話題と言うことでもあるだろう.


最初のトークは岡ノ谷一夫.


まずはジュウシマツの歌の複雑さの説明.ジュウシマツはコシジロキンパラが輸入されてから250年間に日本で人為淘汰されて生まれた品種だ.淘汰は主に体色や繁殖の上手さにかかったようで,囀りの複雑さが選ばれたわけではないのにもかかわらず,その歌はコシジロキンパラとは随分異なり複雑だ.
何故そうなるのかについて調べてみたところ,いくつかのことがわかった.
まずコシジロキンパラは主に父親からだけ歌を学ぶが,ジュウシマツは複数の個体から歌を学ぶらしい.
またコシジロキンパラは野生で(捕食されるリスクなどの)ストレスが大きいのに対し,ジュウシマツは飼育鳥であり,その面でのストレスは小さい.これにより両者においていくつか異なる行動傾向が現れるようだ.

  • 新しいおもちゃなどへの恐怖:ジュウシマツは小さい.
  • 擬死からの回復時間:ジュウシマツの方がはるかに短い.
  • 好奇心:ジュウシマツの方が強い.
  • ストレスホルモンのレベル:ジュウシマツの方が低い.
  • 脳構造:歌の制御系はジュウシマツの方が大きい.恐怖を感じる扁桃体はジュウシマツの方が小さい.

現在のところ,飼育環境におけるストレスの低い環境への適応として,ストレスホルモン濃度の低下,制御系の発達,扁桃体の縮小が生じたのではないかと考えている.


ジュウシマツ個体群の中の個性というより,人為淘汰の結果の品種特性という話だった.このトークの通りだとすると,もともとコシジロキンパラのメスに歌の複雑さへのチョイス傾向があって,オスの歌の複雑さのための制御機能は捕食回避のための扁桃体やホルモンレベルとトレードオフにあったのだが,飼育環境でそのトレードオフバランスが変わったと解釈できるということだろう.


2番手は上田恵介


トークの題は「ニワシドリの美学,スズメの修業」
ニューカレドニアから帰ったばかりで,そこでみてきたカグーの話を前振り.カグーは南米のジャノメドリと近縁ということが最近わかった鳥で,オスメスのペアにヘルパーが4〜5羽もついてわずか1〜2羽のヒナを育てるそうだ.
さて本題の個性のトークはまずニワシドリの性淘汰形質について.ニワシドリはゴクラクチョウやカラスに近縁な鳥だがその性淘汰形質はアズマヤを作って飾り立てるという「延長された表現型」であることが知られている.スライドではまず様々なアズマヤが系統樹的に示され,アズマヤの形態や色に種差があることがわかる.さらにこのあずまやの形態や色の装飾は同種の中でも個性があるそうだ.しかしどのような個性の差がどう繁殖成功に効いているかのリサーチはなく詳細は謎に包まれているということだそうだ.
次は某バードウオッチャーによるスズメの行動的個性の観察事例の紹介.そのバードウオッチャーはシジュウカラに殻付きピーナッツをひもで吊して給餌していたが,それをスズメがどのようにして食べるようになったかを記録したそうだ.あるスズメ個体は3年間じっとシジュウカラの様子を観察,3年目に2羽の弟子が登場し,それぞれ異なる方法でピーナッツを取ることに成功する.最初のスズメは,その後弟子2の方法で取るようになったそうだ.
アネクドータルな観察に止まっているが,なかなか面白いとのコメントだった.


フィールドでちょっと観察すると多くの行動特性の個性は観察できるのだが,実際にリサーチにまで結びつけるのにはまだいろいろなハードルがあるということのようだ.個体識別やデータ取りも大変そうだが,基本的には上手く説明できる理論的なフレームがないからどこから手をつけてよいのかよくわからないというところが一番大きいのだろう.


3番手は上田宏


サケの母川回帰が話題.まずは学説史.母川の匂いを覚えて帰るというのが嗅覚説で1950年代に唱えられた.これに対してホルモン説(同種個体の匂いで帰る)もあるが,太平洋サケには当てはまらず,基本的には嗅覚説が受け入れられている.
では具体的に何の匂いなのか.上田はいろいろと調べ,これが水に含まれるアミノ酸の組成であることを突きとめる.覚えるのには臨界期がある.人工的にアミノ酸組成と母線に似せて作った水をY字路に流す実験やサケの脳をMRIに突っ込むための苦労話は面白い.
いろいろ調べるとベニザケ,シロザケ,サクラマスに比べてカラフトマスは選択性が弱い.これが最近のカラフトマスの分布拡大に効いているのではと考えているそうだ.


これもどちらかといえば種差の話.最後の点に関しては個体にとってはやはり誤差が小さい方が有利だろうから,何故カラフトマスの方が誤差率が大きいかの説明は分布域の拡大とは別のところ(何らかのトレードオフ)に求めるべきだろう.とはいえなかなか興味深い.


4番手は仁平義明


カラスとサルの個性の話.
まずはハシボソカラスのクルミを車にひかせる行動.仙台地区では70年代に某自動車教習所で始まったことを突きとめたが,結局どのような個体が始めたかはわからない.
サルについては有名な幸島のイモ洗いの話があって,伝説化しているが,本当にイモが最初に始めたかどうかは確証できないし,そもそもあれは「洗い」行動ではなく,割とよくある「水浸し」行動(ぱさぱさするものを水に浸して食べる行動)の要素が大きいのではないかと思っている.
ということで仙台市の動物園のサル山に滑り台を設置してどの個体が始めに滑るかという実験を行った.(滑る部分を取り外し可能にして絶対に見逃さないように工夫しているというくだりは面白かった)最初に滑った個体は2歳のオス.非常に好奇心の強い「リスクテイカー」的な個体だった.


これは紛れもなく個性の話.仁平はこのような個体は野生では長生きできなかっただろうともコメントしていた.このような好奇心が強くおっちょこちょいの個体というのは多くの動物で広く見られるようだが,どのような淘汰メカニズムが絡んでいるのだろう.


ここでコーヒータイム.


5番手は長谷川寿一.何とブラタモリにも出演したかのキクマルとともに登場.長谷川は現在この教養学部の学部長であり,キクマルはキャンパス犬として様々な学部長出席の公式会議にも参加しているそうだ.素晴らしい.


動物行動のリサーチとして「個性」というテーマはここ10年で飛躍的に多く扱われるようになった.10年前にはほとんどなかったが,今や全リサーチの5%が個性関連だそうだ.
本日は弟子の今野さんの犬の個性に関するリサーチを紹介.飼い主に飼い犬の行動特性についてアンケートに答えてもらう.これは主成分分析にかけるとかなりロバストな結果が得られ,5つの軸「社交性」「好奇心」「神経質」「衝動性」「攻撃性」に整理できる(基本的にはヒトのビッグ5と同じやり方).
この特性と遺伝子の関連もいろいろ調べられていていろいろな神経伝達物質トランスポーターの方と相関がでている.現在今野さんは動物のパーソナリティ研究の総説論文を投稿中とのことだ.


犬の行動特性と遺伝子については動物行動学会のシンポジウムでも聞いたことがあったが(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110917参照),あれからまた少し進んでいるようだ.5因子がロバストというのは大変興味深い.結構ヒトのビッグ5と重なっているようだ.種間で同じような行動個性が多型というのは本当に面白い問題だ.これはオオカミにもあるのだろうか.(人為淘汰によってこのような多型が現れるようになったとは考えにくいだろう)


6番手は長谷川眞理子.


最初は先ほどの仁平のサルの滑り台遊びについて.仁平はトークの中で,霊長類学者はニホンザルは滑り台を滑ったりしないだろうとコメントしたといっていたが,自分のニホンザル観察経験からいうと,いかにも遊びそうに感じられるとして,千葉県での滑り遊び観察例を紹介した後,若齢個体はいろいろな遊びをする(石を手に持って二本足で運ぶ,山ほど持つ,缶を足で蹴ってくるくる回す,草刈りで積み上げられている草を崖から次々に落とすなど),これは身体の動かし方,物事がどういう結果に結びつくかについて,若いうちに試行錯誤することが特に哺乳類などの自分が成長後どのような環境で過ごすことになるかが一義的に決まらず,長寿な生物では適応的だからなのだろうとコメント.
長谷川自身若いときにニホンザルとチンパンジーを長年観察してきて,彼等に個性があるのははっきりわかっていたが,その個性自体を,その進化的な位置づけについては深く考えてこなかったと述懐.それは最適戦略という行動生態学の考えでは1つの表現型に集中するか,少数のいくつかの多型になることが予想され,個性をどう扱っていいかわからないということもあったからで,今になってみるとあの山のようなフィールドノートを読み返してみると大変面白いデータが埋まっているような気もするがとてもそんな時間はなさそうだとのこと.ここで生物の行動特性の個性について興味深い点をいくつか挙げていた.

  • 個性はどのような動物にどのぐらいの幅で存在するのか
  • ヒトの個性の幅は本当に他の動物に比べて広いのか.単によく観察しているのでよく気がついているだけではないのか.


現在動物における行動特性の個性については「パーソナリティ」という用語ではなく,特定の行動パターンが相関を持って観察できる趣旨で「ビヘイヴィアシンドローム」という用語が使われることが多いそうだ.(英語話者にとってはパーソナリティはやはりパーソンでなければ不自然に聞こえるのだろう)様々な動物で個性の報告があり,最近ではヤドカリの個性にかかる論文もあったそうだ.


この後現在の調査プロジェクトについてのトーク.
諸外国ではヒトの集団についての長期追跡コホート研究がいろいろとなされているが日本にはなかった.そういう中で1つ始めることについて予算が取れた.10歳児4000人について30歳になるまでの20年間を追跡し,心と身体の発達について調べたいとのこと.(例としてゲームやインターネットに費やす時間と鬱や引きこもりの関係など)この中では変異の幅も明らかにできる.どのような分布をしてどこから問題となるのかもわかってくるだろう.
何故10歳かについて,思春期の若者は扱いにくい(可愛くない)ので,10歳ぐらいからてなづけて調査協力の習慣をつけないと上手くいかないと予想されるからだというのは面白かった.(実際にイギリスでコホート研究の途中の様子を見たことがあるが,ピアスをつけてみるからに協力してくれなさそうな若者がたくさん集まってくれるそうだ)


最後にハトにおける個性の話.チューブから餌を取る学習課題について,周りの個体がおこぼれにあずかれる条件では16羽中2羽しか学習しないが,おこぼれなしの条件では皆学習する.この実験の教訓は「無為徒食はよくない」ということだ.インセンティブとしての環境は重要だとコメントして話を締めくくった.


大変面白いトークだった.行動生態では個性のリサーチはこれからなのだ.長谷川先生も新しい課題に燃えているようで,このコホート研究の結果も楽しみだ.とはいえある程度結果が見えてくるのはかなり先の話になるだろう.


最後は渡辺茂


鳥類の認知の実験などが主なリサーチ対象.いろいろなトピックについてのトークだった.

  • 音楽の様式の区別についてはブンチョウもハトもネズミもキンギョもできる.しかし報酬なしで片方に好みを示すのはヒトと鳴鳥(ブンチョウ)だけだそうだ.
  • 鏡の中の動物が自分とわかるかテスト:かつては類人猿など限られた動物のみとされていたが,現在次々にこのテストをパスする動物が報告されている.イルカ,ゾウに続いてハト,カササギもできるらしい.(イカについては話に出なかった)
  • マウスの行動特性についてのリサーチでは,それが遺伝により左右されるし,クローン間でも個性は残ることが見つかっている.
  • ある学習課題について2つの手がかりがあるときにどちらを使うか:ハトでは個性が見つかっている.
  • 動物の性格についての知見:全て連続ではなくいくつかのタイプに分けられる.あるタイプは異なる状況でも一貫性のある特性を見せる.タイプの特徴をいくつかのプロフィールで表すことができる.

最後に個性の意味として繁殖条件にはシーズン差があるのでいろいろなタイプがいた方がいいのだとまとめていた.


最後の説明は疑問だ.あとのQ&Aで,これはグループ淘汰的な意味で有利ということではなく,異なる環境で異なるタイプが有利なので結果的にいろいろなタイプが残るという意味だとしていたが,それでも多くの動物間で似たようなタイプの多くの多型が残っていることは説明できないだろう.


この後質疑応答タイムになり和やかにいろいろな質問がなされていた.カジュアルな雰囲気であまり科学的に詰まってはいないのだが面白い話をいろいろ聞けて楽しかった.設営事務局の皆様に感謝申し上げたい



構内の銀杏の大半はまだまだ色づいてはいなかったが,生協となりの街灯に当たっているところが少し色づき始めていた.