The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Viking
- 発売日: 2011/10/04
- メディア: ハードカバー
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さてヒトの心にひそむ内なる悪魔,ピンカーはこれまで捕食,ドミナンス,復讐を扱った.これらは何故暴力をふるうかについてある意味合理的な説明ができることが理解しやすいものだ.ここからは合理的な説明が難しいものが解説される.最初はサディズムだ.
VI. サディズム
ピンカーは,最初に「人の邪悪さをよく表すものとしては,量的にはジェノサイドとして,質的にはサディズムだろう.それは『他人が苦しむのが楽しく,考え抜いて苦しめる』というものだ.モラル的にひどいだけでなく,知的にも理解しにくい.それにどんな利益があるのだろうか?」と問いかける.
実際にはこれはそれほど多いものではないが,歴史上は(その特異さ故か)よく記録されている.
ピンカーはサディズムが顕現する環境を5つに整理している.
- 組織的なもの:これには(1)敵を恐怖させるもの.恐怖をリアルにするには時に実行が必要(2)犯罪者や敵から情報を得るための拷問などがある.これらは功利的には時に正当化可能.(爆弾魔から場所を聞き出すなど)(ただしこの正当化には反論もある.効果は疑問で苦しみが多い.拷問されるとどんな嘘でもつく,よく死んでしまう.敵の士気を高め,味方の士気を下げる)
- 刑事罰,宗教的罰:これも「抑止」という点から正当化可能(これにも反論がある:抑止にはより苦しみの少ない確実な方法がある,特に死刑の前の残虐行為は正当化できない.)
- 娯楽:ローマのコロッセオ,中世の見せ物
- 暴動などのフォワードパニック
- シリアルキラー:これは単なる複数を殺す殺人ではない.(怒りや絶望から銃を乱射して自殺するするようなものはシリアルキラーではない)動機がサディズムのものを指す.
シリアルキラーについては映画やテレビドラマなどによく取り上げられるが,実際にはまれで,さらに昔からあり,そして(暴力減少傾向の例外ではなく)減少中だ.
(アメリカにおける数字)
1980年代 200件
1990年代 141件
2000年代 61件
ではヒトはどのようにサディズムに染まるのか.ピンカーは,他人の苦しみを楽しむという動機の発達,さらにそれの抑制要因の解除という視点から分析している.
《サディズムの動機》
- 生物が弱いものであることを確かめることへの病的な喜び:男の子が虫を扱うやり方,交通事故の現場を見たがる,スプラッター映画
- ドミナンス:強いもの,ライバルが傷つくことへの喜び,優位の力の誇示
- 復讐,あるいは正義:モラル的罰のポイントは,罰されるものが苦しむこと.そしてその感情は罰されるものが理由を知っている時に満足される.であれば,自ら罰を与えるのがいい方法になる
- 性的サディズム:性的逸脱の中で,純粋のサディズムは少ない.おそらくポルノに見られるマイルドな優位と服従は男性が攻撃的で,女性が選別的であることの副産物なのだろう.至近的には脳における性と攻撃の回路は絡み合っていて両方ともテストステロンで活性化されるということがある.(例:戦場の兵士,戦闘の描写には性的なものを多く使う,組織的な拷問は性的なものになりやすい.女性の殉教者,女性の異端審問,SSのむち打ち現場でのマスターベーションなど)
《抑制要因》
- 共感:他人の痛みが自分の痛みになる.共感の輪から外れたところでサディズムは出やすい.単に他人の心がわかるだけではダメで,自分と同じように感じることが重要.
- 文化的タブー:人権宣言がある現在,国家による残虐行為は公式には選択肢にはならない.しかし実際にはひっそり行われ,それについては偽善として問題になる.また完全に禁止しようと提案すれば,人々の怒りを買う.
- 生理的嫌悪:おそらくこれが抑止としては最も強い.サルでも嫌がる(その個体が暴れやすいということかもしれないが).実際の殴り合いは少ない.引き金を弾けない兵士がいる.ナチスの命令で虐殺に加担した人の回想は(罪よりも)嫌悪感が大きい.
《抑制の解除》
とはいえサイコパスが皆シリアルキラーになるわけではない.その上に条件があるのだ.ピンカーは「サディズムはその行為を続けることによりどんどん強化される一種の獲得形質(中毒)だ」と主張している.
- 拷問官はベテランになるほどより苦痛を与えるようになる
- 性的サディズムもシリアルキラーも,少しづつ始まりどんどんはまり込む.
- 『はまる』危険行為(辛い食べ物,サウナ,スカイダイビング,ロッククライミングなど)は全て高いゲインと高い危険がセットになっている.大人の嗜好であり,最初の辛さを乗り越えると深い楽しみを知ることができる.未知のゾーンを手探りで進み,うまいスポットを見つけ,目利きになる.中毒になりやすい.これはサディズムにも当てはまる(ゲインは,優位,報復,性的アクセス,危険は,被害者からの報復・逆襲,マニア的になることがある)
「サディズムが中毒だ」というのは恐ろしい事実だが,希望もあるとピンカーは指摘する.誰もがサディズムにはまりうるが,それは予防も可能だということだ.
サディズムが一種の中毒だというのはなかなか鋭い指摘だ.日本では英米に見られるようなマニア的なシリアルキラーは頻度が少ないようだが(「シリアルキラー」は「連続殺人」と訳すほかないが,通常その言葉を使うにはサディズムの要素が必要という認識はないだろう),何故なのかはなかなか興味深いところだ.