The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?
- 作者: Jared Diamond
- 出版社/メーカー: Allen Lane
- 発売日: 2012/12/31
- メディア: ハードカバー
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<トレードと交易者>
戦争と資源の共通利用以外にも隣の部族と関係することがある.それは交易だ.ダイアモンドは自分が経験したある海洋部族の様子を書いている.
私は鳥の調査のために島を訪れたが,そこのシアシ族の交易の洗練さには驚かされた.島の人口密度は高く(人口は500人弱),船着き場と彼らのマンハッタンがある.そして彼らは1年に一度大航海をして豚→サゴ→ポット→10匹の豚というトレードを行う.帰ってきたら大宴会をするのだ.
ダイアモンドは彼等のトレードをこうまとめている.
- 伝統社会の交易の記録は氷河期からある.クロマニヨン人は黒曜石,琥珀,フリントなどを交易していた.それらは場合によってバルト海沿岸から運ばれている.
- 現在の伝統社会でも自給自足しているのはわずかだ.彼らは自給自足可能でも交易を好む.
- 基本的には隣の部族と交易する,シアシ族でも関係が確立しているところにしかよらない.嵐で別のところに着岸すれば,襲われて殺され荷物を奪われかねないのだ.
<市場経済>
では現在の市場経済は何が異なっているだろうか.ダイアモンドは比較の視点から見るとどうなるかを次のようにまとめている.
《市場経済》
- 交換ではなく,通貨を払う.通貨自体に本質的な価値はない.そして政府しか作ってはいけないもの(通貨)というものがある.:伝統社会では多くは交換だ.貨幣的なものがある場合もある.真珠貝,宝貝,装飾された木のボウル,大きな石のディスクなど.しかしこれらは特定のものとしか交換できないし,装飾品としての本質的な価値がないわけではない.
- 品物と通貨がその場で明示的に交換される.互恵的なギフトではなく「支払い」で決済される.:伝統社会では後日なされる互恵的なギフトである場合が多い.
- 購入者と商人が店舗で取り引きする.そして取引は取引自体が目的であり,個人的関係はない.常連客として個人的な関係ができることもあるが,あくまで副次的に生じるもの.
- 多くの商店は恒常的,あるいは定期的に開いている.
- (これは共通点)必需品だけでなく,贅沢品,その中間的な品目が取り引きされる.:クロマニヨンも琥珀や水晶でできた槍の穂先をトレードしていた.
- 取引の目的はあくまで品物であり,それが欲しいから取引が生じる.
《伝統的取引》
- 基本は交換,例外は先に述べたとおり.
- 時にその場で交換することもあるが,しばしば,プレゼントと,後日お返しをする義務の発生という形を取る.時にまず宴を催して招待し,そのときに何か持ってきていて,ホストはそれを受け取る,そして後日お返しという形を取る.そしてこの遅れはトレードを続ける口実になる.
- 取引相手問い長期的な関係を持つ:イヌイット,トロブリアン,クンなどではそれぞれ数人の個別パートナーを持つ.時に他民族の家族であり,その関係は世代を越えて受け継がれる.時にお返しまで数年がかりになる.
- 誰が交易をするのか:小さな社会では皆交易する.チーフドムになると専門のトレーダーが現れる.時に部族ごとトレードに従事することがある.
- やり方や頻度には幅がある.個別のパートナーを旅して回る形もあれば,数十人で訪れて市をたてることもある.
<トレードアイテム>
ダイアモンドは必需品,中間品,贅沢品という分け方をして大きな表を示している.概略としては以下のような感じだ.
- 必需品 食料,道具 サゴ,弓矢,繊維,ロープ,布,塩,肉
- 中間品 効用はあるが贅沢なもの 装飾のある弓矢やかご,ポット,豚,干しなまこ
- 贅沢品 貝殻,鳥の羽,オーカー,たばこ,酒
またこれ以外のものもあると指摘している.
- 労働:クンは狩りの獲物のほかバンツー族に労働を提供して,農産物やミルクを得る
- 女:多くの部族は通婚に際し女性をトレードアイテムのように扱う.
<誰が何をトレードするのか>
基本は原料や技術の偏在に起因する交換だ.
- 原料:山の村と海岸の村,塩や鉱物の鉱山(黒曜石は有名),狩猟民と農耕民,牧畜と農耕
- 特定の技術:土器を薄く均質に美しく作る,カヌーで大洋を横断するなど
ダイアモンドは明確に書いてはいないが,これらは経済的な動機に基づくトレードで,市場経済でも見られるものだろう.しかし伝統社会のトレードはさらに別の動機に基づくものがある.これは伝統社会における同盟の重要性から派生するものだ.いくつかの例ではそれは「慣習的モノポリー」と呼ばれる.自分でも入手可能だが,トレードパートナーとしての関係を保つためにあえて特定の部族から入手することに決めているものがあるのだ.ダイアモンドはいくつか例をあげている.
- ダニ:ジャノモ族に塩を出し,ジャノモ族から森の産物を得る.森の産物は豊凶があるが,それでも同盟関係を維持したい
- ヤノマモ:矢尻や土器をそういうアイテムに選んでいる.それまでは土器をある部族から入れ,理由を聞かれると「自分たちは作り方を知らない,忘れた,土が適さない」などといっていたが,戦争になったらすぐに作り始めた例がある.
- クン:矢と矢を交換する
ダイアモンドは,伝統社会では小さな部族が境界を守り,移動を制限し,外のことをよく知らず,人々を友人と敵と知らない人に分け,時に政治的目的で交易するのだと本章をまとめている.要するに彼等の部族は一つの小さな国のように振る舞うのだ.
ある程度狩猟採集民の民族誌などを読んでいると,ここでダイアモンドが語った実態にそれほど驚きはない.しかし改めて読むと知識や知り合う人が制限されているというのはなかなか大変なことがよくわかる.ピンカーを読んだあとなのでことさらそう感じるのかもしれないが文明とは本当にありがたいものだ.
次章からは彼等の戦争と平和を見ていくことになる.