「なぜ猫は鏡を見ないか?」

なぜ猫は鏡を見ないか? 音楽と心の進化史 (NHKブックス)

なぜ猫は鏡を見ないか? 音楽と心の進化史 (NHKブックス)



書名からは,動物の自己鏡映認知にかかる本だと思ってしまいそうだが*1,これは音楽家である著者が音楽の本質を理解しようと認知科学の力を借りながら知的奮闘してきた探求物語だ.副題には「音楽と心の進化誌」とあるが,特に進化的に何かが深く考察されているわけではない*2

というわけで「自己鏡映認知」的な書名と「進化誌」という単語に釣られて購入し,読み始めた私にとっては内容的には肩すかしのはずだったのだが,しかしこれは読み出したら止まらない,大変面白い本だ.


まず著者の経歴が型破りだ.著者は中学2年でバルトークの「作曲技法」に入れ込み,FM放送で現代作曲家の松村禎三の「交響曲」を聴いて惹きつけられ,楽譜を取り寄せて眺めているうちに弟子入りすることを決めて,見ず知らずの松村氏に体当たり的アプローチして弟子入りしてしまう.そして音楽家になるトレーニングを受けつつ東京大学の物理学科に進む*3.本職の音楽家キャリアも卒業を待たずにスタートさせ,バーンスタインリゲティ,ケージ,ブーレーズシュトックハウゼンなどの世界的な音楽家と交流し,作曲家,指揮者として活躍しつつ,片方で音楽にかかる認知科学的な研究*4も進め,博士号取得の後,現在東京大学に作曲,指揮,情報学に関する研究室を持つ准教授でもある.
本人も「小さな頃から生意気だった」と書いているが,東京の早熟な超秀才*5が現代音楽にのめり込んで,全く臆することなくやりたいことは手当たり次第全部手を出し,積極的に体当たりして道を切り開いていく様子がよくわかる.
そして本書は,その著者が音楽の本質に誠実に向き合い,手探りで探索し,認知科学と出会い,視野が広がっていく経験を振り返ったものだ.


著者の音楽の本質への遍歴はまず耳を澄まして音を感じることから始まる.大学生時代,ケージの前衛や,音を響きあわせるとトランス状態になる経験などを積み重ね,調音を深く考え,音楽は物理的な問題だけでなく,それを聞き取り解釈する耳や脳の問題であることに行き当たる.
ここで調和音程が快く感じられることは認知的に説明するしかなく*6,同じ物体からは調和音程の音が出やすいことから様々な成分をグルーピングする際のガイドとして進化的に有利だったからではないかと著者は推測している.グルーピングは脳において無意識に計算できればよく,意識的な行動への報酬として快く感じる必要はないので,これだけでは説明できないと思われるが,なかなか面白い視点だろう*7
片方で著者はこのころの遍歴のエピソードとして,若手作曲家らしくポストモダン理論武装を施したメタ・ミュージックをコンテストに出したときの抱腹絶倒の顛末も語っている.


さて調性はスペクトル分布の問題だが,音はそれだけでは決まらない.言語的に音がどう区分されるかはスペクトル分布だけでなく,その時間的な変化が問題になる*8.これはフォルマントと呼ばれ詳しく説明される.
ここでは母音三角形などの解説の後,ドイツ語のウムラルトはこの三角形の左方向へのずれ(口の形は変えずに舌を前に出す)として説明できること,金管楽器にミュートをつけると音色の変化はこの形に似ること,ドイツ語ではウムラルトは仮定法を示す場合があること,以上のことからマーラーの楽譜におけるミュートの指定は仮定法的な含意があるのではないかという議論がなされている.するとマーラーの意向通りの鑑賞はドイツ語話者でないと難しいということになるのかもしれず,ちょっと興味深い.

次は定位と音源の大きさの問題.脳は音源の位置や大きさも認知する.簡単にメカニズムを解説し,それを利用した著者の取り組んだケージの遺作である「オーシャンズ」という楽曲の補完・演奏経験を語っている.会場全体に巨大な鯨の声を泳がせ,楽器にアルミホイルのミュートをつけて歩き回って演奏するというものだ.

次は著者の博士号取得研究とも絡む「歌と語りは何が異なるのか」というシェーンベルクブーレーズパズル.著者は,単語の音を分解し,一つ一つは単純な音だが,少しづつ増やしていくとある瞬間にヒトの脳は突然それを言語上の意味を持つ音として認識できるようになることを突き止める.そしてそれを利用した能オペラ「かん/たん」の作曲初演の話が語られている.


学位取得後の章は,著者の探求した中世以降の西洋音楽の歴史がテーマになる.当初ロマネスク様式建築による教会の閉鎖的空間(長い残響を持つ)で単旋律のグレゴリオ聖歌が歌われて,これで十分トランス状態にはいることができた.ここで十字軍以降ゴシック建築*9の開放的な空間が登場し,ポリフォニーが必要に迫られて発達する*10
またホメロスなどの古代ギリシアの詩の韻律は長短リズムだった*11.しかし数百年後に西洋の詩は強弱アクセントの韻律に変わる.著者はこれは古典時代にあったパブリックな場での詩の朗読がなくなり,中世以降教会の石の壁の中で詠唱されるようになり,その響きから長短が強弱に変わったのではないかと推測している.
もっともここの議論は詩が書かれた言語の性質を考慮しないやや乱暴なものだ.そもそも言語に長音と短音の区別がなければ,長短韻律は(単語の選択に制限を持たせる本来の詩の韻律としては)不可能だ.ゲルマン諸語には長音短音の区別はそもそもなかったようだし,ラテン語及びその後継語においては言語の変容として長音短音の区別が失われたこと及び(議論はあるようだが)高低アクセントから強弱アクセントへの転換が生じたことが大きかったのではないだろうか.
いずれにせよ音楽の演奏される場における残響の重要性,さらにオペラにおける音響と言語認識の認知メカニズム違いなどに話は膨らんでいく.


その後著者は大学に研究室を持つことになり,様々な認知科学を応用した音楽の研究を行う.ここでは指揮法と手の動かし方の分析,指揮中の脳活動測定*12などの面白い話題の後,理性と情動の話になる.著者の本郷の時の友人がオウム事件で主犯の一人として死刑が確定するという体験*13を経て,刑法学の大御所団藤教授との親しいおつきあいが始まる.著者は団藤刑法学を啓蒙主義的思想に裏打ちされた旧派刑法学で優生学的な傾向を持つ新派刑法学に対抗するものだと紹介し,その主張を「理性は情動に負けやすいのだから刑事司法は注意深くあらねばならない」とまとめている*14


そしてこれまでの統合の話が始まる.シュトックハウゼンとの邂逅,非線形相関を扱う音響理論の安藤四一との出会いなどを紹介しながら,残響,遅延時間,フォルマントを統合的に分析できるモデルを説明する.例として用いているバイロイトトリスタンとイゾルデの水夫の歌の分析はなかなか興味深い.
ここでヒトの認知の時間分解能の議論がある.著者は可聴域の最低音の振動数と,分解可能な最速のリズム数(ヒトの場合20Hzぐらい)がだいたい一致することを,必然ととらえている.それはパソコンのクロック周波数のような脳の基本的な周波数(著者はこれを因果交流電気と呼んでいる)であり,これと干渉する刺激に脳は弱い(この例としてはポケモンアニメの光過敏性癲癇騒動があげられている).著者の仮説的モデルは,この基本周波数の上に意識回路があり,ここに,知覚,情動,記憶が入力を与える.そして音楽はこの3つに働きかけるというものだ.今後の検証は難しそうだが,とりあえず,ここまでの著者の探索行によりたどり着いたところということなのだろう.


というわけで本書の最大の魅力は,本職の音楽家認知科学の手法で音楽の本質とは何かを探索していくその体当たりの物語の持つ迫力だ.著者は自らが信じたことはどこまでもまっすぐにかつ誠実に突き進む.個別の主張や推測の真偽は別にしてそこから見えてくる風景は大変面白い.
またクラッシック音楽や現代音楽に興味のある人には裏話満載なところも本書の魅力の一つだ.蒼々たるビッグネームが次々と登場し著者の目から見た実像が語られる.彼らは一体何を考えてあんな風な聴いても聴いてもよくわからないような音楽を作り続けたのかについて少しわかるようになる気もする.
かつてスティーヴン・ピンカーは「心の仕組み」の中で,「ポピュラーミュージックは全盛なのになぜ現代音楽は斜陽なのか」についてヒトの心の成り立ちを理解せずに,独りよがりの理論を振り回すからだと一刀両断にした.その意味からは現代音楽の作曲家でもある著者の認知科学への取り組みは正しい方向だと評価できるだろう.本書においては現代音楽の各理論の認知科学的評価にまでは踏み込んでいないが*15,様々なポストモダン音楽理論を著者が現在どう考えているのかには興味が持たれるところだ.いずれにせよ著者の取り組みが現代音楽の興隆につながることを望みたい.



関連書籍


ピンカーの「How the Mind Works」の邦訳.最近文庫化されたようだ.上下で4000円弱という値段設定.

心の仕組み 上 (ちくま学芸文庫)

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心の仕組み 下 (ちくま学芸文庫)

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著者による本(の一部).多作だ.本書でも書かれている活動領域の広さがよくわかる.

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*1:自己鏡映認知の話は,「様々な認知は各動物の脳ごとに異なっている,そしてヒトのみが音楽を聴いている自己を意識できるのではないか」ということを主張するために,導入として使われている.

*2:個別の進化生物学的な議論はないわけではないが,本書にとってそれほど本質的ではない.専門家ではないのでやむを得ないところだが,チンパンジーには自己鏡映認知ができないとしたり,首長竜を恐竜の一種のように扱ったりする記述もあってちょっと残念だ.

*3:修士課程のテーマは金属微粒子の電子的特性にかかるものだったそうだ

*4:修士までの専門領域は音楽家として多忙になったため一旦中断したとある

*5:特に音楽家の生まれでもない中学2年生がバルトークの作曲技法を読み,日本の現代作曲家のスコアを入手して眺めるというのもちょっとしたものだが,15歳で音楽家になることを決めて弟子入りを決断するあたりはもはや爽快としか表現できない

*6:確かに色については波長が倍数関係にあるからといって特に認知的に快くは感じない

*7:ここでは最晩年のバーンスタインに突撃インタビューしたときの「調性は自然の現象で音楽の幹だ」という彼の言葉が引かれている.では雅楽はどう考えるべきかという著者のコメントもある.このあたりは音楽の認知的な複雑さ,多様さということなのだろうか,なおインタビューでマエストロは自分は作曲家としては不遇だとこぼしたりしたらしくそのあたりも面白い

*8:著者は「虹の理論」と「滲みの理論」という用語を使っている.

*9:著者によるとこれは本来十字軍が持ち帰ったイスラム風技術による建築で,無理矢理ゴート風と読んでいるということになる.私が以前読んだ建築史の本ではアルプスの北に突然生じた様式という書き方だったが,本書の説明の方がありそうだ.

*10:また西洋音楽ポリフォニーには模倣進行の伝統があるが,これは各モスクから時間的ずれを持って重層的に響くイスラムコーランの詠唱が起源であるという話も少し後に語られている

*11:ラテン語詩にはもともと別の韻律があったが,ギリシア文化を取り入れて長短の韻律を使うようになったとされている

*12:知り尽くした古典と難解な現代音楽では活動部位が異なる.

*13:著者は東大で全学必修文理共通の「情報処理」を担当したときには講義の中でマインドコントロールへの対処法を教え続けたそうだ.

*14:ここには裁判員制度への批判もふくまれている

*15:現役の指揮者である著者にはいろいろと差し障りもあるのだろう.唯一の例外は「無理数リズム」を「ヒトがリズムが有理数無理数かを認知できるはずがない」と切って捨てているところだ.