「昆虫はすごい」

昆虫はすごい (光文社新書)

昆虫はすごい (光文社新書)


本書は「アリの巣をめぐる冒険」や「アリの巣生き物図鑑」などの著者で,昆虫学者の丸山宗利*1による一般向けの新書版昆虫物語である.


最初は概説.
興味深い口絵のカラー写真を提示した後,冒頭で昆虫がいかに多様な生物であるか,昆虫の基本的な分類上の位置,昆虫の体制とよく間違えられる生物群(クモ,ムカデなど)との違いを解説している.面白いのはなぜ多様なのかの説明で,飛翔可能であることと変態を主な理由として挙げている.確かにこれにより様々なニッチが利用可能になっているのだろう.もっとも送粉や寄生を通じて特定の生物種と共進化しやすいことも大きな要因であるように思われるところだ.
この後に簡単な進化の解説がある.ここで面白いのは,昆虫分類学者の目から見たそれぞれの昆虫のアイデンティティを作った進化イベントに触れていることだ.甲虫は鞘翅の獲得,ハチは寄生産卵,ハエは優れた飛翔能力,チョウは鱗粉をもつ翅と多様な植物への放散,カメムシは植物に差し込んで吸汁する口ということになるそうだ.解剖的特徴と生態ニッチの特徴が混ざっているが,現場の感覚がよく出ている.


ここからは各論で様々な興味深い昆虫の物語が語られている.私が面白いと思ったところをいくつか紹介しておこう.

  • 昆虫が食植することに対抗して植物はその部分に防御物質を送り込むことがある,一部の昆虫はそうならないように前もって葉の葉脈を切断してから摂食し始める.
  • 北米のヒアリに寄生するノミバエの一種の幼虫は,ヒアリの体内に寄生するが,成熟するとアリの頭を切り落としてそこから出てきて蛹になる.幼虫が体外に出る数時間前に,ヒアリは巣の外に出てきて羽化に最適な草の堆積に潜り込む.著者は明確に述べていないが,パラサイトによる操作に当たるだろう.
  • タマムシの金属光沢は,生息地の熱帯の日差しの強いもとでのツヤツヤした葉の上ではあまり目立たない.また一部のタマムシは非常に目立つ色彩をしており警告色といえる.さらに中間的なタマムシも存在する.著者は,この中間型について,ある捕食者に対しては保護隠蔽色,ある捕食者に対しては警告色になっているのではないかと推測している.
  • チョウの色彩についての適応的な意味については古来様々にリサーチされてきたが,なお大部分が不明のままである.(一部のチョウについては警告色だと推測されている)
  • カタゾウムシは文字通り非常に硬く捕食は難しい.そして非常に美しい模様を持っていることが多い.これは殻の硬さについての警告色だと思われる.またベイツ型擬態種が存在することが多く,ミュラー型擬態グループも見つかっている.
  • モンシデムシは子育てすることで知られる(動物の死体を肉団子にし,幼虫に口移しで与える)が,親子で音声信号を交信していることが発見されている.
  • ホタルの一種ボトゥリスは,発光パターンで別種のメスに擬態し,その種のオスを誘引して捕食する.そして自らの交尾に際しては異なる発光パターンで信号を送る.
  • ホタルは毒を持つことが多い.日本のゲンジボタルヘイケボタルの鮮やかな模様は警告色で,両者が似ているのは明らかにミュラー型擬態である.
  • アカハネムシの一種のオスは,毒を持つ甲虫を捕食してその毒をため込み,メスへの婚姻贈呈の際に毒を受け渡す.
  • イシノミは原始的な解剖学的な特徴の昆虫で,交接器がないために精子粒を受け渡す形で交尾を行う.このため求愛儀式が非常に発達している.
  • ネジレバエはすべての種が寄生種で,オスは有翅で飛翔できるが,メスは無翅で飛べず,頭部のみ外に出して後はホストの体内に潜り込んでいる.*2
  • ハナカメムシではオス同士が交尾する.調べてみると相手の腹部に精子を送り込み,それが次の交尾でメスに受け渡されることにより子孫を残そうとする試みであるらしい.なおコクヌストモドキのオス同士の交尾は,ハナカメムシとは異なり自分の質の悪い精子の捨て場所として相手の腹部を使うためである可能性がある*3
  • トリカヘチャタテのメスにはペニス状の交接器があり,それをオスの膣状になった交接器に差し込んで精子を吸引する.(オスの精包には栄養がたっぷり含まれているのでこのようなものが進化したらしい)
  • キンウワバトビコバチはホストのガに卵を一つ産みつけるが,その卵はクローン増殖し数千もの卵になる.孵化したクローンの何割かは兵隊カーストになりほかの寄生蜂の幼虫を攻撃する.*4
  • ツヤセイボウは多数のアブラムシにひたすら産卵し,そのアブラムシが(ごくわずかな確率で)アリマキバチに狩られて巣に持ち帰られたときにそれを横取って成長する.(アブラムシがハチに狩られないと成長できない.昆虫界の托卵としても興味深いし,その確率的な成功率の低さも印象的だ)さらに成功率が低いものとしてはカギバラバチの戦略があり,まず植物の上に大量の卵を生み,それがイモムシに食べられ,さらにそのイモムシがスズメバチに狩られて幼虫に餌として与えられることを期待する.
  • ツチハンミョウの一種は幼虫時代に大きく二つの形態をとる.(まずホストであるハチにつかまるための爪のある形態をとり,巣にたどり着いたらただひたすら摂食するための形態になる)これは過変態と呼ばれる.
  • メクラチビシデムシは洞窟性の昆虫だが,大きな一卵のみ産卵する.餌が極端に乏しい環境下で成虫になるまでの栄養を卵に詰め込んでおく適応だと考えられる.このほか非常に小さい昆虫では卵の大きさの生理的な下限から産卵数が少なくなっているものがある.*5
  • ツノゼミの多様な形態の機能についてはなおよくわかっていない.一部は,捕食者に対する防衛(喉に引っかかりやすい),アリへの擬態,トカゲのしっぽ切りのような機能などで説明できると考えている.しかし他の昆虫分類群で収斂が生じていないことから形態を決める遺伝的基盤の何らかの特別な突然変異が絡んでいると考えている.
  • ウミアメンボの一部の種は遠洋性で,大海原に生息する.
  • オーストラリアにはヒツジやウシの糞に適応した糞虫類がいなかったので,牧畜導入当時には糞が残り大きな問題になった.現在ではあちこちから糞虫類が導入されて解決されている.
  • ハキリアリの中には,植物の葉を切るのではなく,ヤスデの糞を集めて菌を植えるもの,枯れ草を集めて菌を植えるものなどがいる.
  • 一部のキクイムシは木材に穴をあけてそこに菌を植え付けてその菌を食べる.
  • バラ目のロリドゥラは食虫植物の一種で葉の上の粘液で虫を捕らえるが,自分で消化酵素を出さず,葉の上にいるカスミカメムシが捕らえられた虫を食べた後に排出する糞を栄養源として利用する.
  • アリノタカラはカイガラムシの一種でミツバアリと絶対共生関係にあり,巣の中に住んで植物の根の汁を吸い,ミツバアリのほぼすべての栄養源である甘露を出す.創設女王アリはこのアリノタカラの一頭を口にくわえて婚姻飛行に向かう.
  • アメイロケアリの創設女王はトビイロケアリの巣に進入して女王殺しを行い一時的社会寄生を行う.トビイロケアリが複雑な巣を作り女王がその奥にいるのはこの社会寄生への対抗であるかもしれない.
  • オンブアリはシワアリの一種に社会寄生するが,自分たちのワーカーを作らずに繁殖虫のみ作り,メスは巣内で兄弟と交尾して分散する.*6
  • トゲダニの一種には,バーチャルグンタイアリの大顎の内側のみに寄生するものがいる.臭い化学物質だけでなく表面構造までアリに似せたワズマン型擬態になっている.
  • タイワンシロアリに寄生するマメダヌキノミバエは,成虫になって交尾してシロアリの巣に潜り込んだ後,シロアリの体に似せたぶよぶよの腹部を持つ形になって擬態を行うために昆虫には珍しい「羽化後成長」を行う.


あげていくときりがないが面白い話が満載で読んでいて大変楽しい.好蟻性昆虫やアリの話は特に詳細で読みどころだ.また最後には注意すべき昆虫の解説*7があって参考になる.とにかく昆虫は面白いんだということを読者に伝えたいという思いのあふれた本だ.



関連書籍


丸山宗利の本.

楽しい昆虫物語第一弾.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061129

森と水辺の甲虫誌

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本書にも登場するツノゼミを紹介する本.図版が美しく眺めていて飽きない

ツノゼミ ありえない虫

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丸山の研究物語.面白い.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20121023

アリの巣をめぐる冒険―未踏の調査地は足下に (フィールドの生物学)

アリの巣をめぐる冒険―未踏の調査地は足下に (フィールドの生物学)

専門の好蟻性生物についての本.

アリの巣の生きもの図鑑

アリの巣の生きもの図鑑



 

*1:丸山はブログ「斷蟲亭日乘」http://d.hatena.ne.jp/dantyutei/を主催している.美しい写真も多く掲載されていて楽しい.

*2:写真が添えられているが,すばらしい,私は初めてネジレバエのメスの生態写真を見た.

*3:もっとも単に捨てるだけならあえてオス相手に交尾する必要はないのでこの説明はやや疑問だ.

*4:まさに包括適応度的に説明しやすい社会性でアブラムシのそれに似ている

*5:ここでムクゲキノコムシのオスは巨大な卵に対応して体長より長い精子を受け渡すと書かれているが,単に卵の大きさに対応した精子を渡すことに適応価があるようには思われないので,別の要因があるように思われる.

*6:なぜ近親婚を避けて通常の婚姻飛行しないかについては解説がない.きわめてまれな種だということなのでこうなっているのかもしれない.LMC性比になっているのかを含め,進化的には興味深い

*7:病気の媒介する様々な昆虫たちはやはり恐ろしい.メマトイについては知らなかった.またあまり知られていないアオバアリガタハネカクシチャドクガの毒性についても注意喚起されている