「Sex Allocation」 第7章 条件付き性投資2:個体群の性比とさらなる複雑性 その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


第6章でウエストはTW仮説など,環境条件に合わせた性投資比を説明した.そこではそれぞれの個体が,自らのおかれた条件に合わせてより繁殖価の高い性により投資することが予想された.では個体群全体ではどうなるのだろうか.ウエストはこれについてはリサーチャーの間に根深い誤解があり,さらに事態を複雑にする要因にあふれていると指摘する.それが第7章のテーマになる.


7.1 導入


第7章では,まず,個体群全体の性投資がどうなるかを議論し,はびこっている誤解を解く.その後この問題に関する複雑性を取り上げる.特に性転換,環境依存性決定,複数要因が聞いている場合に付随する複雑性を議論する.


7.2 個体群レベルのパターン


エストはまず蔓延している誤解を明示する.

  • 数多くのケースで論文執筆者たちは,TW仮説はそれぞれの個体の性比を予測するが,個体群全体ではフィッシャー性比の議論が成り立つという前提を置いている.
  • 別のケースでは執筆者たちは.個体群の全体性比が50%であれば,個体はそれ以上の性比調節を行わないという前提を置いている.
  • しかしいずれも間違いだ.私は本書がこの誤解を解消するのに役立つことを希望している

次に議論の大枠を示す

  • ここではまず,性比(個体数比)の形で一般的な理論を提示し,その後複雑性を説明し,最後に性投資比を考える.
  • 一般的な結論は,「ある種や個体群の全体性投資比を予測することは通常不可能だ」ということだ.しかし種間や個体群間性投資比がどう異なるかを予測することはできる.また特別なケースでは個体群性投資比の予測が可能だ.


冒頭のリサーチャーの第2の誤解が間違いであることは直感的にすぐわかる.現在50%であってもメスの方が非常に大きく繁殖価が高い個体はメスに投資し,(それがフィッシャー性比であるかどうかは別にして)全体平衡性比の境界上にある別の個体がメスからオスに性投資を移すことで平衡が保たれそうだからだ.しかし第1の誤解は,どこかに個体群全体の平衡性比があるはずだから,いかにも陥りそうな考え方だ.ウエストは切れ味よくなぜそうではないのかを説明する.


7.2.1 個体群性比


7.2.1.1 単純ケース


エストは単純なTW仮説状況で個体群全体の性比がどうなるかを理論的に解説する.結論は性比はより安い性(繁殖価が低いときに選択すべき性)に偏るというものだ.それはなぜか.ウエストは以下のように説明する.

  • まず単純ケースで息子を作るコストと娘を作るコストが同じだとする,すると性投資比は性比になる
  • ここで個体群全体での息子の数をNm,娘の数をNf,息子の適応度平均をWm,娘の適応度平均をWfとする.
  • 次世代の遺伝的寄与を考えると,どの個体も父と母から同じ遺伝的寄与を受けるので,個体群全体ではオスもメスも次世代には全く同じ寄与を行うことになり,NmWm=NfWfが成り立つ.
  • ここでTW効果は条件が良いときにメスの方が有利になる場合を考える.すると子供の性を変えるところでオスとメスの繁殖価が等しくなる.それより上でのみ娘が作られ,下でのみ息子が作られるので,個体群全体ではメスの方が平均繁殖価が高いことになる.すると上記式から個体数はメスの方が少ないことが導かれる.故に個体群性比は安い性に傾く.

エストの説明はややわかりにくい.私なりに補足すると以下のようなことだろう.第1世代のメスがTW条件に従って性を産み分けるとすると,第2世代においてはメスの方が繁殖価が大きくなる.ここで第3世代への遺伝寄与を考えると「第2世代のメスの個体数×第2世代のメスの平均子数」が第3世代の個体数になり,またそれは「第2世代のオスの個体数×第2世代のオスの平均子数」と等しくなる.なおある第2世代個体が生涯に生む第3世代の個体数は第2世代の繁殖価として近似できるから,単純ケースでは繁殖価と適応度は同じに扱っても良いことになる.言葉で説明するとわかりにくいのでウエストはグラフもつけてくれていて,以下のような図になる.



この議論はきわめてクリアーで,一回納得するともはや個体群全体ではフィッシャー性比が成り立つと考えるのはあり得なくなる.誤解がはびこっているのをウエストとしては容認しがたいのだろう.ウエストは「TW効果があるときの個体群全体の性比は安い方に傾く」という予測は非常に一般的で多様なケースに適用可能だと強調している.


ではこれは実証的にサポートされているか?ウエストは以下のようにまとめている.

  • 性転換種ではクリアーに支持されている.(clear support)
  • 孤独性ハナバチ,孤独性カリバチ,マルハナバチではよく支持されている.(good support)リサーチは個体性比に集中しているがいくつかの観察例がある.これらの動物群では寄生バチと異なりLMCが問題にならないことが重要だ.
  • 孤独性寄生バチのデータは一貫した支持を与えない.LMC効果が混在していることが影響していると考えられる.
  • ESDを行う生物のデータは解釈が難しい.環境の与える影響がクリアーな場合は予測と整合的なパターンを見せるが,温度なと繁殖価との関係が不明瞭なもののデータは一貫していない.


7.2.1.2 複雑性


物事は常に上記ケースのように単純であるわけではない.オスとメスの生涯の生活史の詳細,リソースの分布,クラッチサイズの影響,繁殖時期を巡るトレードオフ,子育て期間などが問題に複雑性を与え,全体性比の予測は難しくなる.

エストは特に哺乳類や鳥類でこの複雑性の影響が多いと示唆する.

  • 哺乳類や鳥類には多要因が効いている場合が多く,クラッチサイズが小さく,生活史のトレードオフの影響が大きいからだ.鳥類や哺乳類の観察性比が50%に近いことが多いのはこのためだろう.
  • ESD爬虫類についてはネストサイトへの固執の問題がある.メスは産卵場所について前回と同じ場所を好む.これがあると有利の性比への進化的な調整(ネストサイトへの固執性の消失も含む)には非常に時間がかかることになる.


物事が複雑で,個体群性比の予測が難しそうなのはよくわかる.理論家としては逆に燃えるところなのだろう.ウエストはさらに続けている.