「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その8

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


PSRが広がるためのメスに傾いた性比はLMC以外でも生じうる.それはメスに性比を傾ける利己的性比歪曲者が存在することだ.


10.3.2.2. メスにバイアスさせる要素とPSR


メスに性比を歪比させる利己的遺伝要素があれば性比はメスに傾き,その結果PSRが広がる条件を満たせる.

  • これはキョウソヤドリコバチNasonia vitripennisとタマゴコバチの一種Trichogramma kaykaiにおいて重要だと指摘されている.
  • キョウソヤドリコバチにおいてはPSRはMSR(極端にメスに傾いた性比を実現させる細胞質遺伝要素:10.2.2.2参照)も含む個体群のみで観察される.理論的にはMSRが存在すればLMCがあってもPSRが広がりうることが示されている.
  • ややこしいのは,LMC条件下でPSRの存在はMSRを抑制する淘汰圧になることだ.MSRは通常固定するが,PSRがあると固定できない.
  • これはPSRオスと交尾したメスとMSRメスが(LMCにおいて)パッチを共有したらどうなるかを考えるとわかりやすい.PSR交尾メスはPSRを持つ息子のみ産み,MSRメスはMSRをもつ娘のみ産む.この両者が交尾するとPSRオスしか産まれず,MSRを次世代に送り込めなくなる.だからPSRの存在はMSRの一部を遺伝子プールから排除する効果を持つ.
  • これに対してPSRオスと交尾したメスと,通常のメスがパッチを共有した場合には,通常メスは通常のオスも産むので,通常メスの娘の方がMSRメスの娘よりもPSRのないオスと交尾しやすいことになる.

エストはこの複雑なLMC,PSR,MSRの相互作用を図解して示している.それによるとNが2以下の時にはMSRのみ固定して,PSRは入り込めない.Nが3から6の時にはPSR,MSRとも中頻度(60〜80%),Nが7以上の時には両者ともより高頻度になるようだ.

  • 以上のことからキョウソヤドリコバチでのPSRの存在は二通りの説明(LMCとMSR)があることになる.現在得られているデータからどちらがより重要かは判断できない.
  • LMCは3%以下のPSRを説明できる.実際にPSRが発見されているキョウソヤドリコバチの個体群は北アメリカのごく一部地域のもので,頻度はサンプルにより0〜6%(平均1%)だ.(新しいリサーチの推定では7%というものもある)LMCのみによって説明するにはNの大きさが問題になる.Nは個体群によって大きく異なるが,遺伝的な分析からの推定値では6より小さくLMCのみによって説明できない領域だ.
  • MSRの関与もまだはっきりしない.MSRメスの頻度は平均3%程度であり,PSRの侵入に大きく影響しているようではない.
  • これに対してT. kaykaiにおいてはPSRの存在は,メスに性比を傾ける利己的性比歪曲者の存在によっていることがかなり明らかだ.
  • T. kaykaiは単為発生誘導を行うウォルバキアに感染しており,メスはすべての卵を受精させる.これはPSRの侵入を明らかに助けているだろう.
  • さらにこれらの利己的性比歪曲たちは相互作用を通じて一種の平衡に達している.ウォルバキアは固定できずに頻度が6〜26%に止まっている.PSRはウォルバキア感染メスを(ウォルバキアを伝えられない)オスに変更するので,ウォルバキアの固定を防いでいるのだ.PSRの頻度は0〜30%と考えられている.


10.3.2.3 実験個体群


キョウソヤドリコバチのこれまでの知見は,PSRについて個体群動態の実験を行うことが可能であることを示している.理論的にはPSRの個体群動態は個体群構造(Nなど)他の利己的遺伝要素との共存具合によって異なりうることが予想される.実験室実験がこの場合特に興味深いと思われるのは,重要なパラメータの定量的な推定がすべて可能であると考えられるからだ.


このあたりの相互作用はそれぞれ頻度依存するので複雑だ.LMCまで絡むと理論的にも大変興味深いようだ.