Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Oxford University Press
- 発売日: 2013/09/27
- メディア: Kindle版
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並べ上げ法による言語学習は時間の問題を解決できない.そしてこれまで見てきた並べ上げ法は一種のアルゴリズムだ.これに代わる方法をピンカーは吟味する.
V ヒューリスティックス*1による文法構築
- 言語学習問題は,多くの計算問題と同じくアルゴリズムとヒューリスティックスの両方のテクニックを用いて試されてきた.
- 並べ上げ法はアルゴリズムの一種だ.これは解があるなら必ず解けることを保証する.しかしアルゴリズムは時間消費的で,子供の学習モデルとしては非現実的に見える.
- ヒューリスティックスによる言語学習には以下2点においてより希望がもてる.
- 文法は全体として一気に獲得されたり放棄されたりせずに,規則を1つずつ積み重ねて学習されているように見える.
- サンプル文はある文法を受け入れるか放棄するかの2択の決断に使用されているようには見えず,規則構築のヒントとして使用されているように見える.
- これまでに言語の規則獲得についての多くのヒューリスティックス過程が提案されてきた.1つ例をあげよう
- ソロモノフは帰納文脈自由ルールの推測ヒューリスティックスを提案した(Solomonoff 1964).ここではネガティブ情報も提供されるモデルになっている.そして再帰規則(A→BAC)の推測過程が提示されている.(再帰規則は無限の文を生みだすことができる文法にとって重要だ.英語でいうと「形容詞Aはvery Aという語句を作ることができる(A→very A)」という規則を推測できる過程が問題になる)
要するに並べ上げ法はいかにもコンピュータになじむアルゴリズムだが,実際にの子供の言語獲得のモデルとしてはあまりに非現実的だということだろう.
<ヒューリスティックス手法にかかる警告>
ピンカーはここでヒューリスティックスについていくつか言っておかねばならないことがあるとして3点提示している.
- 先述したように,ターゲット言語がチョムスキー階層の1つで形成されている場合,ゴールドの方法よりうまくやれる方法はない.それは成功基準でも速度基準でもそうだ.だからあるヒューリスティックス過程である言語を合理的な時間内に学習できたとしても(同じ階層の)別の言語については膨大な時間がかかったり失敗したりするはずなのだ.だから引き続き一般学習による言語獲得は不可能だという結論は動かない.
- ヒューリスティックス過程はターゲット言語に対する前提だけではなくサンプル文についての前提もコミットする.つまり,不自然なサンプルによって過程をだませるのだ,先ほどのソロモノフの再帰規則獲得の例でいうとサンプルが3段の再帰に限定されていれば,学習者は無限に再帰できるという規則を学習し損なうだろう.ただし自然言語の場合にはこれをそれほど心配する必要はないだろう.幼児はターゲット言語について前提を持つだけでなく,サンプル集団が奇妙なものではなくうまく選ばれたものだという前提を持つことができるからだ.実際に多くの文化で幼児に話しかけられる文が一貫したパターンを持つことが報告されている.
- アルゴリズムとヒューリスティックスの違いについて1つ重要なことがある.並べ上げ法は成功したときには文法全体を完全に獲得できるが,(ヒューリスティックス過程全体を構成する)それぞれのヒューリスティックは文法の規則の一部を獲得することが期待できるに過ぎない.そしてヒューリスティックスの集合がどこまで大きくなれば言語獲得に十分なのかは明らかではない.さらに単純なサンプル文でうまくいくヒューリスティックスがどこまで複雑な(そして現実的な)サンプルでもうまくいき続けるかについても明らかではない.言い換えれば発達的認知的時間的条件を満たそうとすると,そもそもの目標である学習可能条件(獲得性)についての明確性を犠牲にせざるを得なくなるのだ.本節の残余でこのトレードオフについてさらに明らかになるだろう.
テクニカルな論文にしては非常に親切な読者ガイドだ.私のような門外漢にはありがたい限り.