「After the Wildfire」


本書は行動生態学者ジョン・オルコックの手によるもので,オルコックが住んでいるアリゾナ州フェニックス近郊のマーザットザル山脈(Mazatzal Mountains)のディア渓谷(Deer Creek)で2004年に生じた大規模な山火事による生態系への影響とその後の10年間の回復振りを記したものだ.ただ生態系の攪乱と回復を記録しているだけの本ではなく,そこへハイキングして,様々な観察,行動生態的な興味深いことなどをエッセイ風に書き綴っている.そういう意味でアメリカの乾燥地帯の様々な自然のありようを行動生態学の老大家が解説してくれる楽しい本に仕上がっている.

冒頭では山火事前のディア渓谷の様子が描かれる.ここで早速現れるのがカモフラージュ模様の翅の一部(木の幹に止まっているときは隠れているところ)にオレンジと黒の目立つ模様を持つガだ.オルコックはこれが捕食者への目くらましなのか,そこれと翅の後部に本体があると見せかけて致命的な一撃を避けるためのものか,これらに関するリサーチにはどのようなものがあるかを語りはじめる.次には渓谷でのバードウォッチングの楽しみが描写される.そこから渓谷の地形,山火事前の植生の様子などが取り扱われるのだ.いかにも本書全体の執筆振りがよく現れている.

続いて2004年の山火事が解説される.これはウィローファイア(the Willow Fire: 柳火事)と呼ばれ,当時はアリゾナ州史上3番目の大規模火災だった(その後もっと大きな火事がいくつか起きている,オルコックは山火事を消火によって抑えすぎたことと地球温暖化の影響だと説明している).これにより渓谷の水流回りは裸になり,雨の後の土石流が水辺の風景を大きく荒廃させた.(ここでは当時消防当局がこれ以上の土壌流出を避けるために行ったオオムギの種子の散布の是非もついても議論している*1


ここからが回復過程の描写になる.回復過程の描写は山火事後3年経過したところから始まる.アメリカスズカケノキ,セイヨウネズ,ヤナギなどの樹木はようやく幼木が芽吹いたばかりだが,メスキートやアカシアの藪が形成され,多くの野鳥(多様なホオジロ類,トウヒチョウ類,ユキヒメドリ,ミソサザイ,キクイタダキなど)がさえずりはじめる.オルコックは数ヶ月おきに渓谷にハイキングを行い,少しずついろいろな植生が回復するのを観察し,様々な生物に出会っていく.行動生態的な脱線で面白かったものを紹介しておこう.

  • オシロイバナやオダマキの長い距とスズメガの長い口吻はダーウィンがマダガスカルのランから予想したのと同じ共進化系だ.パーマーズペンステモン(イワブクロ属)の奇妙な花から覗いている房状の毛のようなものは仮雄蕊(花粉を生産しないおしべ)であり,ここにハチが着地すると残りのおしべがハチに向かって動き花粉を付きやすくする適応形質だと考えられる.近縁のハチドリ媒のペンステモンにはこの仮雄蕊はない.
  • キャニオンツリーフロッグは南北アメリカで両生類を危機に陥れているツボカビに耐性があるようだ.このカエルが日光浴を好み,皮膚がカビが耐えられる温度より高くなることがあるのが原因のひとつかもしれない.日光浴を好むのは消化酵素を働かせるためではないかと考えられる.このカエルの地域個体群を調べると遺伝的にかなり分化している.特にメキシコに分布する個体群は遺伝的に離れており,あるいは隠蔽種なのかもしれない.
  • ネナシカズラは100種以上あり,それぞれ特定のホスト植物に寄生する.受精後,空気中の化学的情報により自らのホスト植物を探し,4インチ以上巻きひげを伸ばす.このうちC. pantagonaは特にトマトを好み,トマト農家にとっての大問題となっている.複数の巻きひげを伸ばして最も状態の良いホスト植物に寄生するもの,2種以上のホスト植物に寄生できるものなどいろいろな寄生戦略をもつものが見つかっている.
  • ヘッジホッグサボテン(エビサボテン)はハチ媒だが赤い花をつける.赤い花弁の内側には黄色のおしべが密集し,その中心に緑色の花柱が見え,ハチはこれに引き寄せられているようだ.放牧地帯では,ウシがこのサボテンを避けて他の植物を食べるために有利になっている.
  • 大規模な渡りをすることで知られるオオカバマダラの食草はトウワタだ.オオカバマダラの幼虫は,トウワタの毒に耐性があるほか,トウワタの粘着物質防御に対して戦略的な葉脈切断行動を進化させている.近時ラウンドアップによる除草と耐性GM穀物による農法が広がり,トウワタの分布地域が大きく減少している.
  • レッドウィングドグラスホッパー(Oedipoda属のバッタ)は捕食回避のために飛び上がる際に(地面にいるときには見えない)後翅を大きく広げて鮮やかな赤色を見せて目くらましを行う.近縁種のブルーウィングドグラスホッパーの後翅は青みを帯びているがそれほど鮮やかではなく,むしろ地面にいるときの前翅の分断色が捕食回避として効いている.
  • 冬に印象的な房状の花をつけるシルクタッセルブッシュ(Garrya elliptica)は雌雄異株だ.なぜ多くの植物は雌雄同株でごく一部の植物が雌雄異株になるのかはダーウィン以来の進化的な謎で,いくつかの競合仮説がある.ダーウィンは異系交配の推進メカニズムのひとつだと主張した.この仮説によると,雌雄異株植物は,花を多くつける単一の植物を訪問する小さなジェネラリスト送粉者(雌雄同株だと同株交配を推進しやすい)を誘引すると予測される.リサーチによると,雌雄異株植物を訪問するジェネラリスト送粉者は雄株と雌株を区別しない傾向があることがわかった(仮説を支持する結果).しかしシルクタッセルブッシュは風媒だ.風媒の場合にはそもそも同じ花におしべとめしべを持つ必要がない.さらに異系交配確率を上げる以外にもいくつかのメリット(花粉や種の生産効率を上げられるなど)も提唱されている.この謎はまだ完全に説明され検証されているとは言えない.
  • プリッキーペアサボテン(ウチワサボテンの一種)は大きくて赤い実をつける.果実は甘く,いかにも種子散布動物を誘引しているようだが,(そのような動物を避けようとするかのような)鋭いトゲを持つ.ジャンセンは,これについて12000年前に人類が絶滅させた北米の大型哺乳類(マストドン,マンモス,オオナマケモノ,グリプトドンなど)を誘引していたのだろう,そしてこの動物は3色視が出来のだろうと説明した.実際にアフリカゾウは南アフリカで移入種となったこの近縁種のサボテンの実を好んで食べるそうだ.
  • この渓谷には世界最大のダニであるヴェルヴェットマイトが生息する.名前の通り赤いビロードのようなこのダニは非常に目立つが,一年のうちごくわずかな期間しか現れない.これほど魅力的な動物でありながらリサーチはほとんどなく,生活史はわかっていない.
  • 同じく渓谷にはタランチュラも生息する.このクモは成熟に10年以上かかる大型種で,ほとんどを地下で過ごすためにあまりリサーチされていない.またこのクモは(クモ類やカマキリ類にはよくあることだが)メスが交尾時にオスを食べる(性的カニバリズム)ことでも有名だ.行動生態的には寿命の近づいたオスにとっては子孫の栄養になる方が包括適応度的に有利になりうると説明できる.しかしかつてグールドが,このような説明に対し,メスの栄養要求からだけで十分説明できると噛みついたことがある.実際にカマキリのオスはメスに近づく際には非常に慎重だし,ある種のカマキリではタンパク質欠乏状態のメスよりそうでないメスの方がオスに好まれることを示したリサーチもある.確かにこのような場合には性的カニバリズムはオスメス間で利害が対立していて,メスの勝利だと説明できるだろう.しかしそうでない場合もある.セアカゴケグモではオスには(仮に生き残っても)2回目の交尾チャンスはほとんどなく,交尾時には積極的にメスに身を差し出す.そしてオスはそうした方が,逃れようとしたときより受精比率が高くなることが示されている.要するに両者の利害が一致する性的カニバリズムもあるのだ.
  • コオイムシはオスが卵の世話をすることで有名だ.この種では最終交尾オスの精子が精子競争上非常に有利なことが知られているが,オスは,メスと交尾し卵を4個ほど受け取るとまた交尾をしまた卵を4個ほど受け取るということを繰り返す.これは受精が生じる場所の精子が自分のものであることをより確実にするためではないかと考えられている.
  • キベリタテハの幼虫は同じ柳の枝に数匹からなる兄弟の緊密な群れを作る.幼虫には警告色のような黒地にオレンジのスポットがあるが,毒を持つかどうかは調べられていない.有毒であれば,そのうち一匹を食べた捕食者が学習して残りの兄弟を食べないようになるという包括適応度的な警告色の説明が当てはまるだろう.しかしもし無毒ならどうか.あるいはかつてティンバーゲンが唱えた集合的防御(捕食者は集合体にひるみ,単独にいるイモムシを狙う)の実例なのかもしれない.
  • 隠蔽色的なバッタの方が,警告色的なバッタよりもあまり食草を変えない.多様な食草を食べる方が早く成長できることが示されており,これは隠蔽色のメリットと栄養条件のトレードオフがあることを示している.
  • アリゾナの植物相はニューイングランドほど紅葉しない.そもそもある種の植物がなぜ紅葉するのかは未だ解決されていない進化的な謎だ.至近的なメカニズムは良く理解されている.冬になって葉が凍りつく前に(翌年の再生産に備えて)クロロフィルが分解吸収され,葉は残ったカロチノイドで黄色くなり,さらにアントシアニンが紅葉を生じさせる.究極因的な説明としては,まず単なる副産物だという考え方がありうる.しかし一部の植物は実際に秋にアントシアニンなどの紅葉を生じさせる色素をコストをかけて合成することがわかり,すべてを副産物では説明できないことが明らかになった.ひとつの適応仮説は,この色素は何らかの化学プロセスを凍結や酸化から保護するという機能を持つのではないかというものだ.別の適応仮説は有翅のアブラムシなどの植物食者に「この樹は毒などで防御されている」という信号を送っているのではないかというものだ(これはハミルトン説として有名).あるいは「この葉にはもう栄養はない」「もうすぐ落葉するので取り付けば一緒に落ちて死ぬよ」という信号だとも考えられる.他にも多くの仮説がたてられるだろう.この謎が最終的に解決されるまでは,その美しさをただ愛でるほかない.
  • ジャイアントアゲイブバグ(大型のカメムシの一種)のメスが飛び立つと後翅の黄色と黒が目立ち,アシナガバチのように見える.タマムシの中にも飛翔の際に鞘翅をくっつけて後翅の黄色と黒を見せながら飛ぶものがある.(ベイツ型)擬態に関する収斂だろう.
  • クマバチの一種(Xylocopa tabaniformis)においては,オスが化学的な臭いでディスプレーし,メスが交尾相手を選ぶという鳥類のレックシステムのような配偶システムがあることが示されている.クマバチ属の中で配偶システムがどのようになっているのかの系統的関係を含めた全体像は調べられていない.昆虫の種に対して行動生態学者が少なすぎるのだ.
  • ヒメヨコバイの一種には緑の地に美しい黒点の模様が描かれている.なぜヨコバイのような小さな昆虫に精密な色彩デザインがあるのだろうか.ヨコバイはワイン畑の害虫なのでリサーチが積み重ねられているが,リサーチャーたちは色彩パターンに関しては沈黙している.とはいえ性淘汰や配偶パターンは害虫対策に役立つと思われ,実際にヨーロッパのリサーチャーはヨコバイの音声性淘汰シグナルに注目している.
  • ウタイマネシツグミとマキバドリには,尾羽に非常に目立つ白点と白い縁取りがある.(このような模様を持つ鳥は多い)この模様の進化的な説明については多くの仮説が立てられているが,ほとんど解決されていない(一部のムシクイ類については,これにより昆虫を驚かせて飛び立たせて捕食するのに役立つというリサーチ結果がある).ひとつの仮説は,冬の大群において飛翔時の互いの位置を確認するための目印というものだ.別の仮説は,捕食者に対する「既に飛び立っていて捕獲不可能だ」というシグナルだというものだ.また性淘汰シグナルだという仮説もある.解決するにはリサーチが必要だ.
  • クロナガアリは巣の周りの地面から植生を取り除き,きれいに掃除する.なぜそうするのかについては,ワーカーが速く帰れるようにする,捕食者の隠れ場所を減らす,温度管理のためなどの仮説が提唱されている.リサーチによると,アリの収穫は早朝に収穫する方が有利であり,効率はそのときの温度に大きく左右され,最後の仮説が有望なようだ.さらにその掃除地域の外側にデイジーが円環状になって見られることがある.アリが掃除により不要物を捨てて土壌が豊かになり,そこに(不要なのか,より栄養豊かな種との交換なのかは不明ながら)デイジーの種も捨てられるために生じているようだ.
  • ステムレスプライムローズ(サクラソウの一種)の花は開花直後には真っ白だが,24時間経過すると少ししぼんでピンクに変色する.これは受精に成功して蜜を生産しなくなったことを送粉者に知らせている信号なのかもしれない.
  • ハチ媒花は青く,鳥媒花は赤いことが多い,そして赤は果実のシグナルでもあると言われるが,実際の様相はもっと複雑だ.そもそもハチや鳥の色彩感覚はヒトのそれと異なるし,花や果実の化学過程の副産物で色が付く場合もあるし,植物食者へのシグナルであることもある.若芽や若い茎が赤い植物は熱帯には多いが,植物食者への低窒素であることを知らせるシグナルかもしれない.赤い部分を持つ植物は成長が遅いが食害を受けにくいというリサーチがある.あるいは赤は一部の捕食者には単に見えにくいのかもしれない.これも解決のためにリサーチが必要な問題のひとつだ.


最後に山火事後10年経過した状況が解説される.

  • セイヨウネズの回復にはなお時間を要するが,藪や林の植物相は順調に回復しつつある.この植物相は自然に生じる頻繁な小火災にはよく適応しており,今回は人為的に火災が抑えられた後の大火だったが,ほぼ回復できている.
  • 水辺の植物相の回復はなおやや不透明だ.これは水辺のオークがなお再生していないことによる.
  • ヨーロッパ人の入植以降の放牧による影響の総合的な把握もこれからだし,地球温暖化の影響も心配される.

オルコックは最後に「とはいえ過度に悲観的になることはない」とコメントしてこの本を締めくくっている.植生の回復,アメリカスズカケノキやヤナギの成長を見るのは楽しいし,自然の多様性にも触れることができる,これだけヒトがあふれていても自然はなお存在できるのだと.


最初にも書いたように本書は行動生態学の大家が,火災からの回復過程をテーマにしながら,さまざまな時期のハイキングの様子をエッセイ風に語り,ところどころに行動生態的な謎解きを仕込むという作りになっている.私としては,アメリカの乾燥地帯の自然に思いを馳せながら毎日少しずつ読み進めていける大変楽しい一冊となった.


関連書籍


オルコックの本

行動生態学が,70年代の社会生物学論争,そしてその後も続いたグールドによる適応主義批判を乗り越えて今や確固とした学問フレームになったことを行動生態学者の視点から総括している本.今ではグールドの筋悪ぶりはいろいろなところで読むことができて有名だが,存命中に書かれた本書(邦訳出版は2004年でグールドの死後になる)は社会生物学論争と直接関係していない行動生態学者の見方として,当時なかなか貴重だった.


同原書

The Triumph of Sociobiology (English Edition)

The Triumph of Sociobiology (English Edition)

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 2001/06/28
  • メディア: Kindle版


こちらは若い頃に書かれたアリゾナ州の自然を描写したエッセイ風の本.これも楽しい.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20081006


同原書

Sonoran Desert Spring (English Edition)

Sonoran Desert Spring (English Edition)

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 2015/11/01
  • メディア: Kindle版


上の本と同じテーマのオルコックの本.大変面白そうだが訳されていない.

Sonoran Desert Summer (English Edition)

Sonoran Desert Summer (English Edition)

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 2015/11/01
  • メディア: Kindle版


ランについての非常に面白い本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091231

An Enthusiasm for Orchids: Sex And Deception in Plant Evolution

An Enthusiasm for Orchids: Sex And Deception in Plant Evolution

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 2005/11/24
  • メディア: ハードカバー


これも面白そうな本.アリゾナにある自宅の芝生(メンテナンスにはコストと手間がかかる)をやめて周りの砂漠の植生を再現した庭に変えてみたという話らしい.



有名な教科書.版を重ねており,現在は2013年の第10版が最新のようだ.

Animal Behavior: An Evolutionary Approach

Animal Behavior: An Evolutionary Approach

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 2013/07/01
  • メディア: ペーパーバック

*1:厳密には外来種ということになる.当時はこれは標準的なプロトコルであり,1年限りで定着しないと考えられていたし,実際に定着はしなかった.なお現在ではよりコストはかかるが土着の植物の種子散布にしているそうだ.