Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その14

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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さてピンカーはここまで英語の歴史の蘊蓄を語り,現代英語の動詞の過去形は,確かにファミリー類似カテゴリーと古典的カテゴリーの両方がそれぞれのダイナミズムを持ってインタラクションして形成されてきたことを見た.これはヒトの用いている概念についてどのような含意を持つのだろうか.ピンカーは機能から考えようと議論を進める.いかにも進化的視点をとる学者らしいアプローチだ.

概念カテゴリーに関するインプリケーション

  • この英語の過去形についての古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーについての発見は,(例えば「鳥」や「母」などの)概念カテゴリーの領域における古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーについて何か洞察を与えてくれるだろうか.この問いに答える最も良い方法は概念カテゴリーはそもそも何のためにあるのかを考えることだ.

概念カテゴリーの機能:観察されていない特徴の推察

  • 全く同じ2つのオブジェクトはない*1.であるなら,なぜ私たちは概念カテゴリーを使うのだろうか.なぜすべて個物として扱わないのだろうか.そしてなぜ私たちは今使っているようなカテゴリーを作るのだろうか.なぜサメとサケとコイをひとまとめにし,サメと葉っぱとスパゲッティをひとまとめにしないのだろうか.
  • これらはいわば初歩的な質問だ.しかし私たちが望むような答えを提示してくれるリサーチは見当たらない.
  • 「それは記憶や計算負荷を節約するためだ」としばしば示唆される.しかしシナプスは兆単位で存在し,長期記憶は時に「無限」とも形容される中で,その答えはあまり説得力がないだろう.さらに,カテゴリーの記憶に加えてその中のメンバーがすべて記憶されるような多くのカテゴリーの実例(カレンダーの月,野球チームなど)がある.
  • レイ(Rey 1983)は概念カテゴリーの機能の候補をリスト化した.それには以下のようなものが含まれている:ある個人にとっての異時間でのコンセプトの安定性,あるいは同時点での複数人間でのコンセプトの安定性,単語の意味の基礎,世界の中のカテゴリーに属するメンバーの基礎,どれがどのカテゴリーに属しているかを知っている人にとっての基礎.
  • しかしこのどれも,そもそもなぜ私たちが概念コンセプトを作るのか,そしてなぜ一部のカテゴリーは自然で,一部は不自然なのかという問題には関わりがなさそうだ.
  • ボービック(Bobick 1987)とシェパード(Shepard 1987)とアンダーソン(Anderson 1990)はヒトの概念カテゴリーのリバースエンジニアリングを試みた.彼等はそれぞれ独立に同じ主張「概念カテゴリーは,それがあるオブジェクトの観察された特徴を用いてまだ観測されていない特徴を推論するのに役立つ」にたどりついた.
  • あるオブジェクトのすべての特徴を知ることは難しいが,いくつかを観測することはできる.それを用いてそのオブジェクトを特定のカテゴリーに位置づければ,カテゴリーの構造からそのオブジェクトのまだ観察されていない特徴を推論することができるというわけだ.
  • 階層的なカテゴリーは,カテゴライズの容易性と推論の強力さのトレードオフを柔軟に扱うことを可能にする.下部の小さなカテゴリーレベルにおいては,そのカテゴリーに同定するのに多くの観察が必要になるが,推論できる特徴も増える.上部の大きなカテゴリーにおいては,ごくわずかな観察で同定可能だが,知り得ることも少ない.
  • 具体的に示してみよう:ピーターが「ワタオウサギ」だということがわかれば,彼は成長し,呼吸し,動き,乳を吸ったことがあり,草原に住み,野兎病を広げ,粘液腫症にかかるということを推論できる.しかし彼が「動物」だということを知るだけでは,推論可能なリストは「動く」ところまででおしまいになる.逆にピーターがワタオウサギだと同定するには(単に動物だと同定するときより)ピーターのことをより知らなければならないのだ.
  • 私たちの用いる多くの日常カテゴリーはこの中間のどこか,例えば「ウサギ」のようなカテゴリーだ.(「フォードテンポ」でも「輸送車両」でもなく「自動車」,「家具」でも「バーカラウンジャー」でもなく「椅子」)これは同定の容易さと推論の強力さのトレードオフの結果を示しているのだ.
  • カテゴリーに基づいた推論をしても突飛な結果を避けることができるのは,世界のあり方がそうなっているからだ.オブジェクトはヒトが興味を持つ特徴の多次元空間にランダムに散らばっているわけではない.それらは共起する特徴を持つ領域(ボービックはこれを「ナチュラルモード」と呼び,シェパードは「結果的領域」と呼んでいる)にクラスターを作っているのだ.
  • これらのモードはオブジェクトを作り維持している形と機能にかかる法則を反映している.例えば,幾何の法則は複数のパーツからなる物体のパーツの境界面は凹型になりやすいことを説明する.物理法則は,水より重いものは湖の表面ではなく底で見つかりやすいことを説明し,物理法則と生物法則は水中を動く生物は流線型であり,大型陸上動物の脚は太い傾向があることを説明する*2
  • オブジェクトの特徴空間のいくつかの座標を知れば,ナチュラルモードの存在から,残りの特徴を推論することが可能になるのだ.


概念カテゴリーの機能の議論で,まず「認知リソースの節約」という議論を打破する.するとあり得る機能としては『有用な推論を可能にする』が浮かび上がる.もしそうなら,つまりカテゴリーに基づいた推論が有用であるなら,世界はカテゴリーの形成原理と何らかの相関性あるいは予測可能性を持っていることになる.もっと簡単に書いても良さそうなところだが,記述はいかにも重い.これは重要な発見だということで力が入っているのだろう.

*1:これはおそらく一部の素粒子には当てはまらないが,ピンカーはそこまでは議論していない.言語が通常扱うオブジェクトについて考えれば十分ということだろう.

*2:ここでは,「生物は進化的に系統樹を形成し,そのために特にこの階層的カテゴリーに親和的になる」ことまでは扱っていない.かえって議論の焦点がぼけてしまうということかもしれない.しかし身の回りのオブジェクトには進化的に形成されたものが多いことが概念カテゴリーの構成に影響を与えている可能性はあるだろう.