「目立ちたがり屋の鳥たち」

目立ちたがり屋の鳥たち: 面白い鳥の行動生態

目立ちたがり屋の鳥たち: 面白い鳥の行動生態


本書は行動生態学者で鳥類学者である江口和宏による鳥類の行動生態,特に性淘汰やシグナルについて詳しく扱った本である.本書を最初に手に取ったときにはそのカジュアルな装丁から,初心者向けに書かれたちょっと面白い鳥の習性とその行動生態的な解説のある本かと思ったが,実はかなり本格的な総説書である.
構成的には,配偶戦略,性淘汰と正直な信号,信号による操作,巣や卵の信号性,ニワシドリの性淘汰信号,ヘルパー,認知能力と個性,種間関係という形になっていて,特に性淘汰形質の信号性について詳しい.
そしてそれぞれのトピックについて実に細かく総説が書かれている.ここでは私が興味深く感じたところを紹介しておこう.

 
<配偶戦略>

  • ルリオーストラリアムシクイは,オスメスのつがいがナワバリを持ち,オスヘルパーが数羽つく協同繁殖種だが,優位個体であるつがいオスは主として他のメスとのEPC(つがい外交尾)で子を残し,メスを防衛しない.そしてメスはやはり主としてよそのナワバリオスの子を生む(メスの産む子のうち,つがいオスの子は25%,群れ内ヘルパーの子は数%程度).(このナワバリはオスにとっては主としてEPC成功のための基地のようなものであり,ヘルパーにとってはその基地の相続をねらって手伝いに精を出すということになる.)
  • アオアシカツオドリはオスメスともに相手の足の青色の鮮やかさによって選り好みを見せる.(なおオスはつがいメスだけでなくEPCメスも選り好むが,これがなぜかは解説されていない.)
  • よい遺伝子仮説によれば,EPP(つがい外父性)ヒナの方がつがいオスヒナより健康であることが期待されるが,リサーチの結果はまちまちで明確な傾向はないようだ.遺伝的多様性仮説はオーストラリアムシクイ類では支持され,直接利益仮説はオオモズでは支持されている(EPCの際の求愛給餌の方が有意に大きい)が,基本的に一貫して支持されるメスの選り好みにかかる仮説はないというのが現状である.
  • EPC頻度の高い鳥類ほど,その精子が長い傾向がある.これはメスの隠れた選り好みのためと考えられる.(精子が長いと移動能力や受精能力が高まるという証拠はない.なぜそのような選り好みがあるのかについての解説はない)


 
<メスの選り好み性淘汰>

  • ムジセッカはオスのさえずりの強さがEPPと寿命双方に相関しており,よい遺伝子仮説と整合的だ.
  • イワスズメでは,さえずり頻度が少なく高い周波数でさえずるオスがもてる.(なぜ静かなオスが選ばれるのかについては,ロバータ・フラックの歌「やさしく歌って」が紹介されているだけで,解説はない)
  • スゲヨシキリ,メスアカクイナモドキでは,オスのさえずりの複雑さと異型接合性が相関している.さらにスゲヨシキリではさえずりの複雑性がヒナへの給餌量とも相関している.(さえずりの複雑性は,より多く脳構造に投資できたという質の正直な信号であるとされているが,なぜ異型接合性が高いとより投資できるようになるのかについての解説はない.ストレスに対してより有利ということなのだろうか)
  • さえずりの複雑性はオスオス競争の文脈であるナワバリ防衛においても有効なシグナルになる.また重複(相手のコールにかぶせて自分のコールを行う)マッチング(相手のコールをまねる)なども有効(これらは攻撃意思を示すと解釈される)だ.
  • 最終的に攻撃に直結する(最後通告)コールは小さな声でなされる.(相手の報復を呼び込む可能性がこの信号の正直さを担保するコストだと解説がある.そういう形で正直さが保たれるなら,攻撃に移りやすいような簡単に出せる信号になるということだろうか)


 
<信号による操作>

  • クロオウチュウは偽の警戒音を出して採餌中の他種の鳥を追い散らして盗食する(餌の全重量の1/4が盗食によるものと推定されている).この偽の警戒音の有効性は,時に真の警戒音も出すこと,相手の若い個体は学習するまで騙されやすいこと,多様な警戒音を使うこと(自主固有の警戒音のほか他種の警戒音の真似も行い,個体あたり9〜32種類の警戒音を使う),受け手に応じて警戒音を変えることなどによって保たれている.
  • (オウチュウの盗食対象である)チメドリは群の大きさ,混群の状況などによって,オウチュウの警戒音への依存度を変える.自種の警戒濃度が薄い場合にはオウチュウの盗食を他種警戒音利用のコストとして受け入れていると解釈できる.
  • オウチュウは偽の警戒コールで追い散らしたシャカイハタオリに対して(盗食後)見張りコール(もう敵はいないよというシグナル)を行って採餌再開を促す.シャカイハタオリは警戒コールに騙された後も見張りコールは信用して採餌再開する.(解説はないが,見張りコールについては「敵影がないときには早期に採餌を再開した方がよい」ということで利害の一致があるので信号の正直さが保たれるということだろう.これによって再開してはしばらくして騙されるということが繰り返されることになる.擬人的に考えると納得しがたいが,ゲームの合理的な解としてはそうなるのだろう.)


 
<巣の信号性>

  • 性淘汰シグナルとしてさえずりのリサーチは多いが,オスが作る巣のリサーチは少ない.しかしこれはメスへの信号になりうるという理解が広がり,最近はリサーチが増えつつある.ツリスガラではメスはオスの作る巣の大きさでオスを選んでいることがわかっている.
  • 著者自身のリサーチでは,シジュウカラは大きな巣箱に営巣したときの方が一腹卵数が多くなった.リサーチ当時はヒナの体温調整の観点から解釈していたが,あるいは性的信号として機能していたのかもしれない.
  • 多くの鳥で巣にハーブを敷き込むことが観察されている.防虫効果,何らかの生理的効果として説明されることが多いが,あるいはオスの求愛ディスプレイの場合もあるかもしれない.(本書では様々な知見が紹介されているが,なかなかすっきり解釈するのは難しそうだ.今後のリサーチの進展が待たれる)
  • 巣に羽根を持ち込むこともよく観察されている.抗菌効果という説もあるが,こちらはむしろ性的な信号という解釈をとるリサーチャーが多い.(ここも様々な知見が紹介されているが,やはりすっきりとしていない.同じく状況は混沌としているようだ)


 
<卵の色>

  • 卵の色の進化的な説明については様々な互いに排他的でない説明がある.
  • 捕食者への隠蔽は地上営巣性以外の鳥類についてはあまり当てはまらないようだ.
  • 鮮やかな卵が警告色だという説明は(卵に毒を仕込むことは胚への悪影響を考えるとほとんどないこともあり)当てはまりそうにない.
  • このほか一部当てはまりそうな説明としては,托卵対抗,紫外線保護,温度調節,色素の殺菌作用などがある.
  • 最近卵の色も性的なシグナルであるという考え方が注目を集めている.このうち一つの仮説は,「鮮やかな卵はオスによる抱卵を促すための脅迫(抱卵しないと捕食者に見つかっちゃうよ)だ」というものだ.リサーチは様々に行われているが,はっきりせず,検証は容易ではなさそうだ.
  • また「青い色素は抗酸化作用を持ち,これを卵に使うことはハンディキャップシグナルになる.これはメスによるオスの養育投資を促すための信号だ」という仮説も提唱されている.現在様々な検証リサーチが行われているが,やはりなおはっきりしていない.
  • 上記仮説の拡張仮説として「青さが優秀な卵であるシグナルなら,托卵鳥はこれに感覚便乗し,より受け入れられるように青い卵を生むだろう」というものがある.今のところこれを支持するリサーチは得られていない.


 
<ニワシドリの性淘汰>

  • ニワシドリでは分子系統樹と性的シグナル建造物であるアズマヤの形態に基づく系統樹がほぼ一致する.
  • アズマヤの形態と交尾成功のリサーチはほとんどアベニュータイプのアズマヤを造るニワシドリを対象としていて,メイポールタイプのアズマヤを造るニワシドリのリサーチはほとんどない.
  • メスの選り好みはアズマヤの形態や装飾物だけでなくオスの行動ディスプレー,羽衣,音声も対象にしている.
  • アベニュータイプのアズマヤの構造はメスにとって強制交尾リスクを避ける形になっている(そういう選択が働いた結果)と解釈できる.


 
<ヘルパー>

  • 鳥のヘルパーのリサーチは当初血縁淘汰的予測の検証として始まったが,現在では様々な要因で様々な協同繁殖システムがあることがわかってきている.基本的には非分散利益が大きいときにヘルパーが生じやすく,包括適応度的な利益は副次的であるようだ.(本書のこの部分は総説的な説明の技が冴えている)
  • ワライカセミ,アラビヤチメドリなどでは,ヘルパーが他メンバーに対してヒナの給餌を宣伝できていれば,餌をヒナに与えず自分で食べてしまうなどの行動がみられる.「共益費仮説」を支持するものと考えられる.
  • ミドリモリヤツガシラではヘルパーオスが独立する際に同性オスグループを結成して分散し,メスグループと出会って繁殖群を形成する.この同性オスグループは自分が給餌したヒナたちであり,そのヒナたちに自分の子を育ててもらうというある意味で互恵的な関係と解釈できる.セーシェルヨシキリのような非血縁ヘルパー種では給餌したヒナが将来の配偶者になることもある.
  • セーシェルヨシキリではメスがヘルパーであるが,ヘルパーメスが群れ外オスと交尾し,つがい巣に卵を同種托卵する場合がある.


 
<認知能力>

  • 道具制作と使用のチャンピオンはカレドニアカラスだ.特に複雑な構造の道具制作に使われる知的能力の高さはヒトの幼児に匹敵すると考えられる.(カレドニアカラスの道具に関する総説も詳しくて本書の読みどころの一つだ)
  • アオアズマヤドリ*1では,色の付いた装飾を集める習性を利用して(透明のプラスチックカバーの除去などのタスクを用い)知能テストをすることができる.この結果問題解決能力が高いオスほど交尾成功が高いことがわかった.ただし同じテストを行ったマダラニワシドリではこの結果は再現できなかった.
  • マヒワのオスの翼には黄色い斑点があり,メスの選り好み性淘汰形質とされているが,この斑点が大きいほど給餌器の口を塞ぐ爪楊枝をとる問題解決タスクの成績がよい傾向がある.(解説はないがよい遺伝子仮説と整合的な結果だと考えられる)
  • シジュウカラのオスでは(オスオス競争的)餌台占有能力と複数のレバーを引いて餌をとるという問題解決能力は逆相関となった.闘争能力に劣る個体はより頭を使うようになると解釈されている.(と解説されているが,いかにも苦しい.)


 
<種間関係>

  • オオツチスドリはオオコウウチョウに托卵される関係にある.コロニー内にハチの巣があると托卵に対して防衛するが,ハチの巣がないと托卵を受け入れる.これはヒナに寄生する寄生バエに対する防衛が関連している.ハチがいればハエは寄りつかないが,ハチがいないとヒナが寄生される.このときにオオコウウチョウの托卵(カッコウと異なりホストビナを殺さずに共存する)があると,托卵ビナが先に孵化して動き回り,後から孵化したホストビナの寄生バエを食べてくれる.托卵をハエ防衛のコストとして受け入れていると解釈できる.
  • 渡り鳥であるマダラヒタキは,留鳥であり先に営巣を始めるシジュウカラの営巣状況の情報を参考に営巣場所を決める.シジュウカラにみられる卵覆い行動は,(マダラヒタキに近くに営巣されると採餌競合が生じるので)情報を操作しようとしているもののではないかと考えられる.



 
本書の総説は一行あたりにできるだけ多くの情報を詰め込もうというスタンスで書かれており,決して読みやすいものではないが,じっくり考えながら読むのにふさわしく,ページ数に対して非常に多くの情報が詰まっている.巻末の参考文献も充実しており,興味のあるトピックについてはすぐに原論文に当たることができる.鳥の行動生態に興味のある人には実にお買い得な一冊だと思う.


 
関連書籍


最近出版された鳥類の行動生態の本としてはこれ.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160526

鳥の行動生態学

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*1:Bowerbirdの和名はニワシドリとすることが多いが,なぜかSatin bowerbirdだけはアオニワシドリとせずにアオアズマヤドリを用いることが多いようで,本書もこれに従っている.理由は定かではない.