日本進化学会2017 参加日誌 その6


大会第3日 8月26日 その2


最終日の午後は一般公開講座,その後総会,学会賞授賞式及び受賞講演という運びだ.場所はいずれも100周年時計台記念館大ホール.


市民公開講座「進化の不思議に触れる:シロアリ家族の秘密,けったいな植物の生き様」

あなたの知らないシロアリの秘密 松浦健二


シロアリの実物を用意し,iPadを利用してカメラによる実物の拡大表示とプレゼン画面を切り替えるという華麗な講演.


シロアリは有名だが,一般には実物を見る機会はあまりない.(会場で見たことある人と手を挙げさせるが8割近くいて,さすが進化学会の一般講演に来る人は違うとコメント).(ネバダオオシロアリのスライドを映し)これはかなり原始的なグループ.日本に侵入して定着している.幼虫がワーカーで,成長すると兵アリになったり繁殖虫になったりする.次がこの辺りによくいる(吉田山にも多いそうだ)ヤマトシロアリ.これは女王がかなり大きくなっていて産卵に特化している.(ここで西表島でのタカサゴシロアリの巣の採取の様子のスライド)タカサゴシロアリは木の幹の周りに糞を固めた物質で巣を作る.10キロの固まりの巣だとだいたい百万匹いるが,女王と王は1匹づつで,巣の奥の堅いコアの部分にいる.


シロアリとアリの比較:シロアリはキゴキブリの近縁で両性社会,両性2倍体生物で不完全変態,腸内共生微生物を持つ.ここで実物のシロアリのプレゼン.シャーレに入った京都のヤマトシロアリ300匹ほど.これを紙の上に放してフェロモンでハートのマークを書かせる.さらにボールペンで線を描くとその上も歩く.ボールペンの溶媒物質はアリのフェロモンと認識部位の部分構造がよく似ていてそのような効果があるのだそうだ.シロアリは眼が無くケミカルに周囲を認識しているのだ.


不完全変態なので孵化直後から同じような姿をしている.なぜ白いのかというと,これはスケルトンのままであって,白い色素があるわけではない.外を歩くアリの場合には紫外線から保護するためにメラニン色素を持って黒くなるが,シロアリの場合には巣がそのまま食物なので外に出る必要がない.だからメラニンを持たずにスケルトンがそのまま見えて白く見える.例外的に外に採餌に行くシロアリの種は黒くなっている.腸内には原生生物を持ち,その原生生物の中にバクテリアがいて木材を消化できる.また空中窒素の固定バクテリアも持つ.木材から炭素,バクテリアから窒素を得てアミノ酸を合成する.化学受容メカニズムとしては,触覚の先の毛の部分に受容器がある.卵の様子を見ると,白い卵とは別に黄色い玉がある.これはターマイトボールと呼ばれ,シロアリの卵に化学的に擬態している菌であることを突き止めた.形,サイズ,化学物質がよく似ていてシロアリには全く区別が付かない.なおシロアリは巣自体が餌なので外から餌を巣に持ち込むことはないが,卵があると巣内に運び入れる.この性質を利用すると退治薬を巣に持ち込ませることができる.いろいろ調べていると応用にも役立つことがある一例だ.


ここからヤマトシロアリの生活史.まず羽アリは巣を飛び立ち群飛する.そして分散して地上に降り立ってからペアになる相手を捜す.多くの羽アリはこの段階でアリなどに捕食される.うまくペアを見つけたシロアリはメスが先オスが後になってタンデム走行をして餌になる木を見つけてそこに潜り込んで巣を作る.卵は孵ると幼虫になる.幼虫は脱皮を繰り返し大きなワーカー(その一部は兵アリ)になるか羽アリになるかの道に分かれる.しばらくはこの最初の女王と王で繁殖を続けるが,女王の産卵数が巣の拡大につれて不足気味になると補充女王が生まれる.補充女王はどんどん増え,初代女王が死んでも多数の女王(600匹以上になることもある.これは動物界最大のハレムだそうだ)が巣に残りさらに再生産される.王は長命でがんばるが,死ぬと補充王が現れる.
ではこれは近親交配なのだろうか,もしそうなら近交弱勢をどうやって乗り越えているのか.実は近親交配ではないのだ.よく調べると補充女王は王の遺伝子を使っていない.女王が減数分裂第二段階を省略した単為発生を行って女王の遺伝要素だけ持つ補充女王を作っているのだ.(王がAB,女王がCDとするとワーカーや羽アリははAC, AD, BC, BDだが,補充女王はCC, DDになる)要するに遺伝的には女王は不老不死になっているのだ.CC, DDのようにホモになっているが,女王は産卵機能のみが重要で,消化すらほとんど不要になっていてこれで問題ない(解説はなかったが産卵に必要な機能については有害劣性遺伝子が淘汰されたのだろう).これはどのような仕組みによっているのか.調べると卵には精子が通るための卵門と呼ばれる穴がある.この卵門の数は平均9個ぐらいだが,女王が年をとると減ってくる.そして0の卵が生じる.これが補充女王になるのだ.では王はどうなるのか.王はこのような形で増やせない.だから補充王は息子になる.だから近交弱勢が生じる.つまり王が死ぬとそのコロニーは衰退に向かう.これは王に対して長寿に向かう非常に強い淘汰圧があることを意味している.ではどのぐらい長寿なのか.これを調べるのは容易ではないが,フィールドで巣を大量に掘り出して巣の状態の比率を調べ,さらにある程度期間を推定できる部分を参照してフェルミ推定を行った.初期巣,初代女王と初代王のみ,初代王と初代女王と補充女王,初代王と補充女王,補充王と補充女王というステージで区切る.このうち初代女王の寿命が11年程度,補充王になってから巣がなくなるまでが4〜5年と推定できる.ここから王の寿命は64年〜77年程度と推定できる.寿命の分散を考えると100年を越えるものもいるかもしれない.昆虫の寿命は平均2ヶ月だが,淘汰圧が強いとここまで延びることができるということがわかる.


このような女王の単為発生による不老不死化(AQS)はシロアリグループ全体ではどうなっているか.ここまで50種類が調べられAQSは6種類見つかっている.系統樹を描くと北米,アジア,ヨーロッパで少なくとも独立に3回進化していることがわかる.シロアリは全部で300種類あるので,全部で30〜40種ぐらいいるだろうと思われる.今後はカーストごとの遺伝子発現の違いなどを調べていきたい.



最後に著書である岩波ライブラリーの「シロアリ」を紹介して講演を終了.この本にかかる私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130701

シロアリ?女王様,その手がありましたか! (岩波科学ライブラリー)

シロアリ?女王様,その手がありましたか! (岩波科学ライブラリー)

キノコを食べる植物の不思議な生活 末次健司


自分の研究は「生き物の生き様を明らかにしたい」という気持ちで行っている.シュモクバエの眼柄,オオセンチコガネの美しい色,サシガメのアリの捕食ぶりなど本当にわくわくする.そして野外で見てアイデアを見つけたいと思っている.unknown unknownsを知りたいということだ.


まず本日の話の前提として植物にかかる共生を整理しておきたい.植物にある共生としては菌根菌共生,送粉共生,種子散布共生が有名だ.(それぞれ具体的に解説,いくつか面白かったものは以下の通り)

  • 菌根菌については炭素を根に送り,ミネラルと水をもらうと説明.そして昔の理科では植物は根毛で水を吸収すると教わったかもしれないが,あれは間違いで,90%以上は菌根菌経由なのだ.
  • カキランはふつうはハナアブが送粉者とされているが,実は葉の汁を吸っているアザミウマも送粉をすることがあることがわかった.
  • ナナフシの卵を鳥が運ぶことがある.ナナフシの卵は種子に似ていて,非常に堅い.調べてみると食べられた後に卵が消化されずに生き残って排出され,孵化することがあることを突き止めた.


ここからは本題で,植物でありながら光合成をやめた植物の話だ.そもそも真核生物にとって,光合成はシアノバクテリアを取り込んで可能になるもので,何度か独立に進化している.ここではやや狭い定義の「陸上植物」という意味で「植物」と扱いたい.なぜ光合成をやめるのか.実は林床では日照は1%ぐらいしか届かず,光合成を行って栄養を得るのはしんどくなる.だからほかからとれるならそうするという植物が現れるのだ.これは二重の意味で日陰者で,実際に日陰に育ち,リサーチもあまりされていない.こういう植物を従属栄養植物と呼ぶ.かつては腐生殖物と呼ばれていた.これは死体のような何か腐ったものの上に生えるというイメージが強く,実際に有名な推理小説において「ギョリンソウが生えていることからそこに死体があることがわかる」というプロットが書かれていたこともある.しかしこれは間違いだ.従属栄養植物はキノコ(菌)を根の細胞に取り込んで生きているのだ.つまり菌根菌に寄生している.一部だけ従属栄養的という植物もたくさんある.ランの90%は発芽してから地上に芽が出るまでは従属栄養段階をとる.ランの種子は埃のように小さく風で散布される.そしてその小ささからくる栄養不足を菌根菌に寄生という形で解決するのだ.


ではなぜこのような従属栄養植物のリサーチがあまりなされていないのか.その大きな要因は発見が難しいことだ.植物体は小さく,少なく,開花期のみしか地上に現れず,暗い林床にしかいない.研究者としての私の日常はこれらの植物を地上にはいつくばって探す,時に送粉者を確かめるために10〜20時間も観察するというものだ.また従属栄養植物は熱帯に多いので熱帯に出かけることも多い.リサーチされていないので新種を見つけることもできる.タヌキノショクダイは大変珍しい植物で,日本でいつも見られる場所は2カ所しかないが,そのうち1つは私が見つけた.またボルネオでこの仲間の新種らしいのを見つけている.さらにタネガシマムヨウランに似た新種らしいランも見つけている.日本は世界でも最も植物のリサーチが進んでいる地域で植物の新種はなかなか見つからないが,すでにホンゴウソウの近縁種としてヤクシマソウを新種として記載した.(ここで新種の命名,記載について解説)


そして従属栄養植物の最も面白いところは,従属栄養になったことによって既往の共生関係を変化させることがあることだ.

  • 菌根菌共生では,これまで炭素を与えていたのを逆に炭素を収奪することになる.どのような菌根菌を関係しているかについては,まず根から菌根菌の細胞を取り出してDNA分析をかけ,さらにその菌を培養して調べる.すると特定のアーバスキュラー菌根菌とそのホスト植物との3者共生になっていることがわかった.炭素はそのホスト植物が作り,菌根菌を経て従属栄養植物に流れるのだ.さらに落葉腐朽菌,木材腐朽菌からも収奪していることがわかった.根から木材や枯れ葉に似た化学物質を出して菌根菌をだましているようだ.
  • 次に送粉共生.暗い林床にあるのでハチやチョウなどは入ってこない.そこでこのような従属栄養植物では自殖が卓越している.自動自家受粉を行うのだ.タケシマヤツシロランではずっと地下にいて,1〜2週間だけ地上に出て,しかしつぼみのまま自家受粉してしまうので「植物のニート」と呼ばれているほどだ.また別の虫を使うようになったものもいる.クロヤツシロランはキノコに擬態してショウジョウバエをおびき寄せる.
  • 最後に種子散布共生.ランはそもそも風散布が多いが,林床では風がほとんど吹かない.一部のランは花は地上3センチだが,種は40センチまでのばしてつけるものもある.そしてツチアケビでは赤い色の液果をつけて鳥を使って種子散布を行うようになっている.これは実際に鳥が食べるところを観察し,さらにその糞を調べて発芽可能な種子を見つけて,世界初のランによる動物散布を証明したものだ.


従属栄養になってほかの共生関係も変わるというのは面白いと思う.今後は記載を進め,生活史の解明にも取り組みたいと思っている.この講演はこう締めくくりたい「光合成をやめてニートになるのも楽ではない」.


あまり知られていない林床の従属栄養植物の大変面白い話だった.特に腐朽菌をだます化学擬態,ショウジョウバエをだますキノコ擬態は楽しい話だった.



総会,学会賞受賞講演


総会では学会組織の法人化の進め方が説明され,あわせて今後の大会スケジュールとして,2018年駒場,2019年札幌が発表され,さらに2020年は沖縄での開催の方向であることが報告された.
今年の学会賞受賞者は河田雅圭.これまでの生態学を巡る歴史,自身のやってきたことやリサーチを振り返る講演だった.


河田雅圭 受賞講演「個体間の変異と進化のポテンシャル」


まず歴史から.私がドクターになったのが1985年.そのころは進化学が激変の時代だった.1970年以前には日本の学界では,遺伝学の熊井とソ連のミチューリンの獲得形質遺伝を信奉する生態学の徳田御稔がいがみ合い,さらに今西錦司という変な人もいて,遺伝学と生態学は分断されていた.1980年頃から行動生態学が日本にも入ってきて,教科書,ドーキンスの利己的な遺伝子,ウィルソンの社会生物学などが訳された.片方でグールドとネオダーウィニズムの論争も華やかな時代だった.
そこでドクターになった私は(行動生態学に関する)Network of Evolutionary Biologyという雑誌を立ち上げて学問間の交流も目指していろいろな人に書いてもらった.そのころ木村先生の分子進化の中立説が訳されて,私は手紙をもらった.そこにはドーキンスも中立説には好意的であるということも記され,この雑誌で論争してもらってかまわないが,対応は別の人に任せるとあった.実際にこの件についてもいろいろな人に書いてもらった.引き続き「生物進化を考える」も出版された.これは集団遺伝学の基礎と木村の立場も紹介したいい本だった.私はこの書評を書くことになって,好意的に取り上げたつもりだったが,木村先生にはなぜが気に入られずにご立腹されたということで,その後,先生とは連絡がとれなくなってしまった.この本は淘汰万能主義から偶然の要素も考察しようということだったが,当時の生態学は理論的には分子進化の中立を認めつつ,実際の表現型については淘汰万能主義的に解釈するものだった.


分子進化の中立説

分子進化の中立説

生物進化を考える (岩波新書)

生物進化を考える (岩波新書)

(なお河田の主催した「Network of Evolutionary Biology」のバックナンバーは現在オンラインで公開されている.時代の熱気を感じさせる渋い雑誌だ. http://meme.biology.tohoku.ac.jp/NEB/NEB.html 参照)


この淘汰と偶然の進化観については最近東北大の同僚の千葉さんがとてもいい本を書いているので紹介したい.それは「歌うカタツムリ」だ.私自身は二者択一ではなくいろいろな進化要因の相対的な重要性を考えればいいのだと考えている.そして,個体間の変異,遺伝子か個体か集団かなどをよく考えるようになった.そして個体間の相互作用を考えた上での集団の進化を調べたいと思うようになった.たとえば集団の視点では個体分布は一様で変化しないことを前提にするが,個体間相互作用があれば一様にはならないかもしれない.


千葉の「歌うカタツムリ」.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20170719

歌うカタツムリ――進化とらせんの物語 (岩波科学ライブラリー)

歌うカタツムリ――進化とらせんの物語 (岩波科学ライブラリー)


そして2000年頃には種分化を考え始めた.当時は同所的種分化は容易には起こらないと考えられていた.そして人工空間に個体を入れて餌が二種類ある状況をモデル化してみた.やってみると分散が非常に小さい場合でないと種分化しないことが示された.ところがちょうどそのころ同所的種分化が生じると主張する論文がたくさん出た.最も有名なのはディークマンのアダプティブダイナミクスを使ったものだ.これには初期の変異の前提が大きすぎるとか淘汰圧が強すぎるなどの批判が出た.
そこでよく考えてみた.そして突然変異率,集団としての変異率,遺伝構造や分子構造による変異生成などの要因を考えることが重要なのではないかと考えるようになった.まずは実証的なデータがあるものをモデル化してみた.シクリッドの光環境に応じた体色の分化を伴う種分化のモデルを作り,実際のシクリッドのデータ(体色遺伝子,色覚遺伝子の変異率)を入れて回してみた.すると光勾配が中程度で分散が小さい場合のみ分化するという結果になった.当時このシクリッドはナワバリ性で分散が低いことは知られていたが,光勾配のデータはなかった.これは後にシーハウゼンがいろいろな場所で調べて,確かに光勾配が中程度の地域でオプシンの分化が多いということがわかった.


そして変異がどう進化を決めるのかを考えるようになった.ヒトでは個人間に0.1%程度の変異があることが知られている(チンパンジーとヒトの間の1/10)これらの変異はどういう状況にあるのか.一番大きい部分は中立で,一部が有害,そしてごくわずかなものが現在淘汰を受けて増加中か平衡なのだと考えられる.平衡遺伝子はどのぐらいあるのか,かつてドブジャンスキーは変異のほとんどが平衡状態だと主張したが,そうではない.ヒトではアメリカ人で60,アフリカ人で125ぐらいだとされている.要するにごくわずかだ.平衡には負の頻度依存,ヘテロ超優性,環境との相互作用などの仕組みが考えられる.そして次にこの変異を維持する仕組みを考えるようになった.グッピーのオスの体色は多様だ.これにはメスの配偶者選択による性淘汰が効いている.そこでメスの色覚のオプシン遺伝子を調べた.グッピーはオプシンを9種類持っているが,そのうちLWS1と呼ばれるものがオレンジ色に敏感だ.そしてこれには多型がある.トリニダードトバゴではこの頻度が地域によって大きく異なり,なんらかの分断淘汰が働いていることがわかった.さらに別の研究でこのLWS1遺伝子の発現は育った環境の影響を受けることがわかった.つまり遺伝と環境の両方が敏感さに影響しそれがオスのスポットの多様性の要因となっているらしい.


別の例ではアオモンイトトンボがある.メスには青と赤の多型がある.これはオス同じ色のメスを覚えてそれをねらうので,オスから受けるハラスメントのコストを考えるとメスは少数派の色の方が有利になるという負の頻度依存効果で多型が保たれているようだ.そして多型がある方が(ハラスメントコストが小さくなるので)集団全体で増殖率が高くなる.これはもちろん集団淘汰ではなくあくまで個体淘汰の副産物だが,とにかく副産物でそういう集団が有利になるのだ.先ほどのグッピーではオスは多様だが種分化は抑えられている.逆に鳥ではこのような多型が種分化を促すというリサーチがある.これらは今後考えられていかなければならないところだ.さらに別の例では小笠原のアノールトカゲのリサーチがある.小笠原にフロリダからアノールトカゲが持ち込まれたのは1960年頃とされている.調べてみると変異はフロリダの半分ぐらいで,祖先集団は14個体ぐらい多くても50個体以下だと推定される.しかし50年程度で後肢が伸び(平地での運動能力が上がるとされている),食物に関する進化も進んでいある.これはかなり少数の変異でも急速な進化が可能であることを示している.


ではどのような動物で変異が高いのか.分散時の子孫の大きさと繁殖力を座標にとって各動物種をプロットすると逆相関を示す.これはいわゆるr淘汰とK淘汰を表す.そしてK淘汰的であるほど変異が多いのだ.これは生活史が変異と関連することを示唆している.これまで調べてきたことをまとめると,変異率は必ずしも進化ポテンシャルを上げるものではないということになる.


進化容易性については遺伝子制御ネットワークとの関連を調べてみた.遺伝子ネットワークが複雑になるとよりロバストになり,遺伝子変異は増える.さらに変異あたりの表現型効果が小さくなるのだ.もう一つ進化容易性に影響を与えるのがゲノム構造だ.重複遺伝子には全ゲノム重複であるオーノログとより小さな重複の2通りある.そしてオーノログは起源が古く,両方ともに必要な遺伝子になっていることが多いが,小さな重複には新しいものも多く適応の元になりやすいようだ,実際にイヌの家畜化にはそれが重要だったとされている.ショウジョウバエを種間比較すると重複部分の多さと対応可能な環境の広さが相関している.哺乳類ではオーノログにはそのような傾向はないが,小さな重複には同じ傾向があるというリサーチがある.また侵略的外来種とそうでないものを比べてみた.分散時の子の大きさと重複の多さを座標にして動物をプロットすると逆相関になるが,より右上に来る生物が侵略的外来種であるようだ.これも重複の多さが環境適応性が相関していることを示している.


ここからは私の研究ではないが,植物ではKT絶滅の直前に倍数化を起こしている系統ほど絶滅が少ないという研究,さらに倍数化が多いほど分化が多いという研究がある.またシクリッドではいったん湖が干上がるという体験をした種の方が重複が多い(重複があった種の方が生き延びやすかった)というデータもある.これらはゲノム構造が環境激変の時に重要な役割を果たすことを示している.倉谷さんのグループが発生の揺らぎについて同じような研究をしている.これらの結果と関連するかもしれない.また変異を調べるときには効果の小さな多数の変異を考えることが重要になる.よくあるp-valueで効果を切ってしまうと多くのそういう遺伝子を見逃してしまう.最近ヒトの身長に関するSNPsの研究が出されたが,非常に多くの遺伝子が弱い効果を持っているようだ.


最後にそのような変異が固定するかどうかという問題がある.これまでの生態学では現在ある遺伝子はすべて平衡状態にあると仮定しているが,ヒトの現代環境へのミスマッチでもわかるように常にそうだとは限らない.環境の激変に応答しきれていない遺伝子も念頭に置く必要があるだろう.


限られた時間で非常に多いトピックを論じて迫力のある受賞講演だった.


以上で今年の進化学会は終了だ,主催者,スタッフの皆様にはここで御礼申し上げたい.これは京都を離れる前にいただいた「京都の中華」.やはり味付けが関東とは異なって面白い.

京都の中華 (幻冬舎文庫)

京都の中華 (幻冬舎文庫)

<完>