協力する種 その34

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第9章 強い互恵性の進化 その2

9.1 連携した罰 その2


著者たちは自分たちの連携罰モデルを概説し,その基本的な挙動を図示して説明した.ここでその図を再掲しておこう.


さらに著者たちはこのモデルを拡張して一般化したときにどのようなパラメータがどのように挙動に影響を与えるかに話を広げる.著者たちは先ほどの罰の成功度に行使者数が与える影響を一般化し(ただし著者たちはそういう具合に明示的にことわっていないのでここはわかりにくい.訳書では訳注が入っているのでここで話が一般化していることがわかるが,原書を読む読者は大変だろう),さらにシグナリング戦略が可能なようにモデルを拡張し以下のように解説を行っている.

  • これまでの結果は(より一般的に拡張するとわかるように)2つのパラメータに決定的に依存している.
  • 1つは規模の経済の程度aである.(先ほどのモデル説明のときには罰行使メンバーの期待罰コストをk/np2としているが,ここでこれを一般化してk/npaと拡張している.)a=1だと規模の経済がなく(罰行使の成功度が人数に依存しなくなり),罰のコストの総量は非協力者の人数のみで決まる.aが大きくなると成功度に行使者人数が効いて来るために,行使者が増えると,行使者一人あたりのコストが小さくなる.これは連携罰の重要性を示している.
  • もうひとつは罰行使者がその意図を示す(シグナリング時の)コストqだ.
  • ここでシグナリングの際に嘘をつけるという嘘つき戦略をモデルに組み入れよう.嘘つき戦略者はシグナリング戦略時にコストqを支払い,行使者のように振る舞い,罰されることを回避する.つづくラウンドでは行使シグナル者がτ+1より多ければ協力する.しかし罰を行使せずに罰行使コストを回避する.以降のラウンドでは非行使戦略者と同じに振る舞う.嘘つき戦略が非行使戦略に変わって侵入可能かどうかは最初のラウンドのペイオフで決まるので,qが一定以上大きいと侵入できなくなる.


次の拡張は血縁度を上げるものだ.著者たちはこう解説する.

  • 前提を狩猟採集民で見られる程度の集団内血縁度r=0.07に変更すると,b=4cでは協力を含む安定均衡が唯一の安定均衡であるτの範囲が広がり,罰行使の初期頻度が0でも侵入可能になる範囲が増える.(境界値となる不安定均衡◯がより下に下がる形になる)
  • 血縁度が0より大きい場合の多型均衡では罰は利他的になりうる.

著者たちはこの結果をもって,bがある程度cより大きい場合τ1〜3程度の少数者が罰を加える形が祖先集団で進化しうることを示せたと考えているようだ.


グラフで示すと以下のようになる.



(適当に描画しています)



別の拡張は頻度条件依存戦略を導入して行われている.

  • なぜこのモデルでは2次のフリーライダーの問題が生じないのだろうか.それをよく示すために「最初のラウンドでちょうどτ+1名がシグナルを発するなら協力し,しかし罰は行使しない」という条件依存協力戦略を導入しよう.
  • この戦略は最初のラウンドで罰を回避でき,それ以外は非行使者と同じになるので,非行使者のいる集団に侵入し取って代わることができる.
  • しかし彼等も(前提からいって)罰に反応し続ける.そして(行使者非行使者の間で協力が安定均衡になる条件下では)罰行使者が利益を得られるために,この頻度依存戦略者と罰行使者の安定均衡が成立する.ここに2次のフリーライダーは侵入できない.

この最後の部分の著者たちの説明は私にはよくわからない.それは彼等のいう「2次のフリーライダー」戦略が明示的に定義されていないためだ.通常2次のフリーライダーとは1次ステージでは協力するが,2次ステージで罰行使はしないという戦略を指す.これは著者たちのいう頻度依存協力者も含まれるように感じられる.だから「2次のフリーライダーは安定均衡には現れるが,罰行使戦略を駆逐はしない」ということを示しているようにしか思われない.


いずれにせよ著者たちはこうまとめている.

  • 我々のモデルを通じて,現実にあり得る状況下で,罰がポピュレーションに侵入可能であり,その後も高頻度の協力が安定的に達成されることが見いだされた.
  • この結果は「罰の決定は他の罰行使者の数に依存する」「罰行使者が多いほど罰コストが下がる」という前提条件に依存している.


私の感想は以下の通り.

  • 確かにこの前提条件下では,罰は進化しうることになる.
  • しかしこの前提条件は,協力するかどうかの意思決定は(全く遺伝的ではなく)罰の予想のみに応じて決まるとしている.そしてこの意思決定というのは,一度罰が下されると,後は協力に転じるという形で決まる.この予想は少し単純すぎるのではないかというのがまず気になる.
  • 次に罰行使かどうかは遺伝的に決まり,その発動条件は行使者人数のみに依存している.これはなかなか面白いところで,実際に大勢で1人を罰する方が効果的だろう.ただ,ここで気になるのはこの発動条件が集団中で同じ値に固定されていることだ.まず単純化したモデルということだろうが,実際にはτは個人によって異なり,それが進化的に収束していくかどうかを調べてみなければならないだろう.
  • 関連してここでは(おそらく単純化のために)罰コストは行使者人数のみで決まることになっている.実際には最大の罰コストは「報復リスク」であり,ここを分析しないと納得できる罰進化は示せていないのではないかと感じられる.
  • またここでいう第1ステージの協力はr=0のときには(著者自身もコメントしているように)利他行為ではなく,自分が有利になるために合理的に手を選んでいる行動ということになる.すると前章までのマルチレベル淘汰による利他性進化の議論とは断絶している.r=0.07では(血縁淘汰理論から当然予想されるように)個体レベルで利他行為となるが,ここをマルチレベル的に説明していないのも著述の流れとしてはすっきりしないところだと感じられる.