協力する種 その40

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第11章 社会的感情 その1


ボウルズとギンタスは前章で規範内面化が内面化の遺伝的性質と文化的に伝達される規範として進化可能であることを示した.ここではその至近的なメカニズムが考察される.

  • 社会規範の遵守は認知的な意思決定だけでなく,感情によって支えられている.
  • 最後通牒ゲームの不公平配分に対する拒否は「怒り」の感情と結びついていることがわかっている.
  • 協力を支える最も重要な感情は「恥」だろう.これは他者が自分の規範違反を知っているときに生じる感情で,単なる規範違反に対する「罪悪感」とは異なる.我々は,ヒトは「恥」「罪悪感」などの社会的感情を通じては経済学的な意思決定(合理的な最適判断)とは異なる行動を選択するのだと考える.(ここではフランクの怒りのコミットメント機能の議論,ダマシオのソマティックマーカの議論が紹介されている)
  • この認識を通じて我々はヒトの選択に関する効用関数をこれまで提唱されてきたものから修正・拡張する:個人は「自らの物質的利益」「他者の利益」からそれぞれの効用関数を構成する.そして「他者の利益」は「無条件の利他性」「互恵性」「恥」「罪悪感」から構成されると考える.
  • 罰あり公共財ゲームなどでの罰行動をみると,「罰によって恥が喚起される」場合や「罰によって怒りが喚起される」場合があることがわかる.これは制裁への反応がコストと利益の冷静な判断によるのではなく,文化特有な社会的感情に影響されていることを示している.
  • 第9章では罰を受けた参加者は協力的になることが仮定されていた.本章では罰と社会的反応が互いに促進する過程に焦点を当てていく.


効用関数を持ち出すのはいかにも経済学者的だ.なおボウルズとギンタスは罰への反応について「文化特有の社会的感情」と考えているようだが,これには違和感がある.社会的感情はそれぞれの条件に応じて発動する基本的にユニバーサルな感情で,実際の状況をその発動条件に関してどう解釈するかが文化特有だということだろう.

11.1 互恵性,恥,罰

著者たちはここで規範を持つ個人が1回限り公共財ゲームを行うことをモデル化する.そこで効用関数を使って選択をモデル化している.以降の説明は数式とグラフによっているが,大体以下の内容になる.

  • 個人は自分の物質的利益,貢献量が少ない相手への罰,自分の貢献量が少ない場合の罪悪感,制裁を受けた場合の恥に応じた選好を持つ.
  • 物質的利益については公共財ゲームの利得に相手から受ける罰,自らが行使した罰コストを加えた合計となる
  • ここで「恥」による効用を,受けた罰の程度と自身の規範違反量(規範で要求される貢献量-実際の貢献量)の積に比例するとし,「罪悪感」の効用を,規範違反量に比例するとする.
  • またここでは相手の利得に関する効用も考える.それは相手の物質的利得から相手が負担した罰コストを引いたものに比例する.罰コストを引くのは自分が罰されるために払われたコストについて効用を減じることは非現実的だと考えたからだ.
  • そして個人はこの効用関数:「自らの物質的利益+相手の利得に関する効用+は時効用+罪悪感効用」を最大化するように貢献量と罰行動をきめるものとする.これは罰の限界コストと限界効用が一致するような選択をすることによって得られる.
  • この効用関数の最大化均衡をみると,恥への感受性が増加すると罰がより効果的になり,貢献量が増えることがわかる.
  • ゲームの均衡として解析すると,双方の恥感受性が増すとナッシュ均衡貢献量は双方とも増えることがわかる.


ここも小難しく解析していて,なかなか難解な書きぶりだ.ちなみに効用関数uiは以下の形で表現されている.


しかし結局エッセンスは単純で,個人が罰あり公共財ゲームで受ける罰の大きさに応じて恥を感じ,そこに負の効用があるなら,より貢献量が増えるだろう,つまり恥は協力を増やすということだ.これは直感的にも明らかだろう.問題は進化的なダイナミクスの中で恥感受性が増大するように進化するかどうかだが,この分析フレームはそこを扱っているわけではない.おそらく著者たちは協力が進化する仕組みは既に集団間競争,繁殖均等化文化との共進化,規範の内面化等で説明しているので,この恥感受性の進化はその協力の進化のひとつの要素として説明可能だという考えなのだろう.