日本進化学会2018 参加日誌 その7

大会第四日 8月25日 その1


また夏空の戻った8月25日.進化学会最終日は通常の講演・発表ではなく夏の学校と一般講演会になる.

進化学夏の学校 系統地理研究の基礎と新展開:地域の集団はいつ,どこから来て,どう適応したのか

イントロダクション 岩崎貴也
  • 系統地理学;phylogeographyは最近作られた学問だ.系統情報と地理情報をあわせ「分布形成の歴史を明らかにする」学問ということになる.
  • 地域集団がいつどこから来たのか,その経路,移動障壁は何だったか,(厳しい時期に)生き延びた場所はどこかなどが当初議論された.最近ではその地域の生物集団とどう適応したのか,地理的変異はどう形成されたのか,適応遺伝子はどこでどう頻度を上げたのかなども取り扱われるようになっている.
  • この分野を立ち上げたのはジョン・エイビスで,参考文献としてはまず彼の書いた教科書がある.このほか分野全体に関する本として種生物学会の本もある.また特定の分類群についての本もいくつか出ている.

Aviseによる大著 私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090511

生物系統地理学―種の進化を探る

生物系統地理学―種の進化を探る


種生物学会によるもの.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130704

系統地理学―DNAで解き明かす生きものの自然史 (種生物学研究)

系統地理学―DNAで解き明かす生きものの自然史 (種生物学研究)


淡水魚類についてのもの.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100413

淡水魚類地理の自然史―多様性と分化をめぐって

淡水魚類地理の自然史―多様性と分化をめぐって

  • 作者: 井口恵一朗,大原健一,北川忠生,北村晃寿,佐藤俊平,高橋洋,武島弘彦,竹花佑介,向井貴彦,山本祥一郎,横山良太,淀太我,渡辺勝敏
  • 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
  • 発売日: 2009/12/22
  • メディア: 単行本
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日本および東アジアの哺乳類,爬虫類.両生類についてのもの.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060215

動物地理の自然史―分布と多様性の進化学

動物地理の自然史―分布と多様性の進化学

  • 作者: 浅川満彦,阿部永,石黒直隆,太田英利,大館智氏,押田龍夫,鈴木仁,高橋理,永田純子,前田喜四雄,増田隆一,松井正文,松村澄子,馬合木提哈力克,渡部琢磨
  • 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
  • 発売日: 2005/05/25
  • メディア: 単行本
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日本の哺乳類についてのもの.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20171110

哺乳類の生物地理学 (Natural History Series)

哺乳類の生物地理学 (Natural History Series)


応用にかかる本としてこの本も紹介されていた

地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン

地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン

  • 分布形成の歴史は地域適応の歴史でもある.この中にでもそれは自分と関係ないと思っている人もいるかもしれないが,そんなことはない.すべての生物には分布情報があるのだ.(いくつかの例が示される)
  • モデル生物のシロイヌナズナも2016年に地理的適応のメカニズムが解析された.
  • 系統地理は生物の進化的な面白さの解明に欠かせない.しかし日本進化学会における発表は減っている.進化は系統樹の中で起こるのではなく自然の中で起こるのだ.本来地理情報とは切り離せない.
  • 系統地理学は進化研究にとって基礎となる自然史研究であり学生的な総合研究でもある.


系統地理学が描く分布形成の歴史の進展と制約:高山植物の研究を例に 池田啓
  • 種生物学会のこの本だが,これが出版されたのが5年前.そこから大事なことは変わっていない.ただし,データは次世代シーケンサーで増大している.

系統地理学―DNAで解き明かす生きものの自然史 (種生物学研究)

系統地理学―DNAで解き明かす生きものの自然史 (種生物学研究)

  • 系統地理学の体系はAvise1987により定義された.その後彼により教科書が書かれ,訳本も出ている.

Phylogeography: The History and Formation of Species

Phylogeography: The History and Formation of Species

生物系統地理学―種の進化を探る

生物系統地理学―種の進化を探る

  • 今日は(1)系統地理学とは(2)系統地理学の研究例(3)系統地理学から考える生物進化について話をしたい.
  • (1)系統地理学とは
  • 植物の図鑑にはしばしば分布域の記載がある.そしてこの分布域の記載にはリンネ以来の歴史がある.リンネはコケモモの記載において世界中の標本を確認して分布域を載せた.
  • その後分布域情報は積み重なり,現在ではGBIFというデータベースができている.分布情報を使うと分布域の種間比較ができる.すると類似したパターンを持つ生物が多数あることがわかる.
  • この分布域のパターンの形成要因についての研究は,19世紀に始まり「生物地理学」と呼ばれる.地史,進化,地形,生物の相互作用,気候を総合的に扱うことになる.地史と進化は歴史的要因,残りの3つは生態的要因ということになる.
  • 系統地理学はミクロ進化,分子遺伝学,マクロ進化(生物地理,古生物.系統学)の3つの観点から生態的な生物地理を考察する学問になる.
  • 系統地理学はその黎明期には.系統学(種間分子系統),歴史生物地理,集団遺伝学のと烏合的な学問として始まった.そして現在は種内系統も用いるようになっている.
  • (2)系統地理学の研究例
  • 日本の高山植物の研究例を紹介しよう.高山植物はきれいな花を付けるので人気があり,日本に460種ほど生息する.だいたい北極圏,北太平洋沿岸地域と共通する.日本の分布の半分は北海道で,あとは東北,長野にまとまった分布があり,その他いくつかの小さな分布がある.
  • この本州の分布について1959年にベーリンジア由来だという説が提唱され,おおむね受けいられているが,氷河期を通じて.いつ,何度侵入したのかはよくわからなかった.
  • 20年前に葉緑体DNAを使って2種の南北分化を調べた.両種とも北海道と本州中部で分かれた.これは2回以上の侵入を強く示唆している.さらに葉緑体を集団レベルで解析すると北と南で一貫して異なり,東北と中部の間で線が引けることがわかった.これは核マーカーを用いたリサーチでも支持された.
  • ではこの2回以上の侵入はいつなのか.次は時間軸の推定.IMモデルを用いてパラメータを推定することになる.これによると分岐は最終氷期より古く11万年前〜30万年前ということが示された.つまり長野より南の分布は最終氷期より前の間氷期に侵入していることになる.では北への侵入はいつか,これには千島列島の調査が望ましいが,現在はやや難しい.
  • 片方で北太平洋沿岸の古植生は花粉データからかなりわかってきている.これを用いて分子的に調べると,カムチャッカと北海道の間にも違いが見られる.さらに調べると北海道の系統には1万年前の最終氷期以降の侵入もあり,別種からの遺伝子浸透を受けていることもわかった.
  • 結論としては北海道タイプはいろいろなものが混ざっているが,最終氷期以前の遺存種は少ないということになる.
  • 周北極の高山植物の研究例.
  • 周北極の高山植物は氷河時代にはどうしていたのか.1937年にベーリングにレフュージアがあったという仮説が提唱された.これは2000年頃に分子系統からベーリングのレフュージアとして確認された.さらに2013年により詳細に調べられ,大西洋にギャップがあること,ウラルとアルプスに障壁があることがわかった.これはベーリング以外の複数のレフュージアの存在を示唆する.2016年には古い年代の分岐を主張する論文が出たが,これには強い批判があり,今後議論されていくことになる.
  • 系統地理学の研究の歴史をまとめると,
  • 1980年代はミトコンドリアと葉緑体のDNAから種間系統を分析するものが主流だった.
  • 2000年代に多数の核マーカーが使われるようになり,STRUCTURE解析が主流になった.これにより分布の変遷,種間の共通点と相違点が調べられた.ただリサーチの主流はあらかじめ想定されたシナリオの吟味が主流だった.
  • 2010年代からはABL/IMなどのモデルによる統計的な解析が主流になった.これにより歴史的プロセスの推定と検証を行うようになった.ただし一般化するには例が少ないこと,モデルの前提に仮定(進化速度など)が含まれていることなどの注意しておかなければならない.
  • (3)系統地理学から考える生物進化
  • これまでの研究は中立的な分子マーカーを前提にしたモデルを使っている.しかし分子マーカーは中立とは限らない.
  • しかし進化的な意味のある遺伝子を使うこともできる.例えば光受容体は北と南でめちゃくちゃに違っている.これは別植物でも生じている.おそらく適応が関わっているのだろう.ゲノムワイドでどのようなファクターが効いているかを考えていくことができるようになるだろう.


質疑応答

  • Q:植物の分布の様子は種子の鳥分散があるかどうかで変わっているか.
  • A:鳥分散かどうかで一般的な傾向はない.氷河の上では種子の風分散が結構効くこともあるのだろう.
種分化は地理変異に宿る!? 多様化メカニズムに系統地理から迫る 松林圭
  • 私は分類出身だ.東南アジアや中米の昆虫を主に扱ってきた.そこから種分化の研究に足を踏み入れた.
  • 個体群がどこかの時点で分岐していく,この過程を調べている.
  • 種分化はどのように始まるのか.地理的モードは何が主流なのか(同所的種分化はどのぐらいあるのか)生物群によって同所的分岐の頻度は異なるのかあたりに興味がある.
  • 最近の議論は局所的な環境への適応自体が生殖隔離を主導するものを生態的種分化と呼び注目するものだ.そしてこれは同所的種分化とイコールではない.
  • 生態的種分化の例とされるのは,トゲウオ,シロアシマウス,アノール,ガラパゴスフィンチなどだ.
  • ここではテントウムシの事例を紹介しよう.
  • テントウムシには様々な植物を利用する種が存在する.進化的に出現したのは新しく20百万年前とされる.
  • 日本ではヤマトアザミテントウ→アザミ,ルイヨウマダラテントウ→ルイヨウボタン,エゾアザミテントウ→アザミとルイヨウボタン両方という利用植物に重なりがある3種が分布する.このうちエゾは地域的にも分離しているが,ヤマトとルイヨウは地域的分布に重なりがあり,食事のみで隔離されている.さらにこの両種は交尾可能で,F1はどちらの植物も食べる.面白いケースなので過去から調べられてきた.
  • 今回,いくつかの地域で採集し食性と形態の違いを測定した.まず食性は明確にヤマトとルイヨウで分離した.形態的にもこの両種は分離している.
  • ミトコンドリアで集団遺伝的に解析すると両者の距離は小さく,ほとんど分岐していない.さらにサンプル数を増やして分析を繰り返しても話は同じで,地理的構造も遺伝的分岐もない.
  • さらに調べると最近の集団規模の拡大があることがわかった.開けたところに分布が広がり,急速に拡大したようだ.時期を推定すると12万年前〜7千年前という結果が得られた.どうも最終氷期に日本列島内で放散したようだ.遺伝子の流動を調べると同所的に分布していてもかなり制限されている.わずかにルイヨウ→ヤマトがあるが形態は分化したままだ.
  • さらに調べた結果(様々な分析結果が次々に示される),生態的に隔離された中の雑種種分化が生じたらしいことが浮かび上がってきた.
  • 全体的な構図としては最終氷期以降まずヤマトとエゾが分岐し.さらにヤマトが北集団と南集団に分岐する.その後エゾとヤマト北集団の間で2千年から4千年前に雑種が形成され,それがルイヨウの北集団になり,またヤマトの南集団からルイヨウの本州集団が分岐したという図が描けた.


最終結論にいたるまでの様々な分析が丁寧に説明され,非常に迫力のある講義だった.

ゲノムに刻まれた地域集団特異的な遺伝適応の痕跡とその検出法 木村亮介
  • 今日は特にヒトの集団遺伝学について話をしたい.
  • DNA解析は飛躍的に進歩している.マイクロアレー,次世代シーケンサー,HapMap,1000ゲノムプロジェクトなど.
  • これは人類学に応用されている.特に(1)疾病や形態に関与する遺伝子の同定(2)過去の人口動態や移住,現在の集団構造の解析(3)自然淘汰の働いたゲノム領域の探索(4)古代DNAの分野が進んでいる.今日はこのうち(3)を扱う.
  • この世界は大きく変わっている.それはこれまで尾行に頼っていた探偵がGPSを使えるようになったようなものだ.
  • 使われているのはRAD-seq(Restriction Site Associated DNA Sequence)などの技術だ.GWSS(Genome Wide Scan for Selection)は2015年時点で135のプロジェクト(うち75はヒト)が走っている.
  • どのように自然淘汰を検出するか.種間の置換を比較するもの,種間の置換を種内の多型から見るもの,FSTによるもの.集団内の多型から見るもの(Tajima’s Dなど)がある.
  • ヒトの多様性は淘汰とドリフトで説明できる.そして淘汰は集団遺伝学的に解析できる.種内集団の遺伝的分化をFSTなどを使ってみることができる.このよい例はチベット集団の高地適応を示した論文だ.中国集団とチベット集団でEPS1の変異頻度が特異的に異なっており,これが低酸素環境に関連しているのだ.
  • また集団の規模の動態と遺伝的分化の関係がどうなっているかも分析できる.(具体的な説明がなされる)
  • Tajima’s Dも正負で淘汰を示せる指標になる(詳しい説明がある),ただしTajima’s Dは組換えがないという前提を用いているので,2000年以降これを補正する様々な手法が提案されている.(様々な手法が解説される)
  • これらの様々な統計量をまとめて評価する手法CMSも開発されている
  • ハードスウィープとソフトスウィープの違いも重要.
  • これまでに示されたヒトの集団特異的淘汰の例としては,耳垢のタイプ,アルコール分解能力,皮膚の色などがある.
  • 最近淘汰の例として面白い発見があった.それはEDGAR遺伝子で,髪の毛の太さ,シャベル状切歯,毛根の数,髭の濃さ,耳たぶの大きさ,顎の形状などに関連していることが示されている.このようにいろいろな形質表現型と関連し,アジアで3万年前〜広まっている.ただし今のところこの多面的な表現型のどれが淘汰の原因になったのかはわかっていない.
  • まとめると,GWSSは有効だ.淘汰遺伝子の探索,集団間の差をもたらす遺伝子の探索,知られていない淘汰形質の発掘(過去の感染症の手がかりなど)を可能にしてくれる.


以上で今大会の夏の学校は終了だ.レベルが高く,面白い話をたくさん聞けた学校となった.