日本進化学会2018 参加日誌 その8


大会第四日 8月25日 その2

一般公開講演 「博物標本から進化を語る」

大会プログラムの最後は一般公開講演.今年は「博物標本から進化を語る」というテーマで,同じキャンパスにある東京大学駒場博物館の特別展「博物学に学ぶ進化と多様性− Evolution and Diversity Learned from Natural History」と連動した企画になる.

ホネから探る動物の暮らしと体作りの進化 小薮大輔
  • 哺乳類の多様性と進化は解剖学からも理解することができる.
  • 博物館にはたくさんの標本がある.よく一般の人からこんなに集めてどうするんですかと聞かれる.それを使って進化を謎を解き明かそうとしていることを知って欲しい.今日は(1)様々な動物の育ちから(2)動物のからだの組み立てからの進化の話をしたい.
  • (1)様々な動物の育ちかた
  • 哺乳動物の妊娠期間は様々だ.ピグミーウサギ→25日,ヒョウ→75日,ゴリラ→270日,シロナガスクジラ→360日,キリン→470日,アジアゾウ→650日ぐらいだ.ちなみにヒトは280日とされている.こうしてみると大きい動物ほど妊娠期間が長い傾向があることがわかる.しかしこれは例外の多い規則だ.有袋類は非常に妊娠期間が短い.
  • ここで生まれてくるときの成熟度によって動物を大きく分ける.ネズミやモグラやアナウサギの子どもは毛もなく目も閉じて産まれてくる.これを晩成性という.シカやキリンやノウサギの子どもは毛もありすぐに歩行できる.これは早成性と呼ばれる.これには出生後の生活が大きくかかわっている.具体的には巣のある動物は晩成性になる傾向がある.外敵に襲われにくいので晩成性にして多くの子を産めるからだと説明されている.
  • サルも巣のあるなしで早成性と晩成性に分かれる.これは元々早成性だったが,巣を持つようになったグループが独自に晩成性を進化させたものだ.ヒトは後者に含まれるが,そのあとで脳が大きくなって難産となった.このためヒトの赤ちゃんの頭骨は融合する前のふにゃふにゃな状態のままだ.これはトレードオフの中でぎりぎりのバランスで決まっていると考えられる.
  • (2)動物のからだの組み立て方
  • このような生活史にあわせた発達の形質はほかにもあるだろうか.ここでは体を組み立てる調べてみた.ここで博物館の胎児標本をマイクロCTにかけるという手法が有効になる.ハリネズミの発達の順序を見ると,頭骨と脊椎→肩→四肢→手足という順序になる.そしてこの順序も生後の生活にあわせて変わるのだということがマイクロCTを使えるようになって最近わかってきた.
  • 最初の例は有袋類と有胎盤類の違いだ.有胎盤類では前肢と後肢はほぼ同じ時期に発達するが,有袋類では前肢が非常に早く発達し,後肢はかなり遅れる.これは産後自力で母の腹を這い上がって袋に入るために前肢が重要であるからだと考えられる.
  • もう1つの例はコウモリだ.コウモリは後肢が前肢より早く発達する.これは産まれた後母にしがみつくために後の足を使うからだ.
  • 結論としては標本は大切ということになる.

日本産チョウ類の分子系統地理:絶滅危惧種のルーツを探る 矢後勝也
  • 日本には絶滅危惧種のチョウが61種,28亜種存在する.
  • 東大博物館にはチョウの標本が60万ある.これを使って進化や保全について研究が可能だ.
  • オオルリシジミは1属1種で極東アジアの草原地帯にのみ生息している.年1化で,5月〜6月に羽化する.これは6亜種に分かれ,本州,九州,ウスリー,朝鮮半島および隣接する中国大陸の一部,山西省に分断して分布している.日本の中でも本州では2地域,九州では1地域1カ所にのみ生息する.草原の放棄,農薬,農業形態の変化により減少したとされており,極東アジア全域で激減している.
  • 日本の生息地域のうち1つは長野県東御市になり,そこではシチズンの工場で保全活動が行われている.
  • 標本から採集したミトコンドリアDNAで分析すると,近縁のゴマシジミからは190万年前に分岐し,その後40万年前頃から次々と各地域亜種に分岐している.そして各亜種は単系統であることがわかった.遺伝的多様性は九州では保たれているが,本州では低くなっている.本州亜種と九州亜種では本州亜種が朝鮮のものと40万年前の分岐.九州亜種は10万年前の分岐になる.おそらく2回にわたって朝鮮から渡来してきたのだろう.
  • ゴマシジミは草原性のチョウで,クシケアリと共生することで知られる.生まれてから3齢まではワレモコウを食べ,その後クシケアリの巣に入り,アリの幼虫を食べる.このクシケアリが減少して絶滅危惧となった.
  • 保全努力は山梨県北杜市で行われている.草刈りをしないとクシケアリがいなくなるので,定期的に草刈りをしている.
  • ゴマシジミはヨーロッパでは保全のシンボル的なチョウとして有名だ.そこでは特定のアリとの共生,隠蔽種や生態の異なる同種が存在することがわかっている.
  • ゴマシジミはユーラシアに8種あるとされており,日本の保全活動にとって重要なのは,分類,遺伝的構造,進化史などの解明になる.
  • 日本のゴマシジミ標本のDNAを使って分析すると,4つのリネージに分かれ,クレードは隣接しているが,固有のハプロタイプを持ち,分岐が深い.これは長期の隔離によって形成されたものと考えられる.
  • そしてこのDNAによるクレードは,これまで分類の基準とされてきた斑紋形態による分類とは一致しない.斑紋は環境適応によって急速に進化するようだ.実際に湿地帯では青っぽく崖や火山性の草原では黒っぽいことが知られている.
  • 日本へは更新世の始めに大陸から入ってきたようだ.まず2クレードがほぼ同時に北と南から侵入し,その後南から1クレード,さらに北からもう1クレード入ってきたようだ.
  • ツシマウラボシシジミは対馬のみに生息する固有亜種だが,現在シカの増加により絶滅危惧になっている.シカの増大の原因は1つには狩猟の減少だが,もう1つは温暖化で子鹿が死ににくくなったことも効いているのではないかと考えている.
  • 現在生息域が1カ所にまで減少しており,2014年には行政に対して今手を打たなければ1〜2年で絶滅する可能性が高いと緊急要望書が提出された.このシジミは林床のヌスビトハギを食草としている.この植物は少し前まではどこにでもある普通種だったので油断していたが,あっという間にシカの食害で姿を消しつつある.
  • まずシカの防護柵を設け,林床が暗くなりすぎないように間伐を実施している.すると何とそこに外来種がはびこってしまった.なかなか保全の実務は難しい.
  • この頃メスが5個体まで減少し,ほぼ野生絶滅の事態になった.なんとかしなければと言うことで研究室の机の上で卵を産ませ,足立区生物園のバタフライファームで放して交尾させるということを行った.こう言うと簡単そうだが,いろいろと難しい条件があって大変だった.
  • DNAを分析すると台湾と中国のものから遺伝的距離が近く,多様性も低い.インドの亜種とは遺伝的な距離が大きくこれは別種である可能性が高いと思っている.


化石記録から分かる貝類の繁栄 佐々木猛智
  • 貝類の特徴としては以下のものがある
  1. 昆虫に次いで種数が多い.10万種以上記載されている.日本だけで8千種いる.
  2. カンブリア紀以降連続して化石記録がある.
  3. 化石については種数,個体数とも動物界最多
  4. 陸上から深海にまで広く分布している.
  • 博物館には化石のコレクションがある.常に新しく化石を含む標本を採集しながら研究する.
  • 私の研究歴はまず貝の解剖から,そして進化に興味を持ち,化石に手を出しているということになる.
  • 頭足類について.これはイカ,タコ,オウムガイ,アンモナイトを含むグループ.アンモナイトは化石から1万種記載されている大きなグループで,現生のオウムガイを研究することで理解を深める事ができる.
  • オウムガイ自体はデボン紀から(広義のオウムガイはカンブリア紀から)現れている.現生種も存在するが,飼育繁殖は難しい.水族館での繁殖成功事例は鳥羽水族館で1例あるだけだ.熱帯の深海100〜600メートルのところに生息する.フィリピンでよく取れていて入手は容易だったが,2017年からワシントン条約の対象になり,持ち込みは難しくなった.
  • (ここで発生の様子,腕の原基の仕組み,殻の構造,隔壁,付管,体間索,アンモナイトとの相同についてスライドを使って詳しく説明)
  • アンモナイトには様々な形態のものがある(スライドで様々な形態のものを紹介)
  • イカの化石はほとんど出土しない.基本的に軟組織だからだが,パリの博物館には体,顎(カラストンビ),墨汁嚢がわかる素晴らしい化石がある.
  • 巻き貝と二枚貝はカンブリア紀から現れている.初期のものはごく小さく数ミリ程度だが,形態的には同じになっている.
  • オキナエビスの殻の切れ込みはアワビの殻の列になった穴と相同になる.
  • 巻き貝の巻き方向.右巻きが9割以上.カンブリア紀以降常に右巻きが多い.逆巻き同士では交尾できないので偏りが生じると説明されるが,イモガイでは一時期左巻きが主流になったことがあることが化石からわかっている.
  • 二枚貝にはいくつか特殊化が進んだものがある.1つはカキで,殻はすべて形が異なる不整形になっている.これは三畳紀に現れ,中生代以降大繁栄している.もう1つはホタテガイで三畳紀以降現れているが,遊泳能力を獲得している.いろいろな形の二枚貝も発生の最初は丸く,そこから形が分岐していくことがわかっている.


歴史系博物館で人類進化を考える:縄文人・弥生人・現代人
  • 高校生物の指導要領が大幅に変更され,2022年からは進化をまず教えることになる.またそこには人類の系統と進化という単元も加わった.そして観察と実験を通じて探求することも求められているが,このテーマは難しいだろう.そこで博物館を是非有効活用して欲しいと思っている.
  • 東京地区なら,国立科学博物館がお勧めだ.いまや日本館の2階の展示はGoogle Street Viewでも観ることができる.(あとで試してみたが,これは素晴らしい)もう1つ推薦するなら本郷の東大博物館になる.
  • その他の地方だとちょっと難しい.日本にある博物館はその2/3が歴史博物館になり,科学博物館は8%しかない.しかし歴史博物館には縄文や弥生時代を扱っているところもあるので,これらも使えるだろう.(新潟の歴史博物館の展示内容を紹介)
  • 日本の人類については縄文人と弥生渡来人の二重構造説が長らく認められてきた.これに対して頭骨形態の主成分分析を行った鈴木が形態の変化の原因を生活様式の差に求め,小進化説を主張して対抗した.これに対して新たに発掘された弥生人骨から金関が批判を行い,鈴木もそれを認めたというのが形態を材料に論じた時代の学説史になる.
  • ちなみに直立二足歩行も,アファレンシスからの草原適応だというサバンナ仮説が長らく定説だったが,森林に住んでいた時代のサヘラントロプスやラミダスなどの直立が明らかになって見直されるようになっている.今は繁殖行動の変化などの社会構造から議論されることが多い.
  • 二重構造説については核DNAによる分析でも追認されている.


ここで講演が終了.このあとは駒場博物館に移ってフィールドトークの時間になった.一般の方も30人以上参加されて,関連標本を前に講演者とやりとりをされていた.


以上で2018年の日本進化学会が終了となる.ここで改めて主催者および設営スタッフの方々にはお礼申し上げたい.どうもありがとうございました.


<完>