第12回日本人間行動進化学会(HBESJ SHIROKANE 2019)参加日誌 その1

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大会初日 12月7日 その1

  
本年のHBESJは明治学院大学の白金キャンパス.明治学院大学は,ヘボン式ローマ字で有名なヘボン(James Curtis Hepburn)博士により創設されたミッション系の大学だ.シロガネーゼの闊歩する高級住宅地の一角にあるキャンパスはいかにもの風情で,素晴らしい.
 
 
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口頭セッション1

 
会長による開会挨拶が予定されていたようだが,眞理子会長に所用が発生し夕刻以降の参加になったということで事務連絡のあと早速口頭セッションに
 

罰システムは協力行動のCrowding-out 現象をもたらす:公共財供給実験による検討 金恵璘

 

  • 協力の進化においてはフリーライダー問題の解決が重要になることはよく知られている.
  • 代表的な仕組みはサンクション(罰と報償を含む)になる.
  • しかしこのサンクション自体が集団の社会的選好を変えてしまうケースもあることが知られている.有名なのは,保育園のお迎えに遅れる保護者に罰金を導入したら,かえって遅刻が増え,罰金制をやめても元に戻らなかったという事例だ.これは遅刻の意味が変わってしまったために生じたと考えられている.ここではこのような社会的選好の(非協力方向への)変更をクラウディングアウトと呼ぶ.

 

  • 本研究では罰が本当に社会的選好を変えるのか.その際に生じたクラウディングアウトは集団レベルだけでなく個人レベルでも非効率をもたらすのかを調べた.
  • 学生384人を被験者とし,4人1組で罰ステージ付きの公共財ゲームを1セッション16回やってもらう.各自最初に100ポイント持ち,1回あたり最大10ポイントまで投資する.4人の投資額合計を16倍にして均等に配分する.ここで投資に対するコストを線形に付加する形と非線形に付加する(大きな投資にはより追加コストがかかる)形の2種類のゲームを行う.(それぞれのナッシュ均衡投資額は線形ゲームでは0ポイント,非線形ゲームでは2ポイントになる).当初は罰なしで行い,途中で罰ステージを設け,さらにその後罰なしステージに戻す.罰ステージでは罰として可罰者の提供ポイントの4倍が差し引かれる.
  • 結果:線形,非線形どちらのゲームでもまず最初に徐々に投資額が下がっていき,罰導入と共に投資額は跳ね上がる.その後罰を外すと投資は下がり,当初のレベルよりも下になる.
  • 注目すべきは非線形ステージで,当初の罰なしステージでは投資額がナッシュ均衡以下になることはなかったが,一旦罰を入れたあとの罰なしステージではナッシュ均衡以下の投資額になる場合が数多く見られた(平均は2をわずかに下回る程度だが,最頻値は0になった).
  • この結果は罰によるクラウディングアウトが生じていること,非線形ゲームの結果を見るとそれは個人レベルでの非効率も生じさせていると評価できる.
  • 今後はクラウディングアウトが発生するメカニズムについて調べていきたい.

 
Q&Aでは社会的選好の定義が議論されていた.

このクラウディングアウトがなぜ生じるのかは確かに興味深い.保育所の遅刻については,遅刻が道徳的に悪い行為から金を払って手に入れるサービスのようにフレームが変わったのではないかという説明を聞いたことがあるが,この公共財ゲームでは相手から罰を受けたりしているうちに自分のポイント絶対値最大化ゲームから,相手より相対的に勝てば良いゼロサムゲーム的に認識が変化したのだろうか.参加者が「ナッシュ均衡は0より上だ」と気づいていたのかのところもちょっと気になるところだ. 
 

2者間の相互作用によるリスク選好の収束 杉本海里

 
他者の振る舞いを観察することによりリスク選好が同調するのか,どのような形で同調するのかについての発表.残念ながらSNSでの言及を控えて欲しいマークがついているのでここでの紹介は差し控える.
 

婚姻交換による親族構造形成のダイナミクス 板尾健司

 

  • ヒト社会には様々な婚姻交換のシステムがある.この創発を物理モデルで説明したい.
  • 通常の伝統的な社会は,家族血縁の小集団リネージが集まってクランを作るという構造になっていることが多い.そしてクラン内はそれほど血縁度が高くなくてもインセストタブーに含まれていることが多い,
  • その結果配偶相手は他クランから得ることになるが,双方向か,一方向かの違いがある.またこれに世代が絡んで同世代婚がなされる場合と,異世代間のみでなされる場合がある.これらの組合せでいろいろなシステムがある.例えば文化人類学では全面交換型はカースト制になりやすいのかなどの議論がある.
  • ではどのようにしてこのような様々なシステムが創発するのか.モデルを作ってみた.
  • <1次元モデル>リネージとクランのある集団を想定する.各個人は自らの形質 t とどのような形質の相手と婚姻したいか p の2つの形質値を持つ.t と p により協力と(配偶相手をめぐる)競争がの大きさが決まり,それにより繁殖成功が決まる.全体は人口動態を含んだマルチレベル淘汰モデルになる.この中でどのような婚姻交換を行うクランとインセストタブーが進化するかを見る.
  • <2次元モデル>1次元モデルに父から受け継ぐ性質と母から受け継ぐ性質の二つを持たせる.(これは父から名前をもらい母と住むなどの形を表現したもの)
  • こういう形でシミュレートすると協力と競争を決めるパラメータにより様々な婚姻システムが(ちょうど相転移のように)創発する.女性をめぐる競争が強いと限定交換的,クラン内の協力が重要になると全面交換的になる領域になる
  • これまで報告された民族集団に当てはめてみると,限定交換であったアボリジニやヤノマミは狩猟採集民で女性のめぐる競争が激しいと思われ,農耕民では集団間の争いがあり,全面交換になる傾向があり,このモデルと整合的だ.

 
流れるような説明で,モデルの詳細はよくわからなかった.クラン内の婚姻がOKになるとクラン内男性同士で激しい競争になる.だからその弊害が大きな状況でマルチレベル淘汰をかけると厳しいインセストタブーが進化しやすく,集団間の争いがあるとそれにより男性同士の争いが緩和されるので緩いインセストタブーになるということなのだろうか.
 
ここで最初の口頭発表が終了.
 
これは明治学院大学創設者のヘボン博士の銅像だ.
 
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