From Darwin to Derrida その10

 
ヘイグによる生物個体内の遺伝子コンフリクトの解説.まずバクテリアのような原核生物において,単一起源で複製機会を平等にすることで(複製効率のコストを払いつつ)コンフリクトを抑えている仕組みがあることを解説した.
続いてそのような単一起源の複製機会が平等化されたチームが複数存在する場合の解説になる.

 

危険なリエゾン

 

  • コスミデスとトゥービイは一緒に複製されて適応度が同じように最大化される遺伝子群をコレプリコン(coreplicon)と名づけた.そしてゲノム内に2つ以上のコレプリコンがあればゲノム内コンフリクトが起こりやすい,なぜなら時に他のレプリコンの犠牲の上で自レプリコンの複製効率を上げられる状況が生じるからだと主張した.
  • 短期的淘汰と長期的淘汰は反対方向である場合がある.ある細胞系列内で複製が速いコレプリコンは頻度を上げるだろう,しかしそのような細胞内でのコレプリコン間の複製効率の差が細胞の生存にとってコストになるなら,そのような細胞系列はいずれ排除されてしまう.だからコレプリコン達の長期的な利益は,他の系列細胞の遺伝子と新しい連合を組む機会がない限り,一致する.組換えは遺伝子の運命をシャッフルする.だから組換えは永遠のゲノム内コンフリクトにとって本質的なものだ.

 

  • 多くのバクテリアは複数の環状ゲノムを持つ.このうち1つをバクテリア染色体と呼び,残りをプラスミドと呼ぶのが伝統的な用語法だ.プラスミドの複製にはエネルギーとリソースが必要だ.(染色体視点から見て)プラスミドがその使用リソースに見合うものを返してくれるかは,その遺伝子が細胞に与える代謝作用,その作用が今必要とされているか,プラスミドと染色体の共適応状況に依存する.多くの抗生物質耐性遺伝子はプラスミドからもたらされる.抗生物質に被爆しているときにはそれは必要だが,そうでなければコストに過ぎない.

 

  • ほとんどのプラスミドはホストと他のバクテリアの接合を推進する.この際にそのプラスミドのコピーはホストにとどまり,プラスミドは接合したバクテリアに移る.つまり接合によってプラスミドは新しい細胞質に広がるのだ.これに対して染色体遺伝子は通常移動しない.つまり染色体はプラスミドの複製コストを負担させられている.
  • プラスミドはパラサイト,あるいは相利共生者と単純にカテゴライズできない.レンスキの実験では当初ホストにとってのコストでしかなかったプラスミドの影響が500世代後に利益に転じた例がある.プラスミドは垂直にも水平にも伝播し,淘汰はどちらにもかかる.水平伝播効率が垂直伝播効率を犠牲にして高まるとホストにはコストになりやすく,逆ではホストに利益が生まれやすい.同様な議論は同じようにバクテリア細胞質に入り込むウイルス,トランスポゾン,その他のコレプリコンに当てはまる.

 

防衛のやり口

 

  • プラスミドが一旦入り込んだら排除は難しい.プラスミドにはその垂直伝播を確実にするための機能を持つ多くの遺伝子がある.多くのプラスミドは長期間効果のある毒遺伝子とその解毒剤遺伝子を持つ.だからプラスミドを排除すると残る毒に対して解毒剤を持たない状態に陥ってしまう.これは毒遺伝子が解毒遺伝子の存在を認識していることになる.プラスミド視点では自己認識している(緑髭効果)ということになる.
  • このような防衛方法にはいろいろある.一部のプラスミドはメチラーゼとその制限酵素をエンコードしている.このプラスミドを失ったバクテリアは染色体の複製を阻害されて死んでしまう.
  • トリパノソーマのミトコンドリアは大きな環状DNAと複数の小さな環状DNAを持っている.大きな環状DNAの配列にはバグがあり,ミニ環状DNAの創り出すガイドRNAが読み出しに必要になっている.このRNA編集システムはミニ環状DNAの保全システムとして進化したのだろうか? もしそうならミニ環状DNAは大きな環状DNAを暗号化するような編集ができるのかもしれない.このミニ環状DNAはプラスミドと同じようにミトコンドリア間を水平伝播する.

 

チームの入れ替え

 

  • 組換えのないバクテリア染色体は(突然変異以外に)メンバーの変更がない.その社会契約は「すべてが皆のために」であり「みんな勝手に」ではない.染色体内の組換えはプラスミドやウイルスの水平伝播のような例外的な場合にのみ生じる.
  • しかし一部のバクテリアは「自然形質変換 natural transformation」と呼ばれる環境DNAを取り込んで相同配列と入れ替えるメカニズムを進化させた.この過程は染色体上の遺伝子によりコントロールされる.この取り込みはストレス環境下で生じる,あるいはそもそもはリソースの取り込みから進化したのかもしれない.いずれにせよこのメカニズムの詳細は形質転換が単なる副産物ではなく適応形質であることを示唆している.
  • なぜチームは一部のメンバーを入れ替えようとするのか.修復仮説はそれは傷ついたDNAの修復だと考える.しかしこの過程がDNA損傷によって起動されるわけではないことを考えるとそれはありそうにない.組換え後継仮説はこの過程を新しいプレーヤーの取り込みだと考える.チームの残存確率は環境変化時には新しい実験をある程度行う方が上がるのだろう.問題はチーム内の遺伝子にとって自分が組み替えられるのは不利だということだ.重要な社会的疑問は「特定のポジションが特権的な立場に立っているのか,特に形質転換を起こす遺伝子も組み替えられるのか」だ.

 
バクテリアのような細胞内オルガネラがない生物であっても個体内の遺伝要素間のコンフリクトがあり,それが極めて複雑な状況を生んでいることがわかる.染色体とプラスミドは状況に応じて利益が一致したり相反する.相反する場合染色体はプラスミドを排除しようとし,プラスミドは毒と解毒剤システムによりそうしないように強迫する.そして環境激変時には組換えに対して利害が一致するということになる.