From Darwin to Derrida その37

 

第5章 しなやかなロボットとぎこちない遺伝子 その2

 
ドーキンスを浅く読んだ人達の「我々は遺伝子に操られている人形」というメタファーの問題点について,ヘイグは遺伝子という基礎ブロックのとりうる状態は限られているので,遺伝子が個体の一挙手一投足を操ることはできないという点を指摘した.
ではその限られた状態の中でどのようにロボットに指令を出すのか.まず遺伝子を含む自動機械がどのように情報をやりとりするかを考察する.
  

  • 自動機械はある環境がその自動機械の状態を変えるならその状態を「探知」できる.この環境には他の自動機械も含まれる.「コミュニケーション」は1つの自動機械(送り手)が他の自動機械(受け手)の状態を変えるときに生じる.受け手は送り手の変化を直接的(物理的接触など)あるいは間接的(送り手の変化が引き起こした環境変化の探知など)に探知する.遺伝子やタンパク質は送り手や受け手の役割を果たすことができる.それは細胞などの高いレベルの自動機械も同じだ.

 

  • 遺伝子はタンパク質自動機械構築のインストラクションをエンコードしているが,自身が自動機械でもある.遺伝子の状態は,転移ファクターやその他のタンパク質のバインディング,RNAや他のDNAとの相互作用,メチル化などの化学的変成により変化する.これらはどこでいつ遺伝子が発現するかを決める.
  • 遺伝子は(このように)現在の環境についての情報を持ち,さらに過去の環境についての情報も持っている.例えばインプリントされた遺伝子は自分が父方由来か母方由来かの情報を持つ.

 
遺伝子を自動機械とみると,それは情報をやりとりし,チューリングマシンのように得た情報により自分の状態を変えるということになる.このような解釈によるとインプリントされた遺伝子は自分が父方由来か母方由来かという情報によって自分の状態を変化させ,それによって個体への指令を変えているということになる.
 

  • よくある利己的な遺伝子への批判は「それは遺伝子に過剰にエージェンシーを与えている」というものだ.確かに遺伝子はすべてを知悉するホムンクルスではない.しかし戦略遺伝子の戦略的なオプションを過小評価するというのも誤りだ.

 

  • 遺伝子が世界を相互作用する主要なやり方はRNAトランススクリプトをつくり,その一部がタンパク質に翻訳されることによる.多くのタンパク質は複数の状態を取れ,単純な自動機械として働く.タンパク質の状態変化を引き起こすファクターはタンパク質が世界について何を「知っている」かだ.タンパク質は他のタンパク質と(そのタンパク質の状態変化を引き起こすことで)コミュニケートする.その機能的な状態のレパートリーは細胞内や細胞外の物質との相互作用による変形やタンパク質自身の化学的構造の変化だ.

 

  • 生物のほとんどのハウスキーピング機能はタンパク質によって担われている.遺伝子とタンパク質は同じように意識を持たないポリマーだが,私たちは進化的なアクターとしてなぜ遺伝子を重視するのか.それは遺伝子が非常に特別な自動機械だからだ.ドーキンス的にいえば,遺伝子はレプリケーターなのだ.彼等に生じた化学的変化はその子孫に伝わる.これに対してタンパク質はコピーされないので,その変化は伝達されない.情報遺伝子は生物を構築するために使われる遺伝的情報の進化的集積所の役割を果たす.情報遺伝子は生物体の構築を指示するが,物質遺伝子が生物体を操作するとは限らないのだ.

 
この最後の部分が遺伝子淘汰主義者がなぜ遺伝子を中心に物事を考察するかの核心ということになる.それはタンパク質に比べると単純な状態しか取れないが,しかし自分自身を複製することによってこれまで得た情報(そしてそれによる適応戦略)を次々に後の世代に伝えていくことができるという点で特別なのだ.

From Darwin to Derrida その36

 

第5章 しなやかなロボットとぎこちない遺伝子 その1

 
ヘイグによる本書は,遺伝子概念を深掘りした第4章に続いて第5章に入り,現在の生物の中のアクターとしての遺伝子,そして物質としての遺伝子を考察することになる.
 
冒頭にはドーキンスの「利己的な遺伝子」からの引用がおかれている.

  • 今や遺伝子は大規模なコロニーを形成している.このコロニーは巨大でぎこちないロボットの内部にあって外部世界から隔離されている.遺伝子コロニーは曲がりくねった間接的なルートでロボットとコミュニケートし,リモートコントロールでそれを操る

利己的な遺伝子 40周年記念版

利己的な遺伝子 40周年記念版

 

  • このドーキンスの有名なフレーズは,しばしば「生物個体は遺伝子の操り人形だ」という意味に解釈される.しかしドーキンスは同時に遺伝子の自律性もそぎ落としている.遺伝子はリモートで外部から隔離され,コミュニケーションは曲がりくねって間接的だ.
  • 選択について遺伝子が決定権を握っているのか,コントロールは遺伝子が作ったロボットの構造に依存するのか,ロボットはいつ遺伝子に相談するか選べるのか,遺伝子は傍観者の立場を好んでいるのか?

 
このドーキンスの「利己的な遺伝子」についての「この本は『生物個体は遺伝子の操り人形に過ぎない』ということを主張している」という解釈は,多くの読者が陥りがちなもので,実際日本での最初の訳書も「生物=生存機械論」というひどいものにされていた.ドイツ語への訳書の初版の表紙にはまさに操り人形がデザインされていて,ドーキンス自身がそのことについて愚痴っているのをどこかで読んだことがある.ここからヘイグは実はメッセージはそれほど短絡的ではないのだということを示していくことになる.
 


  

  • 私たちは自分たちがやりたくないことや単独ではできないことをやらせるためにロボットを作る.意思決定において一部の選択権は人間に残すが,多くはロボットに判断させる.それは火星探索ロボットをどうデザインすべきかを想像すればよくわかる.
  • ロボットの自律性は連続的だと考えることができる.スペクトラムの端ではすべての判断は人間が行う.別の端ではすべてロボットが判断する.この連続体の中でドーキンスのしなやかなロボットはどこに位置するのだろうか.
  • ぎこちない(lumbering)という用語には不器用さの含意がある.しかし一部のロボットの動きは繊細で正確だ.ロボットデザインの目的は(ぎこちなさではなく)しなやかさと柔軟性を生みだすこことであり,それは自然淘汰の複雑な世界で機能的に作用する「デザイン」にも当てはまる.
  • 単純な自動機械(遺伝子とタンパク質)は複雑なネットワークで相互作用してより高いレベルの自動機械(細胞,器官,個体)の階層を創り出す.単純な自動機械は限られた状態しか取れないが,大きなシステムを構成する単純な自動機械の数が増えるにつれ,組合せ爆発してシステムの取れる状態は増える.その結果高いレベルの自動機械は(低いレベルのそれより)より柔軟な行動を取れ,より洗練された環境についての情報を持つ.遺伝子はそれが作るロボットより機転がきかない.

 
このあたりはロボットを基礎ブロックから積み上げて作る場合に生じる工学的な原理ということになるだろう.基礎ブロックの取れる状態は限られているが,それを組み合わせていくと取れる状態は爆発的に増える.そして動きは高次階層になるほどなめらかにすることができるわけだ.
尚ドーキンス自身はこのロボットのメタファーを火星探査ロボットよりもずっとSF的なアンドロメダ星人がロボットを用いて地球に介入しようとすればどう考えるかという形で提示している.

From Darwin to Derrida その35

 

第4章 違いを作る違い その10

 
ヘイグによる遺伝子概念の深掘り.最後のまとめになる.この節題はもちろんゴーギャンの「D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous? :我々はどこからきたのか?何者なのか?どこへ行くのか?」から来ているのだろう.

 

「我々はどこから来たのか」から「我々はどこに行くのか」へ

 

  • 戦略遺伝子についてフォーマルに扱うなら,表現型と環境についても再定義することになる.すべての選択(choice)には同じ物事からなる1つの背景(backdrop)の中での物事の差異にかかる淘汰(selection)が含まれる.この自然による「選択(choice)」の中で,異なるものが表現型で同じものが環境になる.自然淘汰による進化というのは,淘汰を受けた表現型を淘汰をかける環境に転化させるプロセスなのだ.このプロセスは生態系や個体の行動のような大きな物事の詳細構造を分子レベルで決定する.それはミクロコスモスがマクロコスモスを形作る方法なのだ.
  • 2つのアレルが単一ヌクレオチド分のみ異なるとき,遺伝的差異メーカーはヌクレオチドの差だ.この差がその他同一のヌクレオチドを環境として淘汰にかかる.もしあるヌクレオチド配列が固定したならそれは残りの差異にとっての環境となる.

 
いきなり晦渋で難しい.ここでは表現型と環境を遺伝子の発現から定義するのではなく,淘汰のかかり方から定義する(戦略遺伝子の定義と整合的に定義するにはそうするべきだ)ということが書かれている.同じ物事から構成される1つの背景(backdrop)の中で何かが異なっていて,その差異を選ぶ(choice)ようにかかるのが淘汰(selection)だとすると,背景は「環境」であり,選ばれる差異が「表現型」と定義できるということだろう.余談ながらこういう文章を読めば読むほどnatural selectionに「自然選択」という訳語を与えるのには実践的には問題含みだという感慨を抱かざるを得ない*1
一旦淘汰により選ばれた表現型は今度は環境となって淘汰のかかり方を決める.これをヘイグは,淘汰を受けて選ばれた表現型が,今度は淘汰をかける側である環境となるという言い方で表現している.
 

  • 「延長された表現型」と「ニッチ構築」は時に同じ概念の代替的なラベルとして提示されるが,しかし私は前者は淘汰における差異を,後者は同一に進化した環境として用いたい.身体とゲノムは構築されたニッチであり,それは遺伝的差異としての延長された表現型を淘汰にかける.

 
このヘイグの定義によれば延長された表現型とニッチは淘汰を受ける側と淘汰をかける側としてきちんと区別できることになる.この混同された用法にはかねがね不満を抱いていたのだろう.
 

  • 多くの読者は「差異を作る差異(difference that makes a difference)」というのはほとんどの人が遺伝子(gene)というときに思い浮かべる意味と異なっていると感じるだろう.確かにそういう面はある.文脈によっては「遺伝的差異メーカー(heritable difference maker)」を使った方がいいだろう.ただ(私はかつて淘汰単位を「usit」としてはどうかと提案したが,それは混乱をもたらしただけだったこともあり)これ以上新しい用語を導入するのには気が進まない.

 
このあたりはぼやきとも取れて面白い.そして最後はこう締めている.
 

  • (ローマ神話の)ヤヌス神は変化の神だ.自然淘汰は過去の差異から現在の物事への変化を含む.突然変異は過去の同じから将来の変化のもとになる現在の差異を作る.
  • 本章は差異としての遺伝子と物質としての遺伝子の話から始まった.しかしこれは変化の2つの側面とみた方がより有益だろう.遺伝子の淘汰は(単語の淘汰と同じく)過去なかった意味を作り出す.それぞれの選択(choice)には表現型の差異が必要だ.しかし結果は(なぜそれが選ばれたかの情報を含む)遺伝的な物質だ.

*1:特に性淘汰(sexual selection)の文脈においては配偶者選択(mate choice)があるのでこの訳し分けがある方がずっと文意が通りやすくなる

From Darwin to Derrida その34

 

第4章 違いを作る違い その9

 
ヘイグによる遺伝子概念の深掘り.一旦戦略的遺伝子を整理したあと発生システム理論との論争を取り扱った.ここから遺伝子淘汰主義に深く関わる深掘りになる.なぜ遺伝子は特に重要だと考えるべきなのかの部分だ.一言でいうとそれは自分の複製効率に影響を与えうる存在だからということになる.ここではそれをオープンエンド性と呼んでいる.
 

遺伝子は特別か?

 

  • 遺伝子以外のものも数多く複製される.それらには膜組織,歌,伝統,巣などがある.

 
これらはなぜ遺伝子が特別なのかとめぐる論争において哲学者たちが取り上げた遺伝子以外の複製子の例になる.ここではステレルニーとグリフィスの「Sex and Dath」のほかステレルニー,スミス,ディキソンの論文が参照されている.その題名は「The extended replicator」だそうだ.
 

link.springer.com

 

  • しかしながら遺伝子はそれ以外のほとんどの伝達変異作成者と異なる特別な特徴を持つ.ヘルマン・ミュラーはそれを遺伝子は自分の複製の触媒となるのだと説明している.(ヘルマン・ミュラー1922)
    • しかし最も注目すべきところは(しばしば指摘される)自己触媒作用ではない.それは,遺伝子の構造が偶然の変異で変化したときに,その遺伝子の触媒としての性質が引き続き触媒として機能するように変化することがあることだ.つまり遺伝子の偶然の構造変化が触媒反応において適切な変化を呼び起こしうるということだ.・・・

 
このミュラーの論文の題名は「Variation due to change in the individual gene」になる.1922年だから集団遺伝学による現代的総合より前の時代になる.ここで全文読むことができる.
https://www.journals.uchicago.edu/doi/pdf/10.1086/279846

 

  • この先見の明ある記述はDNAの構造解明の前になされている.我々は現在これがどのように達成されるのかの詳細を理解している.DNA分子に生じた構造変化のすべてが複製において保たれるわけではない(二重らせん構造の「背骨」の部分の変化は保たれない,塩基配列の変化は保たれる).さらに複製エラーの訂正のための校正と修正メカニズムが進化している.しかし一部の変化は修正されずに保たれ,広大な配列の可能性の追求を可能にしている.ミュラーはこのようなオープンエンド型の遺伝的変化の特徴が広範囲な影響を与えたことを理解していた.
    • つまり遺伝と変異が進化をもたらすのではない.変異の遺伝,そして遺伝子構築の一般原則として変異があってもその自動触媒機能が保たれることが進化をもたらすのだ.・・・・
  • 偶然により生じ淘汰を受けた構造の変化のすべてが自己触媒作用を損なわずに次世代に伝えられるわけではない.また遺伝子以外の複製子がこのようなオープンエンド型の適応変化を示すことは極めて稀だろう.
  • 確かにヒトの文化進化は(文化的複製子の性質について議論はあるが)このオープンエンド型の特徴を持っている.しかし意味ある文化進化が生じるにはその前に(文化進化以外の過程により)洗練された知的生物が生じることが必要だっただろう.
  • 遺伝子は特別なのだ(また同じ意味で文化も特別だ).

 
これがヘイグによる遺伝子淘汰主義の本質部分ということになる.1922年という古い時代の論文が引用されているのは以下にも衒学趣味というところだろうか.最後に自分の言葉でも遺伝子淘汰主義の擁護を行っている.
 

  • 戦略遺伝子は遺伝子の自己利益追求エージェントとしてのメタファーを洗練させたものだ.自然淘汰により選ばれた表現型は,次世代により複製を残そうとするエージェントが合理的にとるであろう表現型に似ている.遺伝子は心を持たないが,それがあたかも戦略的意思決定を行うかのように見ることができる.
  • 一部の論者はこのメタファーに惹かれる(デネット,ケラー).一部の論者はこれを狡猾でパラノイド的だと見る(ゴドフリー=スミス).
  • このエージェント的メタファーは遺伝子以外の複製子(例えばDNAメチル化,膜組織,巣.株式市場に投下された資金など)を表現するにはあまり魅力的ではないだろう.では遺伝子淘汰主義者は一貫していないのか.それとも遺伝子とそれ以外の複製子には原理的な違いがあるのか.
  • 私はこの原理的な違いが,ミュラーのいう遺伝的伝達のオープンエンド性にあると信じている.遺伝子は無限の遺伝複製子であり,それはそれ以外の複製しに比べてはるかに広大な環境における機能情報を蓄積するのだ.

 
デネット,ケラー,ゴドフリー=スミスの名が出てくるのは,この両者の間に論争があったからということになる.ゴドフリー=スミスが「Darwinian Populations and Natural Selection」の中で遺伝子淘汰主義をパラノイド的と貶し,それに対してデネットとケラーがそれぞれ反論したと言うことのようだ.デネットの論文「Homunculi rule」は全文読むことができる.

Darwinian Populations and Natural Selection

Darwinian Populations and Natural Selection

https://ase.tufts.edu/cogstud/dennett/papers/homunculi.pdf

link.springer.com

書評 「生物群集を理解する」

生物群集を理解する (シリーズ群集生態学)

生物群集を理解する (シリーズ群集生態学)

  • 発売日: 2020/09/25
  • メディア: 単行本
 

本書はシリーズ群集生態学の一冊.既に2巻から6巻は10年以上前に刊行されており,本書は第1巻でありながら実質最終巻となる.なぜこんなに刊行が遅くなったのかと不思議に思いながらページをめくってみると,時間がかかるのも無理ないことが良く理解できるとんでもない労作だった.
このようなシリーズの場合,第1巻は入門編的な分野の概説書であることが多いが,本書は分野全体の勃興から今日までを描いた学説史になっており,どのようにこの分野が始まり,どんな仕事がなされ,どのような議論があったかを,一つ一つ原典の概要を紹介しながら解説がなされている.とにかくものすごい密度であり,この分野のことを知りたいならめちゃくちゃなお買得本になっている.私自身は,これまで群集生態学についてはところどころのトピックを囓っただけできちんと勉強したことがなく,一度分野の全体フレームを見透したいと思って購入したわけだが,あまりの密度に圧倒された一冊ということになる.
 
本書全体は5章構成になっており,19世紀から1970年代までの学説史,種間競争,群集の構造と機能(ネットワーク,相互作用,生態系),1950年代から1980年代までの群集の数理モデル,1980年代以降の群集生態学が扱われている.このあとに詳細に書かれたテクニカルなコラムが2つおかれており,群集の複雑性の指標(分布,指数,クラスター,座標など),他種系相互作用の解析法(パス解析,状態空間モデル,時系列解析など)が解説されている.
 
あまりに濃密な書物であり,その概要を簡単に示すことはとてもできないが,読んでいくと群集生態学がどのような問題意識から始まり,どのように進展していき,現在どこまで到達しているのかがわかってくる.それぞれの章で私的に興味深かったところを紹介しておこう.
 

第1章 群集生態学の成立
  • 群集生態学は生物群集が形作るパターンを見いだし,それを生みだすメカニズムを解明する営みである.20世紀前半まではどのようなパターンがあるかの記述に止まっていたが,1950年代からその理論化が進んだ.当初の最も基本的な問題意識は,なぜ自然にはここまでの多様性があるのか(最も効率的な少数種による生態系にならないのはなぜか)というものだった.そしてまずそれは種間競争によるのではないかという群集平衡理論が発達した.
  • 群集生態学に至る流れは,ダーウィンに始まる生物間の生存闘争を重視し,ニッチ,個体数変動,捕食者被食者相互作用などを捉える流れと,ビュフォンの植物地理学に始まる環境要因,植生遷移,類型を捉える流れの2つがある.
  • 数理モデルに基盤をおく解析はロトカ,ヴォルテラ,ガウゼに始まる.これはロジスティック式,種間競争方程式を産みだし,実験により見いだされた競争排除則を説明可能にした.
  • 生物群集をエネルギーの観点から説明しようとする試みは生態系の概念を生み,生態系の動的な変化と安定性,物質循環などが調べられた.
  • 生物群集を個体群の動態と相互作用から説明しようとする試みは空間構造の重要性の認識(極相概念よりもギャップが重要)を生み,(それまでの平衡理論の枠組みを超えて)非平衡論から捕食や攪乱の重要性が指摘されるようになった.

 

第2章 競争と平衡の群集論の展開
  • なぜ動物種はこんなにも多いのかという疑問はハッチンソンに競争と平衡による群集論の基礎を築かせた.それは種間競争がニッチを分化させるというアイデアを基本とする.この考え方は資源タイプごとの資源利用,資源競争の数理モデル化,ニッチ理論の一般化,それらの実証リサーチに発展した.さらにこの流れはギルド概念,ニッチの次元数などにつながる.
  • 1970年代以降はこの競争と平衡の群集論の前提への批判がなされるようになり,平衡種と非平衡種の概念(これが後にr淘汰とK淘汰の概念に発達する),資源利用の速度と資源利用の効率,競争排除からの適応放散の説明,個体群や群集の時間動態の考察と動的平衡の概念,非平衡群集における環境変動の重要性などのリサーチにつながった.
  • このようなリサーチにおいて,実証的には操作実験が行われるようになり,理論的には様々な数理モデルが組み立てられた.(ティルマンの資源利用モデルを用いたリサーチが詳しく紹介されている)
  • 1970年代の終わりには攪乱の重要性が認識され,コンネルの中規模攪乱仮説が提出され,野外実証リサーチで検証されていった.

 

第3章 生物群集の構造と機能を通して群集生態学を振り返る
  • 群集の構造と機能に関連した研究史は,ロトカの食物連鎖ネットワークから始まる.エルトンは生物のネットワーク,種のネットワーク,物質循環,エネルギー経路などを論じた.ハスケルは+,-,0で示される共作用理論を提唱し,共作用コンパスを描いた.ハッチンソンはこれらを数理的に解析しようと努め,オダム兄弟がこの仕事を受けて生態系のエネルギー流と代謝に関する体系化を進め,システム生態学を提唱した.
  • そこでは「群集の多様性と安定性がどのような関係になっているか」(多様な生態系はより安定か?)が大きなテーマとなった.マッカーサーはシャノンの情報定理から多様な方が安定だと主張し,エルトンはそれを実証しようとした.メイはこの問題について群集の個体群動態が従う差分方程式の係数行列の固有値の問題として整理した.

 

第4章 1590年代から1980年代の生物群集の理論モデル
  • ハッチンソンは逃亡種(競争には弱いが新たにできるパッチをいち早く専有する種)という概念を提案し,それはその後のメタ個体群理論における「競争と移住のトレードオフ」概念につながった.環境の時空間変動と群集動態については,スケラムやレヴィンズが数理モデルを構築し,メイによるロトカ-ヴォルテラ競争モデルの固有値分析は,ノイズの影響分析,マルコフ連鎖型の確率モデル,離散時間個体群動態モデルなどにつながった.
  • 1970年代には3種以上の個体群からなる群集の数理モデルが吟味され,そこでは間接効果が重要であることやリミットサイクル,ヘテロクリニックサイクル,カオスなどの非線形効果が生じることが明らかになってきた.
  • 群集食物網のネットワーク構造についてはコーエンが有向グラフとして表現し,スギハラは単体や回路などの概念を利用したネットワーク分析を行った.

 

第5章 1980年代鋼板からの群集生態学・生態系生態学
  • 1980年代後半からは生物多様性と生態系機能や生態系サービスの関係が大きなテーマとなった.生産者(植物)の栄養段階の生物多様性が高いほど生産性が高いことは早くから明らかになっており,これを説明するためにニッチ相補性仮説(ニッチ分割が高度であるほど限られた資源を効率的に利用できる),選択効果仮説(多様であるほど生産性の高い種が含まれる可能性が高い)が提唱された.この両効果のどちらがどのような場合に優先するかについて多くの実証研究がなされた.
  • このような実証研究は種数が群集全体の生物量の変動係数を減らし,「種間競争が生物量の種間の共分散を負にすることにより群集全体を安定化する」という主張につながり,これを検証しようとする数理モデル研究が始まった.ヒューズとラフガーデンは離散世代の2種のロトカ-ヴォルテラ競争モデルから始めて多種系に拡張し,限られた場合を除いて種数が群集全体の変動を減らす効果はないという結果を得た.アイヴズとヒューズは環境変動の影響を標準化した拡張モデルを作り,やはり種間競争が系を安定化させる効果は基本的にないという結果を得た.ロローとマザンクールは密度効果や確率的変動を加え,種間競争や環境変動への種によって異なる応答を導入したモデルを検討し,やはり競争が安定化に寄与するというアイデアを支持しないという結果を得ている.このテーマに沿った研究はその後も様々になされている.
  • 生産者段階だけでなく「多栄養段階の群集において多様性が生態系機能を増加させる」というテーマについては21世紀に入って活発に研究されている.様々な生物群集について調べられた20年間の研究は基本的に生物多様性の増加が生態系機能に正の効果をもたらすことを明らかにしてきたとまとめられる.
  • 生態系の多機能性についても21世紀に入って活発に研究されるようになった.単一機能の分析を足し合わせただけでは多機能の分析はできないことが明らかにされ,様々な生態系サービスが様々な要素と異なる関係を持つことがわかってきた.ソリヴェレスは9つの営業段階と類型化した生態系サービス群の関係を調べ,マイヤーは異なる機能間の相関構造を解析するために主成分分析により多機能性指数を算出した.デル・プラスはヨーロッパの森林において樹木の多様性と生態系の多機能性の関係が機能レベルによって異なることを見いだした.様々なリサーチの結果はレフチェックによりメタ解析されている.
  • リーボルドとチェイスはニッチ概念を「種が存続できる環境条件とその種の個体の環境への効果」と再定義し,資源競争モデルに沿う形のゼロ純成長等傾斜線(ZNGI)とインパクトベクトルを用い,グラフと解析により複雑な相互作用を記述した.
  • スチュワートとレヴィンスは2次元平面上にZNGI曲線を描いて資源競争における2種共存条件を吟味した.リーボルドとチェイスはこれを資源環境だけでなく捕食者やストレスを含むように拡張し,様々な2種共存条件を調べ「現代のニッチ理論」としてまとめた.
  • チェソンはロトカ-ヴォルテラ型の競争モデルから2種の安定的共存条件を調べ,それを均一化機構と安定化機構により説明した.これは「現代の共存理論」と呼ばれる.この理論に関連する研究はさらに進展し,例えば2種共存は「侵入可能性」で議論できるが,3種以上になると侵入可能性だけでは議論できないことなどが明らかになっている.
  • 食物網研究は限られたデータから始まったが,1980年代以降は標準化されたサンプリングにより集められた一貫した分類学的解像度を持つデータが求められるようになった.より詳細なデータを集めて調べると連鎖の長さやループの多さなど既往の理論の前提と異なる事実が明らかになる.1990年代以降はカスケードモデルの階層性を緩め,ループや共食いを許容するニッチモデル,入れ子階層モデル,一般化カスケードモデルなどが提唱され,活発にリサーチされた.コーエンはこれまで見逃されてきた生物の体サイズ要因が重要であることを見いだした.
  • クライバーは測定結果から動物の代謝率は体重の(面積と体積の関係から予想される2/3ではなく)3/4乗に比例するという3/4乗側を提案し,それはウェストたちによって血管系や呼吸器系のフラクタル構造から説明された.この発見は生態ネットワークの生物エネルギーモデルにつながり,ニッチモデル型の食物網を持つ群集の安定性が調べられ,メイの結果が裏付けられた.
  • また生物の群集の構造と動態を理解するために異なるネットワークの比較がなされ,食物網と相利系では安定性をもたらすネットワーク構造が異なることなどの知見が得られた.さらに層間にノードがある多層ネットワークにおける挙動が調べられている.
  • メイによる固有値を用いた安定性解析は連続力学系だったが,これを離散力学系に拡張するリサーチもなされている.そこではレプリケータ方程式,統計力学などが応用されている.
  • データ収集面ではDNAバーコーディングと次世代シーケンサーが手法の革新をもたらしつつある.また体サイズより広範囲な形質に着目したリサーチの流れもある.

 
以上ところどころのトピックを紹介した.これだけでもわかるように本書ではその勃興期から現代までの生物群集への学問的取り組みが大きなフレームワークの視点から提示されている.繰り返すようだが叙述はとにかく濃密だ.この分野をその分野的関心や歴史と共に通覧したいと考えるならまず読むべき本であるし,群集生態学に関連した話題がでたときにその背景を調べるためのレファレンスとしても手元に置いておきたい一冊だ.
 
 

シリーズ群集生態学

 
他巻は10年ほど前にすべて出されていて本巻の出版のみが遅れていた模様.

進化生物学からせまる (シリーズ群集生態学)

進化生物学からせまる (シリーズ群集生態学)

  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 単行本
生態系と群集をむすぶ (シリーズ群集生態学4)

生態系と群集をむすぶ (シリーズ群集生態学4)

  • 作者:大串 隆之
  • 発売日: 2008/10/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
メタ群集と空間スケール (シリーズ群集生態学5)

メタ群集と空間スケール (シリーズ群集生態学5)

  • 作者:大串 隆之
  • 発売日: 2008/12/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)