読書中 「Narrow Roads of Geneland Vol.3」第8章 第10論文

Narrow Roads of Gene Land: The Collected Papers of W.D. Hamilton: Last Words (Narrow Roads of Geneland: The Collected Papers of W.D. Hamil)

Narrow Roads of Gene Land: The Collected Papers of W.D. Hamilton: Last Words (Narrow Roads of Geneland: The Collected Papers of W.D. Hamil)


第10論文というより記事
Inbreeding in Egypt and in this Book : A Childish Perspective (1993)

これはInbreedingについての本に寄稿されたもの
The Natural History of Inbreeding and Outbreeding

The Natural History of Inbreeding and Outbreeding: Theoretical and Empirical Perspectives

The Natural History of Inbreeding and Outbreeding: Theoretical and Empirical Perspectives


今日は20ページのうち最初の8ページ
最初のつかみから突飛でまさにハミルトン節.いわく,inbreedingかどうかはその種のサイズと相関するとのこと.いきなりきますねえ.そしてまずアネクドータルに説明したいとのこと.


つづいていきなり子供の頃エジプトにいた話がつづいて,ゆりかごにいたときにアリに攻撃された話,そしてそれがファラオアリ(Monomorium pharaonis)だったにちがいない.そしてこのアリは実はinbreedingなのだという.エジプトの王家は兄弟姉妹による近親婚だったことが暗喩として効いているうまい導入である.

ここからがまた秀逸でつぎつぎとinbreedingな昆虫やダニの話がつづく.学名をグーグルイメージ検索しながら読むと本当に面白い.ナチュラリストとしてのハミルトンの面目躍如である.ファラオアリ,タネノキクイムシ,オーストラリアのblue wren,トノサマバッタとその寄生ダニが説明される.
タネノキクイムシは椰子の実の中で兄弟でinbreedingするわけだが,もしメスが未受精でオスがいなければ,まず産雄性単為発生で息子を作り,その息子と交尾してメスを作り,さらに交尾後はそのオスを食べてしまう.
トノサマバッタの寄生ダニの母はまず息子を生み,その息子と交尾しメスを産出,その後その娘たちと交尾させるためのオスを生み,兄弟でめでたく交尾する.


ここで理論的に興味深い点の叙述に.タネノキクイムシが食べるナツメヤシは雌雄異株性である.これは寄生者がいるために進化したのではないかと思われる.(ここの説明はすぐにはされない)
トノサマバッタはダニのホストであり,近交弱性があるためinbreedingにはなれない.そしてそれも寄生者がいるためにそうなのではないか.逆にファラオアリやタネノキクイムシは小集団で飼っても近交弱性は現れない.
(ここでははっきり説明されないが,要するに寄生者への対抗として有性による組み替えが重要であるので,寄生者のいるホスト種はinbreedingは難しいということが主題のようだ)


ここからまたナチュラリスト的な話の紹介.ネッタイシマカは野生ではinbreedingではないが,小集団で飼っても近交弱性は現れない.甲虫の寄生バチScleroderma immigransのメスは自分の息子と交尾してできた娘の息子(孫)と交尾する.森の樹の中にいるダニ Pygmephorusは母の体内でオスとメスが交尾する.


インセスト種は小さいものに多い.バッタより大きいものにインセスト種はほとんどいない.しかし小さい昆虫の中にもしっかりインセスト回避を発達させているものもいる.
このインセストする種とインセスト回避種をさらによく比べると,ホストから防衛を強く受ける種はインセスト回避的であり,ホストに無害な種はインセスト的であることが多い.例として人につくダニの2種があげられる.Acarina属のダニは人のまつげについてほとんど無害でありインセスト的.ヒゼンダニは人にとり不愉快なダニでこれはoutbreedingな種である.


この辺から理論的に興味深い問題に切り込んでいく
まずインセストと単為発生について
単為発生による無性種はinbreedingな種からは進化しないようだ.むしろ有性種から進化する.これはおそらく,環境がoutbreedingに向かなくなると(1)inbreeding種はよりインセスト的になり性比を歪曲させる.(2)しかしoutbreeding種はインセスト回避的であるし,近交弱性モデルのでインセスト的に離れず一気に単為発生無性種になる.そしてこのときに細胞質のオルガネルによる干渉を受けてそうなることもある.


ではinbreeding種はどのように性比を歪曲させるのか.一つの回答は半倍数性の獲得.
最初はXY型の性決定システム.XY型はZW型に比べて有利な点がある.それはもし母親側に性決定権があると卵由来の寄生体や,細胞質オルガネルにより性比が操作されてしまうリスクが高くなる.
父親側にあれば寄生体やオルガネルはそのような関心は持たない.いや,しかしinbreedingな種であれば寄生体,オルガネルに血縁淘汰が起こる.ホストのオス体内にいる寄生体はホストのメス体内にある血縁寄生体のために性比をメスに傾けようとするはずだ.するとホスト側では性決定遺伝子座を隠したり他の染色体に移して対抗するだろう.
ここで(1)ホストの一つの戦略としては父親由来の染色体を非活性にする方法がある.これが進むと父親からの染色体を拒否するようになりパラ半倍数体性が生じる.(2)どんどん性遺伝子座を常染色体に移していくと残ったYは脱落していき半倍数体性になる.という二つの経路が考えられる.
実際に昆虫の細胞遺伝学の知見はこれにマッチしている.寄生体のいる昆虫はパラ半倍数体性や複数の性染色体の現象が多く観察される.また卵由来で伝わる共生体はオスの体内では行き止まりだが,精巣近辺で菌胞を作ることがよくある.ハミルトンの推測ではこれはメスの体内にいる血縁のために何とか性比をゆがめようとしているのではないかということである.



とりあえずここまでであるが面白い.まさにハミルトン節が咆哮をあげている.ナチュラリスト臭満開の昆虫の紹介,そして性と寄生に関する深い理論的興味,エジプトやらゆりかごやらよくわからない晦渋さ.読んでいて本当に楽しいです.