読了  「Narrow Roads of Geneland Vol.3」

Narrow Roads of Gene Land: The Collected Papers of W.D. Hamilton: Last Words (Narrow Roads of Geneland: The Collected Papers of W.D. Hamil)

Narrow Roads of Gene Land: The Collected Papers of W.D. Hamilton: Last Words (Narrow Roads of Geneland: The Collected Papers of W.D. Hamil)

第20章 William Donald Hamilton by Alan Grafen

本日ついに読了です.
書評はこれからまとめるとしてともかく読了.


まず第20章について
アラングラフェンによるハミルトンの業績のまとめです.これは素晴らしくわかりやすい.ハミルトンの各業績がどのように連関して発展していったのか,特に重要な論文はどれか,そこで導き出されたことはどのような重要性と革新性があるのかについて書かれている.
まず生い立ち,そしてフィッシャーとの出会い.彼はフィッシャーのGeneral Theoryに心酔し,これが彼の思考のバックボーンを形作る.

そしてこのGeneral Theoryの一般化としての包括適応度の導出.非常にわかりにくいと評判の有名な1964年の論文についてグラフェンは,「この論文は簡単なことをわかりにくく書いているのではなく,時代に先駆けて非常に深いところまで議論しているのだ.(包括適応度を単にrb-cのハミルトン則と考えるのは表面的な理解にすぎない)そして現在の理解で読むとそれほど難解ではない」と解説している.この包括適応度最大化の行動の進化と血縁係数の概念は進化生物学の前進の中で非常に重要であったと強調している.
包括適応度は結局進化生物学では最大級の賛辞で迎えられたが,実は集団遺伝学ではそうではなかった.それはフィッシャーの定理の一般化なのだが,実は集団遺伝学者はやはりあまりにも時代を先駆けていたフィッシャーの定理を常に平均適応度は上昇すると意味すると誤解し,そのためハミルトンの包括適応度を受け入れられなかったのだ.しかし20年遅れでようやくここも変わりつつある.


包括適応度はハミルトン自身によりより精緻化,一般化される.まず1967年の性比の論文で血縁係数により性比が予測されること,そして個体の適応度を超えてイントラゲノミックコンフリクトがあることを示す.この性比による予測,検証の体系は今も進化生物学に燦然と輝く最も重要な量的なテストになっている.またESSの先駆けとしてunbeatable strategyの概念も提出している.
次にプライスの共分散の公式とともに,血縁係数を遺伝子共有にかかる回帰係数としてより理解を深めている.
つづいて1975年の論文で包括適応度を構造を持つ集団の中で適用できるように発展させた.最後に1980年にアクセルロッドとの共著論文で協力行動の進化は回帰係数としての血縁係数と集団の構造であると考え,囚人のジレンマを用いて協力行動の進化について考察している.この論文ではESS戦略のポイントはそれ自身といかにうまくやっていくかということだとコメントしている.
適応度は集団ではなく個体から見なければならないという観点から注目すべき論文には,群れの形成は個体の利害による対捕食者の捕食回避で説明できるという論文と,分散の重要性を説いた論文がある.


1980年頃からハミルトンは性の問題に取り組む.そのころの生物学者は適応度の遺伝率は非常に低いだろうと考えていたが,ハミルトンはそれならこのように変異が多いはずがない,生物には常に強い選択がかかっているはずだと考えた.これにより対寄生者戦略としての性が浮かび上がる.これを論証するためにハミルトンは遺伝子頻度にかかるモデルと生態学的なモデルを合体させて,ホストとパラサイトの集団生態とその中の遺伝子頻度を表せるモデルをいろいろな分野の学者と協力しながらくみ上げ,そしてついに1990年の論文で十分納得できるシミュレーションを提示した.

ハミルトンは1990年頃から異説を持っていて受け入れられない若手学者のサポートに取り組む.これがガイア説への興味と,エイズのOPVセオリーへの取り組みのきっかけとなる.
またおそらくフィッシャーの5巻の論文集に触発されて自分の論文集を出す.これは本シリーズである.重要なそして手に入りにくい論文が収められていること,そのころの状況とハミルトンの興味が書かれたエッセーが収められていることから,このシリーズは学者から見て非常に有益だとしている.

最後にハミルトンの優生学についての姿勢が取り上げられている.これは進化生物学者として数百世代まで考えたときの真剣な議論であるのだが,やはり現代においてはなかなか読者の受け入れがたい主張を含んでいる.グラフェンは一つにはハミルトンが二人の弟を亡くしていることや,それについて触れたハミルトンのエッセーをひきつつ個人的な思いも背後にあるのだろうとしている.


結びでは進化生物学にとって19世紀はダーウィンとともに始まり,20世紀前半はフィッシャーの業績が先駆けとなり,そして20世紀後半はハミルトンがダーウィンの持つ生物への理解とフィッシャーの持つ数学的な才能を併せ持ちその業績は時代へ先駆けたのだと結んでいる.


本当に各論文の全体理論への位置取りがわかるいいとりまとめです.これから Narrow Roadsに取り組む人はここをよく読んでから始めるのがいいのかもしれません.なお,セーゲルストローレがハミルトンの伝記を執筆中だとありますのでこれも楽しみです.


ともかくもシリーズ制覇です.うれしい.