読書中 「Genes in Conflict」 第3章 その3

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



第3章 Selfish Sex Chromosomes 利己的性染色体 その3


読んでいくとどんどん面白くなります.性決定システムの進化は利己的な遺伝要素をよく考えないと理解できないことがよくわかります.複雑なショウジョウバエの性決定の仕組みも目から鱗ものですし,レミングの性転換遺伝子の話も興味深いし奥深い.とくに性転換染色体X*のあるX*Yメスの繁殖成功が高いことの説明に包括適応度的説明(この本自体は遺伝子の視点から書かれているのでこの用語は使われていないが)が顔を現すのは面白い.
またメスが異型接合的であるシステムと,胎生の生物における息子殺し性質の進化に関する論考も意表をついてきて,かつ本質的で,思わず膝を打ちたくなる.
惜しむらくは性比決定などのモデルの数式が示されていない.ボックスか何かで説明してくれればと思います.(もっとも自分でやってみるのも面白いかも)




ボックス3.2 双翅目の性決定システムの分子生物学


双翅目の性決定の仕組み
遺伝子dsxが発現して転写因子となるタンパク質DSXMとDSXFを作る.DSXMがあるとオス化遺伝子群が活性化され,個体はオスとなる.DSXFがあるとメス化遺伝子群が活性化され個体はメスになる.
この二つの転写因子のどちらができるかは,スプライシングを調節する遺伝子traがあるかどうかによる.デフォルトではDSXMができてオスになるので,traはメス化遺伝子であり,本来これが乗っている染色体が性染色体になり,メスが異型接合であるZWシステムになる.
しかしほとんどの双翅目ではオスが異型接合的(XYシステム)である.
traを抑えるオス化遺伝子Mがあるとする.これはY(W)ドライブや細胞質歪比によりメスに傾いた性比になっていれば選択されるだろう.するとtraは固定し,Mはオス化遺伝子となり,XYシステムになる.(ここからさらにまたZWシステムにも進化しうる)


ショウジョウバエでは性の決定は(常染色体に対するX染色体の比率)がsxlに影響を与え,sxltraに影響を与えるシステムになっている.
あり得た進化の道筋を推理してみよう.(なぜY染色体上にオス化遺伝子がある形であく,X染色体の比率に応じてX染色体上の遺伝子が発現して性を決めているのかという疑問に答えようとする)
上記によりオス化遺伝子とXYシステムが確立すると,Yは組み替えが起こらなくなり矮化する.X上の遺伝子はオスの時とメスの時で生成物に2倍の差ができる.RNA調節をするsxl遺伝子がX染色体上にある.すると性によって生成物が異なった方がよい遺伝子は(dsxに依存せずに)sxlの量の差に反応するようになる.また性にかかわらず同じ量の生成物がある方が望ましい遺伝子はsxlに抑制されるようになる.またオスメスで量が2倍以上差があった方がよいものにはそのような反応をするようになる.
ここでsxlに反応する転写因子msl-2が進化すると,多くのX染色体上の遺伝子はmsl-2に反応するようになり,性間の生成物量調節がsxlの量の差ではなく,これによるようになる.そしてそもそもの性決定遺伝子tra自身もsxlに反応するようになる.そしてsxlは頑健なフィールドバックループを作ることにより(2倍の量の差ではなく)性によってあるかないかの状況になった.こうしてX染色体上にあるsxlが性決定に大きな役割を果たすシステムが成立しうる.

もうひとつの道筋はsxlは性により適応度が異なる別の遺伝子(Sex antagonistic gene)をコントロールするようになり,そしてそれ自体Sex antagonistic geneになり,そしてtraがそのコントロール下にはいるようになったというものである.



2. 齧歯類におけるメス化 X(Y)染色体 Feminizing X (and Y) Chromosomes in Rodents


ここでは齧歯類における性転換を促す性染色体をレビューする.これはXYオスがメス化されるものである.そしてそれは種によってXであったり,Yであったりする.(この作用を持つものをX*, Y*と表記する)
しかしこの二つの理論的な差は大きい.というのはYYの子孫は致死になると考えられるためX*にはメス化のメリットがあるが,Y*にとっては子孫の1/2をしめるYY*が致死となるため,メス化は一義的にはデメリットだと思われるためである.


(1) クビワレミング Dicrostonyx


クビワレミングDicrostonyx torquatusにはX*染色体があり,Yのオス化作用を抑える.(X*Y個体がメスとなる)YY個体は生存に必要なX染色体上の遺伝子を持たないため致死になり,受精直後に死ぬ.このためX*Yの(XYとの)子孫のうち2/3がX*を持つことになる.一般的に齧歯類は出産するより多く受精卵を持ち,自然に多くの流産が生じている.このためX*YのメスはYYが致死になることで特にコストがかかるわけではない.つまりX*は侵入可能である.
しかしX*の頻度が増えると集団の性比はメスに偏り,オスをメスに変更することが不利になり,頻度はどこかで平衡になる.全くそのほかのコストがかからないモデルを作ると,メスのうちXX:X*X:X*Yの比率が6:2:2,X染色体全体のX*の頻度は2/9,集団のメスの比率は58%で平衡になる.
実際にはいろいろな要因でこれからずれる.まず,YYの致死や,X*が劣性有害遺伝子の発現を抑えにくくなることから((私見)ここはよくわからない)X*Yのメスの繁殖率はXXに対して少し低くなる.観測された比率は87%.これが75%以下になるとX*は侵入できなくなる.
またオスの常染色体は性比をオスに傾けるように対抗進化する.観測されたXYオスの子孫の性比は56%.もっともここはかなり問題が複雑で,Yを持つ精子はX*Yメスの頻度が高いとYYも作りやすくなる.またX*の頻度が高いと,ホストのXを攻撃することはより性比をメス化する効果も持つ.
この87%と56%をもとにモデル計算するとメスの中のX*Yの比率は42%,集団の中のメスの性比は69%で平衡になる.(飼育集団での観測値は36%,63%であった)


(2) モリレミング Myopus


モリレミング Myopus schisticolorもX*を持つ.X*は短椀に欠落と逆位を持つ.クビワレミングとの違いはX*YメスはX*の卵しか作らないということ.これは生殖系列の有糸分裂時に非分離有糸分裂が生じることによる.X*が癒着してX*X*として一方の極に,残りの極にYYが行く.YY側の娘細胞は死亡しX*を持つ生殖細胞しか残らない.
これによりX*Yのメスの子孫はX*XかX*Yになり,常にメスとなる.
この場合で,他にコストのないモデル計算では,メスのうちXX:X*X:X*Yの比率が1:1:1,X染色体全体のX*の頻度は2/5,集団のメスの比率は75%で平衡になる.
このような非分離有糸分裂が常染色体にどのような淘汰圧を与えるのかは明らかではない.X*とともにある常染色体から見てYYによる致死が生じないことはプラス,結果生じるメスに傾いた性比はマイナスである.
ここで考えておくべきことはレミングは集団サイズの大変動があることが知られており,集団サイズが極端に小さいときには常染色体からみても性比がメスに傾いた方が有利になるのかもしれないことである.((私見)ここはおもしろい)ただ近親交配の程度を調べると集団サイズが小さいときもそのような条件を満たすようなことは起こっていないようだ.
もうひとつの可能性はX*がMaternal-Effect killer(この場合息子を子宮内で殺す効果)をも進化させているというものだ.この場合常染色体にとっては子宮内で殺されるより,そもそもY卵がない方がまし(Y卵を作らせるといったん受精したあとで殺されてしまうのでよりコストがかかる)ということになる.((私見)ちょっと文意の把握に自信なし)


興味深いことにX*YメスはXXメスや,X*Xメスより適応的に見えることだ.出生時にX*Yメスは8%重く,成熟も早く,よりよい妊娠率を持つ.理由はよくわかっていない.
第一に考えられるのは,通常父から遺伝してオスの体の中で胎児時に利己的に振る舞うYが,メスの体内にいてかつその後は子孫を残せないため利己的に振る舞えないのではないかと思われる.
X*の視点から考えると,この染色体は常にメスの胎内にあるため,メスにとりわけ有利に発現するように進化するのかもしれない.(ただXとX*の交叉は性転換効果のある短椀のみ制限されている事実はこの考えとは整合しない.)
つづいてX*の視点から考えると,母と娘は必ずX*を共有しており親子コンフリクトが小さい.
さらにまたX*の視点から考えると,X*YメスはX*Xメスに比べて2倍価値がある.(すると当該X*Y個体内のX*のみならず,当該X*Y個体の血縁関係にある個体内のX*はX*Yをよりひいきすることにより包括適応度が上がる.)X*はYの存在をキューとしてより(包括)適応的な行為を行うかもしれないし,Yの利己的行為(X*Xの兄弟に比べて,自分のいるX*Yを有利にしようとする行為)を許すのかもしれない.
最後にX*Yメスは,子宮内にメスしかいないことが有利になることがあるのかもしれない.(性ホルモンの混合がないなどが考えられる)
メスの中でのX*Yメスの頻度はその他のコストの無いモデル計算より多い.これはX*Yメスの繁殖効率が高いことによるものと思われる.

二つの興味深い事実がある.
オスはメスより生存率が高い.出生児には20%のものが成熟時には50%になる.これは一般的な齧歯類,そして哺乳類のパターンと逆である.(オスがより短命)
おそらくメス比率が高いためにオスの繁殖成功の分散が低くなっているためと思われる.

二つめの事実はX*Yメスはより緊密なクラスターを作っていることである.オスを妊娠しないことによりより社会的になっているのかもしれない.くわえてX*の視点から見ると血縁のX*Yメス同士は互いにより価値が高い.より相互利他的になることが期待される.


最後にこのようなX*システムとXと常染色体の転位には関連がある.クビワレミングではX染色体と核型の中の最大の常染色体の腕が融合している.このことの重要性はよくわかっていない.



(3) その他のネズミ類


ネズミ類にはこのほかにもXYシステムから逸脱しているものがある

種名 メス オス
クビワレミング  XX, X*X, X*Y  XY
モリレミング  XX, X*X, X*Y, (X*X*)  XY
オレゴンハタネズミ  XO, (XX)  XY, (YO)
キイロモグラレミング  XO  XO
モグラレミング  XX  XX
ナンベイヤチネズミ  XX, XY*  XY
アマミトゲネズミ  XO  XO


オレゴンハタネズミMicrotus oregoniではメスがXOでオスがXYである.メスの生殖系列の有糸分裂でXXとOOに分かれる非分離有糸分裂が生じ,XXのみ生き残り,すべての卵はX卵になる.オスでは同様な非分離有糸分裂によりXXYとOYに分かれ,後者のみ生き残りO精子とY精子ができる.このシステムはおそらくモリレミングのようなX*を持つシステムから,X*によってもメス化されない超優勢なYが生じ,X*が固定してできたと思われる.いったんX*X*メスとX*Yオスシステムになった後,非分離有糸分裂による有害効果を持つX*をYが追い出すようになり,このシステムが完成したと思われる.


ナンベイヤチネズミ(vole mouse, Akadonには高い頻度(15-40%)でXYメスが見られる.しかしこの種の場合,性転換を行うのはY*である.
Akadon属にはY*が存在する種が8種ある.このうち6種についてはY*は別種のY*より,同種のYに近縁であり,このY*が独立に何度も進化したこと(そして進化的には短命であること)を示唆している.

奇妙なことに少なくとも一種 Akadon azarae についてはXY*メスはXXメスより適応度が高いように見える.より早く繁殖を始め,繁殖間隔も短く,より長期間繁殖する.
XY*メスは(XYのオスと交尾して)2/3の比率でメス(XX,XY*がメス,XYがオス,Y*Yは致死)を生み,娘の方が育成コストが安い.またXY*メスは妊娠される機会が2倍あり,メスの適応度を上げる.((私見)ここはよくわからない)
さらにXY*メスのXは父親由来であり,これを抑える母親由来のXが無い中ではより利己的になるだろう.これでXY*メスが早く成長できることを説明できるかもしれない.もちろん単にY*の効果と考えても説明可能だ.

XY*メスの適応度とは別に,Y*は63%の卵に伝達されるような歪比効果を持つ.
この二つの効果でY*は(一見非常に不利なのに)集団に保たれるのだろう.
またY*は常にメスの体内にあるので,よりメスの体の中で有利になる効果を発現するようになるだろう.
常染色体の利害も興味があるところだ.


このようなシステムの起源はまた別の問題だ.
集団に侵入時にY*Yが致死であることからY*はX*とちょうど正反対の不利さを持つ.卵生産の補償があるとY*は1/3の子孫にしか遺伝できない.もしXY*においてY*に歪比効果があるとこの不利を少しはオフセットできるだろう.
遺伝的基盤についてもほとんどわかっていない.


ネズミ類に関して,オス化遺伝子SryY染色体のみに単独に乗っていることからの逸脱と,XYシステムからの逸脱が多いことは偶然ではないと思われる.


最後にこのようなXYシステムからの逸脱は,Maternal Effect Killerの進化を引き起こしやすいことを強調しておこう.ある染色体がメス系列のみを経由したり,オスがデッドエンドになるようなシステムにおいては,胎内での息子殺しの遺伝子を進化させやすくなるのだ.
そう考えるとメスが異型接合的な性決定システムで,胎生の生物は,息子殺し遺伝子の固定により絶滅しやすい,あるいは胎生の生物ではメスの異型接合的性決定システムは進化しにくいということになるだろう.

さらに推測すると,オスが異型接合的な性決定システムにおいてはオスがXO型になることは節足動物などによく見られる,しかしメスが異型接合的であるシステムで,めすがXO型になることは少ない.これはもしそういう決定システムが成立したとすると,メスの生殖ラインにいるXにとって,卵の形成の減数分裂時に,極体にはいることを避けてドライブをかけることが容易に可能だと思われる.(精子形成においてはすべての分裂後の細胞が精子になるのでこのようなドライブは難しい)すると性比はオスに傾き,すぐに別の性決定システムが進化するだろう.故にこのようなXOがメスになるシステムは進化的に短命であり,系統樹においては散発的に見られるであろう.