読書中 「Genes in Conflict」 第3章 その4

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



第3章 Selfish Sex Chromosomes 利己的性染色体 その4


本日は性染色体が起こしうるさらにいろいろな方法について.
ここは証拠に基づく説明というより,理論的な可能性を自由に推測している部分で非常に面白かった.特に動物がテリトリーの質や十分や配偶相手の質に応じて性比をコントロールするというトリヴァース自身の説に絡み,そこに利己的染色体が絡んでいく部分は圧巻である.テリトリーや配偶相手の質の判定について,XとYとでホストをよりオプティミスティックやペシミスティックに操作しようとするだろうというくだりには参りました.



3. その他のコンフリクト 性比と配偶者選択


性染色体の破壊は,X, Y, 常染色体どれにとっても相互に強い利害対立を生む.しかし利害の対立はそれだけではない.血縁者における血縁係数はX, Y, 常染色体でそれぞれ異なる.このため社会行動,分散,近親交配の回避においても利害対立が起こる.


性染色体による性決定システムを持つ生物において,常染色体から見た望ましい性比は常に1:1であるわけではない.たとえば近親交配があると望ましい性比はより娘が多い方に傾く.
(ここでトリヴァースは性比をコントロールしているような場合については特に染色体間のコンフリクトが顕在化するはずであり,そこを説明していこうとしている)


近親交配により性比コントロールが生じる場合
非常にしばしば近親交配するヒメグモの中にはメスの性比が90%に達するものもある.このクモには2種類のX染色体(X1, X2)があり,Yは無い.オスが異型接合的である.(X1O, X2O) どのように傾いた性比が作られているのかはわかっていない.オスの減数分裂は正常で,有糸分裂の終期までは2タイプの核が同数存在する.おそらく何らかの方法でO精子を不活性化しているか,認識をつけてメスが受精をコントロールできるようにしているのだと思われる.いずれにせよ性比コントロールは正確である.
仮にオスが性比コントロールしているとして,望ましい性比は,父親の常染色体とX染色体の間にコンフリクトがあるはずである.(Xはよりメスに傾いた性比を好む)またより外婚的な種ではよりコンフリクトが激しい.少なくとも2つの外婚的な種(Anelosimus jucundus, A. studiosus)では常染色体が勝っているようである.(性比が常染色体の望む比率になっている)常染色体の方がゲノムで多数を占めていることの結果と思われる.
これらの種ではYが無い.もしあれば娘に傾いた性比に抵抗するだろう.するとYが無いとこと性比をコントロールする進化が生ずることには関連があるのかもしれない.


線形動物の一種(Caenorhabditis briggsae)ではXXが自家受精できる雌雄同体,XOがオスである.XOオスからのX精子はO精子に比べて受精にアドバンテージがある.このため約3:1でオスより雌雄同体を作る.やはりメカニズムはわかっていない.これは常染色体の利害に一致しているのかもしれない.どちらにしてもYが無いことがこのような性比コントロールに役立っているのかもしれない.((私見)オスと雌雄同体の望ましい性比とは? 近交弱性の程度や,配偶の困難性により変わってくるということでよいのか.雌雄同体個体が自家受精した方が有利な状況があり得るのなら性比は雌雄同体に傾くはず)


特定の状況により性比コントロールが生じる場合
いくつかの鳥や哺乳類は,特定の状況に反応して子孫の性比をコントロールしている.セイシャルワーブラー(Acrocephalus sechellensis)では娘はテリトリーに残ってヘルパーになりうる.非常に質の高いテリトリーで食糧に不足がない場合には親鳥は娘に傾いた性比により利益を受ける.そして実際に親鳥はテリトリーの質に応じて性比をコントロールしている.(ある研究では87%から23%まで)メスが異型接合的であるので,おそらくメスが性比をコントロールしているのだろう.たとえば減数分裂時にどちらの染色体を卵に残すかを栄養状態により変えるなどの方法が考えられる.そしてやはり性染色体は常染色体と望む性比が異なる.Yはよりメスを増やそうとするはずだ.たとえば皮下脂肪の量がキューになっているのなら,Y染色体はそのキューの閾値をコントロールしようとするだろう.またテリトリーの質を判断する脳の状態により性比をコントロールしているなら,Yは脳をより楽観的にして閾値を変えようとするだろう.そしてXはその逆を行おうとするだろう.鳥における認知不協和だ.


また別の鳥(キンカチョウ Taeniopygia Guttata やアオガラ Parus caeruleus )では配偶相手の質により,メスは性比をコントロールする.オスが魅力的なほど息子を作ろうとする.ここでも同じようなゲノム内コンフリクトがあることが期待できる.このばあいにはメス内のXは(オスの質について)より楽観的に脳を操作しようとし,Yはより悲観的に操作しようとするだろう.


哺乳類ではオスが異型接合的である.しかし性比はしばしば母親によってコントロールされる.おそらくこれは受精,着生,流産のコントロールによるのだろう.このため染色体間の争いの様相は(鳥と)異なってくる.
メスが,オスの魅力によって性比をコントロールしている種があるなら,オス側の染色体間にどこまで魅力に投資すべきかについてコンフリクトが生じるだろう.Yはより派手になりたがり,Xはより性選択のためのコストに敏感になるだろう.
母親が自分の地位に応じて性比をコントロールする種(アカシカなど)もある.この場合オスにあるYはより順位の高いメスを好むように,Xはより順位の低いメスを好むようになるだろう.


配偶者選択と染色体間コンフリクト
また配偶相手が作るオスとメスの相対的な適応度が異なるときにも,配偶者選択に関わるコンフリクトが生じる.
このため鳥のメスにおいては,Yは生まれるメスの質に注目して配偶相手を選別するし,Xは生まれてくる息子の質に注目して配偶者を選択する.常染色体はこの点に関して平等主義である.
この結果メス内にあるYは(配偶相手のオスの持つ)コストのかかっている真にオスの活力を現しているシグナルにより注意を払い,Xはできるだけコストがかからない派手目の飾りを作れるような形質に注目する.

哺乳類においては,オスはメスほど選り好みをしないが,しかしコートシップの努力や,精子の量を適正にアロケートするためいくらかはメスを選り好む.そして同じような状況が起こる.我々ヒトのオスの体内で,Yは(メスの)肌の色や免疫系の強さを選ぼうとするのに対して,Xは(娘のために)より豊かな胸やヒップを選ぼうとするだろう.


まとめ
ここで強調しておこう.古典的なドライブは発達の特殊な一段階で正確なタイミングで何かを殺戮したり,直接的な作用を必要とするものであった.しかし本節でイメージしているのはもっと広範囲な生理的,行動的なものだ.たとえば配偶者選択,繁殖努力,繁殖時期などだ.直接的な淘汰圧は古典的なドライブより小さいかもしれないが,しかし遺伝子にとって歪比効果を持つ方法は非常に広範囲にたくさんある.Yは矮化していることが多いので機会は限られるかもしれないが,Xにとっては機会は広いだろう.