読書中 「Genes in Conflict」 第5章 その4

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



今日はCMSのつづき
CMS遺伝子と核遺伝子による抑制のアームレースについて語られる.そして共進化の結果,雌雄同株種から雌雄異株種への進化が生じうることが示される.この辺は利己的な遺伝子のアームレースの結果性システムが変更を受けることになるわけで大変興味深い.そして花粉不足が生じた場合の理論的帰結.自家不和合でランダム配合なら絶滅というシナリオで,なかなか面白い.
ミトコンドリアと核遺伝子では近親交配の結果の配偶子への血縁度が異なるので近交弱性がある場合にコンフリクトが生じうるというのも面白い.そしてCMSはインブリーディング回避のためにも進化するのかもしれないという.自然の深さを感じる一瞬である.


第5章 利己的なミトコンドリアDNA  その4


3. 細胞質雄性不稔性 ( CMS : cytoplasmic male sterility )


(4) 自然集団におけるCMSと抑制者


ハイブリッドにおけるCMSの出現率からみて,CMSはおそらく過渡的一時的な現象だ.いったん広まり,そして核遺伝子に抑制される.分子遺伝学的な研究は少なく,研究が待たれる.
特に安定的なGynodiecyを見せる生物は興味深い.ナデシコではGynodiecyは祖先的な性システムのようだ.
オスの不稔化の遺伝システムは複雑であるようだ.たとえばヘラオオバコPlantago lanceolataではCMSは3タイプあり,もっとも普遍的なものに対して核遺伝子による抑制には5つの遺伝子座が関係していて,うち2つは優性,3つは劣性である.べつのCMSに対しては3つの核遺伝子の抑制に関する遺伝子座がある.
CMSは核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の間でアームレースがあり,進化的なタイムスケールできわめてダイナミックだと思われる.安定的なGynodiecyの仕組みはわかっていない.


(5) CMS,オス化,雌雄異株の進化


このようなCMSと核遺伝子による抑制の共進化のシステムには,別の核遺伝子の進化が起こりうる.
このようなシステムではメスに傾いた性比が現れやすいので,オス化を起こす核遺伝子が進化しうる.つまり両性具有な個体に,より花粉を生産させるような効果を持つ遺伝子が進化しうることになる.すると両性具有個体はより花粉生産に傾き,CMS個体は胚珠生産のみを行い,雌雄異株方向に進むことになる.
被子植物では,Gynodiecyの祖先型からの雌雄異株への進化がしばしば生じている.
雌雄異株のあとは何が進化するのか? 雌雄異株であっても核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の性への投資割合のコンフリクトが消滅するわけではない.雌雄異株植物において,ミトコンドリアは(より雌株の種子に投資させるため)雄株になる種子を殺そうとするだろう.この殺戮は早い段階から起こりうる.場合によって,Y花粉をターゲットにできるなら,受精前にも可能である.
このような雌雄異株性の植物におけるコンフリクトは異種間の競争には不利に働く.
雌雄同株種ではオスへの投資は5%程度が最適であることがよくあるが,雌雄異が株では50%になってしまう.実際に同じ分類群の中で雌雄異株種は種数として少ない.異種間の競争に不利なので絶滅しやすいのだと思われる.


(6) 花粉不足,頻度依存淘汰,局地的絶滅


オス化が進化するまでにはCMSにより花粉不足が起こりうる.雌雄同体株が自家受粉可能であれば,雌株より影響は受けない.しかし雌株はこれにより不利になる.このことによりCMSは(一定以上広がると自分が乗っている雌株が不利になるので)一種の頻度依存淘汰を受け,頻度はどこかで平衡に達する.Silene Vulgarisナデシコ)では実際に観察されている.
自家不和合でランダムメイティングな植物ではこのような頻度依存は生じない可能性がある.この場合核遺伝子による抑制がなければCMSは固定し,この植物は絶滅するだろう.実際には交配に何らかの空間構造があるので,両性具有株が両性具有株と交配しやすければ,絶滅は免れるだろう.また自家受粉がわずかでもできれば有利になるので,強い自家和合性への淘汰がかかるだろう.


(7) 性へのリソース配分と近親交配回避


核遺伝子とミトコンドリア遺伝子は,性への投資配分とインブリーディングの程度について争っている.ミトコンドリア遺伝子はメス機能への投資についてより核遺伝子より高い比率を望み,この差はアウトブリーディングの比率が高い種ほど大きくなリ,インブリーディングになればなるほど無くなる.
一方ミトコンドリア遺伝子にとっては近親交配による配偶子だからといって血縁度が高くなるわけではないので,近交弱性が少しでもあるのならインブリーディングを避けようとする.核遺伝子は近交弱性が50%までは耐えるので,ここにコンフリクトが生じる.
もっと一般化していうと,細胞質遺伝子はより近交弱性のコストを大きく受け,インブリーディングを避けようとする.

CMSの進化にとってこの性へのリソース配分とインブリーディング回避のどちらがより重要だったのかは明らかではない.
オスが不稔化した個体は両性具有個体に比べてより種子をつける.しかしこの差はCMSが広がったために両性具有個体がよりオス化したことにより広がっている.
中には雄しべも葯も作り,インブリーディング回避のために花粉の成長が止まっているように見えるCMSを発現する種もある.
自家不和合植物ではGynodiecyがきわめて少ないこともこの点からみて興味深い.