読書中 「Genes in Conflict」 第5章 その5

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



今日はCMSの最後
植物のミトコンドリアや,節足動物に寄生するヴォルバキアなどはホストに対して性の投資比率の歪曲を起こすが,それと同じような立場にある葉緑体や.動物のミトコンドリアなどにはそういう事例が報告されていないことについては突然変異がどれぐらい期待できるかという観点から説明
性の投資比率歪曲ができるとすれば,理論的には,報告されている以外にどのようなことが期待できるかという部分は面白かった.



第5章 利己的なミトコンドリアDNA  その5


3. 細胞質雄性不稔性 ( CMS : cytoplasmic male sterility )


(8) 突然変異の多様性の重要性


これまで見つかったCMS効果を持つ突然変異はすべてミトコンドリアから見つかっており,葉緑体のものは見つかっていない.しかし葉緑体の立場はミトコンドリアと同じであり,CMSがあってもよいのにそうなっていない.このことは葉緑体のDNAが組み替えについて動的ではないことの反映だと思われる.またミトコンドリアは葯や花粉生産時に重要な役割を担っていることの反映かもしれない.植物では動物よりミトコンドリアDNAが多様であり,これがCMS突然変異と何らかの関係があるかどうかは興味深い.

動物におけるミトコンドリアの状況は,植物における葉緑体の状況に似ている.雌雄同体の動物は多いが,その中でミトコンドリアによりオス機能が不妊化されたものは報告されていない.また多くの節足動物は母系で伝わるバクテリアを持ち,それにはオスを殺したりメス化するものが報告されているが,ミトコンドリアについてはそのような効果は発見されていない.また哺乳類でもオスの胎児を流産させるような効果(より投資をメスに傾けさせる)を持つミトコンドリアがあれば強く選択されると思われるが,そのような現象は報告されていない.

仮に植物のミトコンドリアがオス機能をメスに振り向ける特別な能力を持つとしたら,それは他にどのようなことを行うだろうか.まず(すでに述べたように)種子をより生産し,花粉の生産を止めるだろう.そして受精したオスの胚を殺し,また雌雄異株の性比をメスに傾けるだろう.
いくつかの植物種では花粉の多寡により現在の性比を推定し,そして性への投資配分を変更することが知られている.( Begonia gracilis(ベゴニア)では雄花と雌花が分かれていて,受け取る花粉が多いとより雌花を作る)このような場合ミトコンドリアはこのシステムに干渉し,本来より少ない花粉でもメスにより投資させようとするだろう.
またミトコンドリアは核遺伝子より自家不和合性を維持しようとするだろう.これは花柱や花粉で発現するように進化するだろう.
しかしミトコンドリアにとっても,突然変異の可能性は重要だと思われる.核遺伝子は遺伝子数が多いのでより多様な突然変異が起こりうる.そしてこれがアームレースにおいて核遺伝子の優位をもたらす.このためほとんどの植物は雌雄同株性を保っていられるのだろう.


ボックス5.3 母系で伝わる節足動物のパラサイト

多くの節足動物は細胞内のバクテリアや原生動物のホストになっている.そしてこれらはミトコンドリアと同じく母系で次世代のホストに伝わっていく.このためホストの性比をメスに傾けるように淘汰を受け,多様な方法で性比を傾けるように進化している.

<オス殺し>
いくつかの昆虫やダニではオスの胚を殺すバクテリアが報告されている.オス殺しによってメスの胚の生存確率が少しでも上がる(たとえばオスの死体の栄養を吸収するなど)ならこれは進化しうる.

<2倍体のメス化>
ヨコエビ類(Amphipod)では遺伝的なオスをメス化する原生動物が報告されている.いくつかの等脚類(ダンゴムシ)や,燐翅目昆虫で同じ作用をするバクテリアが報告されている.

<半倍数体のメス化>
半倍数体性のハチやダニでは,通常オスになる未受精卵に作用して単為生殖を行うメスにするバクテリアが報告されている.ハチではこのバクテリアは染色体を倍加させる.ダニでは半数体のままである.

<細胞質不和合 Cytoplasmic incompatibility>
多くの昆虫類で,未感染メスからの卵と受精すると胚を殺すような精子をオスのホスト内で作らせるバクテリアが報告されている.感染メスの卵はオスが感染している個体からの精子により受精しても問題なく発達する.
このようにしてバクテリアは未感染メスの適応度を引き下げる.

ヴォルバキア(Wolbachia)属ではこの4種類のメス化方法がすべて報告されている.


(9) CMSと父系伝達


CMSの有無について多型になっている集団においては,花粉にあるミトコンドリアは胚珠にあるミトコンドリアより次世代のホストに伝達されにくい.そこで核遺伝子は父系伝達されるミトコンドリアをより推進するように淘汰圧を受けるかもしれない.この核遺伝子は母,父,子供,どの子体内にあっても同じである.
結果はミトコンドリア伝達の父経由の「漏れ」や,全くの父系伝達ミトコンドリとなる.
植物のミトコンドリア伝達についてはよくわかっているわけではない.私たちが知っているのは,時々父系の「漏れ」があること,父系伝達を行う種が存在することである.おそらく,CMSに悩まされる植物で時々そういうことが進化するのであろう.