Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements
- 作者: Austin Burt,Robert Trivers
- 出版社/メーカー: Belknap Press of Harvard University Press
- 発売日: 2006/01/15
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利己的ミトコンドリアのその他のコンフリクト
個体内での淘汰と性への投資比率への干渉以外のコンフリクトについての概説.はっきりわかっていることは少ないが,おそらく過去のコンフリクトの痕跡だと思われる現象についてのまとめ.アポトーシスについてミトコンドリアが重要な役割を担っていることはそもそもコンフリクトの歴史があったからだと推測している.
第5章 利己的なミトコンドリアDNA その6
4.ミトコンドリアと核遺伝子のその他のコンフリクトの痕跡
これまでコンフリクトとして,個体内における利己的ミトコンドリアの跳梁と,ホストの投資の性比の歪曲(CMSなど)をみてきた.しかしこれ以外にもコンフリクトの形式がある.おそらくそういうコンフリクトは,ミトコンドリアのDNAが縮小するより前に激しく起こっただろう.今日,そのようなコンフリクトの痕跡をみることができる.
ミトコンドリアがアポトーシスにおいてアクティブな役割を負っているというのは衝撃的な事実である.詳しいことはわかっていないが,アポトーシスはミトコンドリアの膜に穴やイオンチャンネルがあくことにより始まる.そしてミトコンドリアは破裂し,中のカスパーゼ(カスパーゼとはアポトーシスを開始したり進めたりする分解酵素群の呼称である)やその他の化学物質を細胞質内にぶちまける.電子運搬やエネルギー代謝の乱れも早い時期のサインだが,ATPの生産は後の段階まで影響を受けない.ATPはアポトーシスの後段階で必要になる.
ミトコンドリアはアポトーシス誘導因のAIFを含んでいる.そしてアポトーシスが起こるときには核に運ばれる.そこでAIFはクロマチンを濃縮し,核DNAを分断する.またAIFはミトコンドリアにチトクロムcとカスパーゼ9を放出させ,さらに下流のカスパーゼを活性化させる.
ミトコンドリアDNAの内細胞もアポトーシスできるし,チトクロムcもAIFも核遺伝子にコードされている.しかしいくつかのミトコンドリアDNAはアポトーシスに関わっている.
人の血液生成にかかる骨髄細胞では,ミトコンドリア遺伝子NADHの発現を抑えると細胞が衰弱しアポトーシスの標識が作られる.またミトコンドリアのチトクロムc酸化酵素のアンチセンスRNAは大規模なDNA分断化と細胞死を引き起こす.
なぜミトコンドリアがアポトーシスで中心的な役割を負っているのだろう.
おそらく真核生物の祖先において,ミトコンドリアは今のヒマワリのtapetumと同じようにホストの細胞を殺すように淘汰されたのだろう.古代のミトコンドリアは自分が引き継がれない方の娘細胞を殺したのかもしれない.
ミトコンドリアは生殖細胞の決定においても重要な役割を演じている.多くの動物では卵の細胞質の中には,生殖質(germplasm)と呼ばれる特別な領域があり,そこが発生に従い生殖系列になり,精子や卵になる.これは生殖粒(germinal granule)といわれるものとミトコンドリアが多く含まれる.この生殖粒は生殖系列の決定に重要な因子の貯蔵所になっている.ショウジョウバエではここにはミトコンドリアタイプのリボソームが豊富にある.
なぜ生殖系列の決定にミトコンドリアが関係するのだろうか.組織層の分化の進化の早い段階で,ミトコンドリア(その当時はリボソームにかかる遺伝子を多く保っていただろう)は後に生殖系列になる部分に多く残るように進化したのではないだろうか.
多くの生物は数は少ないが以下のような遺伝子を持つ.すなわちDNAがRNAに転写され,そしてRNAに働く酵素がコーディングを変更する.つまりRNAが編集されるのだ.
そもそもどうしてそのようなシステムが進化したのだろう.なぜDNAレベルで生じないのだろう.
このような編集はミトコンドリアRNAで多く生じ,そして核遺伝子による編集を受けている.私たちの推測ではこの編集は核遺伝子によるミトコンドリア遺伝子への対抗として進化したのではないかと思う.