読書中 「Genes in Conflict」 第7章 その9

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



トランスポーザブルエレメントのホストの進化に対する影響.(承前)
テロメアショウジョウバエとヒトでは仕組みが異なっているがどちらもトランスポーザブルエレメントと深い関係があるらしい.また遺伝子調節のメチル化や,哺乳類の雌におけるX染色体の不活性化も大きく関わっているという.サンショウウオがお馬鹿であることとゲノムサイズがトランスポーザブルエレメントの影響で大きいことの関係も興味深かった.



第7章 トランスポーザブルエレメント(転移因子)  その9


3. トランスポーザブルエレメントとホストの進化


(3) トランスポーザブルエレメント機能の取り込みとホストの防衛


b. ショウジョウバエテロメア

DNAの複製の仕組みからは染色体は最後のベースペアまで複製はできない.複製のたびに2ペアづつ短くなる.ショウジョウバエでは世代ごとに70-80bp短くなる.
ショウジョウバエではこれにより染色体が無くなっていくのを2つのLINEの働きによって阻止している.Het-ATARTは特に染色体の端に転移するのだ.
この2つとも機能のよくわかっていない特異な特徴を持っている.またこのショウジョウバエテロメアの仕組み,起源にも謎は多い.今後の解明が待たれる.

ショウジョウバエテロメアの仕組みは通常ではない.一般的にはテロメアは数百から数千の2-8bpの配列の繰り返しからなっている.この配列の合成はRNA鋳型からの逆転写から生じ,これに関与している酵素テロメラーゼはLINEやLTRレトロ要素の逆転写酵素と相同である.やはり古代の利己的遺伝要素の飼い慣らしだと思われる.


c. ホストの防衛の取り込み

ホストはトランスポーザブルエレメントの抑制のメカニズムを持っている.このうちメチル化はよく知られている.またメチル化は一般のホスト遺伝子の調整にも使われている.どちらが起源なのだろう.
もしかするとまずトランスポーザブルエレメントの抑制のために進化し,その後ホスト遺伝子の調整に転用されたのかもしれない.
別の例としては,哺乳類のメスのX染色体の不活性化による発現抑制ははLINEをコントロールするためのシステムとして進化したのかもしれない.X染色体へのLINE挿入は不活性化が進化しているときに選択されたのかもしれない.


ボックス 7.5 利己的遺伝子はサンショウウオを愚かにしたのか?


サンショウウオは大きなゲノムを持っている.そしてこれが彼等の精神面での進化を制約しているという説がある.
というのは,多くの生物種で細胞サイズとゲノムサイズに強い正の相関が見られる.すると一定の脳サイズにおける神経細胞の数はゲノムサイズと逆相関し,より複雑性も少なく,精神面での能力も限定されることになるだろう.このゲノムサイズがトランスポーザブルエレメントの増殖によるものだとするなら標題のような疑問が生じる.

確かにサンショウウオはトランスポーザブルエレメントを主要因として動物界中で(肺魚と並んで)最大のゲノムサイズを持ち,そして(やはり肺魚と並んで)脊椎動物中もっとも単純な神経システムを持っている.また系統分析からはサンショウウオは祖先動物から神経システムが単純化したことを示している.また同様なゲノムサイズの増大と神経システムの単純化サンショウウオ肺魚の中の小さなスケールの系統分析でもみられる.
また環境要因により体サイズが縮小した場合には脳サイズは減少しても細胞サイズは減少していないようだ.

さらにゲノムサイズは発生にもネガティブな影響を与えている.利己的な遺伝要素は大きなコストをサンショウウオに与えているようだ.逆に言うと環境的に大きな精神能力が要求されないと,利己的遺伝要素がはこびってしまいやすくなるということにもなるだろう.