読書中 「Genes in Conflict」 第10章 その5

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



今日はゲノミックエクスクルージョンの二つ目,キノコバエの染色体システムである.
非常に複雑な染色体システムとそれについてのHaigの仮説が紹介される.
Haigの論文は http://www.oeb.harvard.edu/faculty/haig/pdfs/93Sciarids.pdf 
にあるThe evolution of unusual chromosomal systems in sciarid flies: intragenomic conflict and the sex ratio だ.


まずキノコバエの染色体システムはめまいがするほど複雑だ.
性染色体はオスがXO,メスがXXである.

まず接合子は NmNpXmXpXpLmLpLp としてスタートする.
(p,mはそれぞれ父由来母由来,Nは常染色体,Lは生殖系列特異染色体)


発生の途中で父由来のXとLが排除されて
NmNpXmXpLmLpとなる.


ここで当然の疑問は,ではある個体がオスかメスかはどう決まるのかということだ.著者はいくつかのキノコバエではX染色体に逆位がありこのXがヘテロならメス,ホモならオスになる卵しか作らないという性質(monogenic)があるとしている.(あとで詳細な説明がある)しかし残りはどうなっているのだろう.よくわからない.


とりあえずある個体がオスかメスに決まったとして
ここでメスの体組織はNmNpXpXm,生殖系列はNmNpXmXpLmLp
配偶子はNXLとなる


オスの体組織はPGLにより NmXm,生殖系列は NmXmLmLp
ここで精子形成の際Xはnondisjunctionによりドライブをかける
このため精子は NmXmXmLmLpとなる.


このようなシステムが進化したことについてのHaigの仮説は以下のようなものだ.


まず2倍体からスタートして,オスの精子形成でX染色体(母由来)がドライブする.これに母由来の常染色体が参加してドライブしようとする.このため細胞質に先にあることを利用して父由来常染色体を排除する.
めでたくドライブできるようになると集団の性比がメスに傾く.これに対抗して母由来常染色体は父由来のX染色体を排除してオスを作ろうとする.
いったん父由来染色体の排除が起こるようになると,それに抵抗する父由来染色体は2個ではなく3個の相同染色体を作って対抗しようとする.
ここで(母由来Xのnondisjunctionの進化前)新しい変異体のX染色体 X* が生じたとする.これは父由来のときに排出に抵抗し,精子はXではなくXX*となる.娘はXXX*となり健康ではない.しかし息子は体組織から父由来のX,X*が排出されXOに,生殖系列はXXX*のまま健康体となる.
X*はいまや娘を殺し,父から息子に伝わる,精子に寄生する寄生体のように振る舞う.このままであればこのX*は淘汰されて亡くなるだろう.しかしメスの体でXXX*でも耐えられるように進化すればこれは存続しうる.
(ここでメスは「母由来X+父由来X+X*」オスの体組織は「母由来X+O」オスの生殖系列は「母由来X+父由来X+X*」精子は「母由来A+母由来X+X*」「母由来A+母由来X+X*」ということになる)

こののちX*はメス体内で機能を失うように進化するだろう.またメスの体組織では排除されるようになるだろう.こうなるとX*は生殖系列でのみみられるL染色体になったことになる.そしてオスでドライブをかけ,メスで通常に分離し,双方の性で体組織から排出されるこのになるのだ.

さらにL染色体はオスでドライブをかけるためオスを好み,さらにオスに傾いた性比に淘汰圧をかける.これは進化史上で初めて利己的な遺伝要素がオスに好む性比を持った例で,もし抑制がなければ2:1の性比を好むだろう.

しかし当然常染色体とX染色体はこれに抵抗する.ここでメスになる卵しか生産しないX染色体の変異体X'があると,これは性比をメスに戻すので広がるだろう.最終的な平衡はXXとXX'が50:50になり性比が0.5になるところだ.(X'はメスにしか現れないのでX'X'は存在しないことに注意)またX'はオスに現れないのでオスにのみ必要な機能の遺伝子は失われるだろう.するとX'Oは健全でないので他の遺伝子がX'のメスを作る機能を抑制しようとはしないだろう.このためこのmonogenicな卵生産システムは安定する.


うーん複雑怪奇だ.めくるめく進化コンフリクトの世界にようこそ.理解するには図をたくさん書いて考えまなければならない.それでもトリヴァースとバートはこの仮説では,最初に精子形成の際,母由来X染色体がnondisjunctionでドライブをかけることが説明しきれないとしている.確かにオスでは排除されるので接合子をメスに変えることに利益があるが,もともとメスになるはずの個体がXXX*になって致死になるデメリットがあるため性比がオスに傾いていない限り説明できないというのだ.XXX*が致死であるという前提ならこれは鋭い指摘だ.




第10章 ゲノミックエクスクルージョン その5


2. キノコバエの染色体システム


Sciarid属のキノコバエは動物界の中でもっとも複雑な染色体システムを持っている.これはいくつかの利己的な遺伝要素(PGL,生殖系列限定の染色体,利己的なX染色体の相互作用など)が絡んでいるとみられる.Haig(1993)は込み入った利己的遺伝子のコンフリクトの長い歴史の産物としてこの複雑なシステムが成り立っているかについての仮説を提示した.このHaigの仮説の面白いところは,性比を巡るコンフリクトから生殖系列に限定した染色体(これをL染色体と呼ぶ)が生じるというところだ.


(1) キノコバエのシステム


Sciarid属のキノコバエは3種類の染色体を持つ.1.常染色体,2.X染色体(これは2つの性の間で複雑な生活史を持つ),3. L染色体:生殖系列限定染色体(種によって数が異なる),である.
生殖系列での伝達においては,メスでは全く正常に常染色体,X,Lともに50:50の確率で伝わる.オスにおける精子形成はかなり異常である.常染色体とX染色体はPGLを起こす.L染色体はすべて伝達されドライブする.さらに母由来のXはnondisjunctionを起こし各精子細胞には2つの母由来X染色体がある.これにより接合子にはX染色体が3つ,2nの常染色体,いろいろな数のL染色体(典型的には3つ)があることになる.しかし発生が進むにつれこの構成は変わる.第7分裂までに,父由来の2つのX染色体のうちひとつは排除され,また2つのL染色体のうちひとつが排除される.のこされたL染色体は生殖系列の中でのみ保たれる.2つ目の父由来X染色体はオスになる個体の体組織からは排除される.これによりオスの体組織はXO型かつXは母由来ということになる.メスはXX型である.

いくつか注目すべきことがある.精子形成で母由来のXは分離せずに2つずつ精子に入り込むが,発生後これは排除される.この一時的な利得はゲノミックコンフリクトの歴史を推測させる.またオスになる個体の体組織からは残った2つ目の父由来Xも排除される.これは性比を巡るコンフリクト歴史を示唆している.さらに他のPGLと異なり,オスにある染色体は不活性にならず実質的に2倍体を保っている.(PGLが起こるのは精子形成時)
またL染色体はすべて伝達される.しかし内1つは発生で失われる.これはコナカイガラムシのB染色体(これはロスを逃れてドライブする)やヤドリコバチのPSR(ロスを生じさせてドライブするB)を想起させる.

さらにいくつかのキノコバエではメスはどちらかの性の子供しか作らない.(monogenicな卵生産とよばれる.)これはX染色体の大きな逆位によってコントロールされており,ここがヘテロのメスは娘のみ,ホモのメスの息子のみを作る.


(2) Haigの進化的仮説


a. ドライブを行うX染色体が常染色体のために選択される.

まず(XO型のオスの精子形成の際)ドライブを行うX染色体が登場する.しかし(第3章でみたように)常染色体がこれを抑制しようとせず,Xといっしょにドライブしようとする.これを行うのは母由来の染色体ということになる.

b. 母によるメスに傾いた性比のコントロール

今や常染色体のドライブを伴ったX染色体のドライブにより,(Y染色体が不在であることもあり)性比はメスに傾く.母にはこの性比をオスに傾けるように淘汰圧がかかる.すると父由来のX染色体を排除して(XX→XO)本来メスになるはずの個体をオスに変える遺伝子を想像することができる.

c. X染色体がL染色体に進化する


d. L染色体がmonogenicな卵生産を選択する.