「動物感覚」


動物感覚 アニマル・マインドを読み解く

動物感覚 アニマル・マインドを読み解く



不思議な本だ.非常に独創的な見解と自伝的なエピソード,そして家畜飼育の実践的な問題が不思議に入り交じり,自閉症と動物の認知について興味深い論点が議論されている.


著者は自分自身が自閉症であり,現在畜産関係のコンサルタントの仕事をしている.そしてウシなどが人道的に取り扱われているかについてのコンサルタント(これがとてもアメリカ的,実際にそうでないとマクドナルドなどで取り扱ってもらえない,つまり家畜を虐待していると知れば消費者がそういう肉を買いたがらないためにビジネスとしても重要だということのようだ)の経験を通じて得た結論は,動物(哺乳類とくにイヌやウシを念頭に置いている)の認知は通常の人よりも自閉症の人に近いのではないかと言うことだ.


本書の理論的な骨格としてはヒトは進化的に前頭葉が発達しており,これによりいろいろな物事を「見たまま」ではなくいったん概念にまとめて認知処理をしている.自閉症のヒトは前頭葉の働きが通常のヒトと異なっており,これにより「見たまま」の認知ができる.これが自閉症のヒトが時に「サヴァン症候群」を示して超人的な能力を発揮できる理由だ.動物は前頭葉が発達していないので「見たまま」の認知をする.だから自閉症にヒトの認知に似ている側面があるのだというものである.


動物の行動特性については一般的な認知や能力に加えてとくに恐怖,痛みについて詳しい.個別の動物ではイヌやウシの品種ごとの特性などにもふれられている.飼育についての実践的なアドバイスも多く,実際に飼っている人には参考になるだろう.


そして本書は著者自身の見てきた多くのエピソードをもとにこれを説明していく.その語りは重畳的で似たようなエピソードがいろいろな側面から語られ,感覚的にはとても説得的だ.そしてこの自伝的な要素の部分もなかなか魅力的だ.生まれたときからうまく社会にとけ込めない苦労,ウマを飼っている学校での得難い経験.大学での研究と行動主義への幻滅,最後に動物コンサルタントとしての成功とつながっている.


細かい部分にも面白い指摘は多い.ヒトも動物も情緒不安定なときにはゆっくり締め付けられると心が落ち着くとか,アルビノ気味の家畜は精神的な傷害がでやすいとか,イヌの社会的な学習の重要性とか,家畜の中でも捕食動物と被食動物が本質的に行動特性が異なるとか,特に被食動物は痛みを隠すとか,オウムのアレックスの逸話とか楽しい話も多く興味深い.


現実世界の中でドリトル先生に最も近い世界はこうなのかもしれない.いつもと違う視点から語られた物語特有の不思議感とともに自閉症の認知,動物の認知の世界を旅することができる.このような認知の問題に興味ある人,特にそれに加えてイヌを飼っている人にはお勧めできる一冊だ.