読書中 「Breaking the Spell」 第5章 

Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon

Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon




第5章は前章の続き,宗教の初期時代の再構成の試みとなる.


愛した人への屍体の対処としての儀式の登場の後,この「よいトリック」は必需品になるというストーリーだ.すべての動くものに意思を感じる「アニミズム」から迷信が発生する.ここでハトの迷信実験が紹介されて効果的な説明だ.次には目に見えないエージェントが登場する.雲はエージェントに見えないにしてもそれを操る目に見えないエージェントがいるに違いないというわけだ.

さらにもっと詳しく,直感にはずれたものへ注意が向くこととエージェントを過剰に認めてしまう傾向が適応的であり,この2つの傾向から不思議なことは誰かの仕業と考えるミームが生まれると説明する.


この「迷信」から「宗教」への橋渡しが次の話題だ.ボイヤーによるとヒトの社会生活は「戦略的な情報」に満ちている.そしてもしすべての「戦略的情報」を持っている「フルアクセスエージェント」がいれば考えることを非常に単純化できる.多くの宗教ではこれは祖先がその役割を果たしている,問題は「私は次に何をするべきか」から「祖先は私に何をさせたがっているか」に変わるというのだ.そして祖先である理由は進化的適応としての子が親に従う傾向がもとになっているのだろうとする.

次にその「フルアクセスエージェント」へのアクセスとして「占い」が生じる.次はプラセボ効果と催眠感受性が適応であると論じ,これが神への感受性のもとだとする.このような解説をしながら遺伝学者,人類学者とボイヤー,アトランが相互参照引用していないことをじれったがっているところはちょっと面白い.すると神への感受性は「健康保険」としての適応だったということになる.
シャーマンのヒーリング儀式としての宗教は今後フォルク宗教と呼ぶ.

すべてのフォルク宗教は儀式を持っている.これにはコストがかかる.誰が利益を得ているのか?我々は「占い」と「ヒーリング」という2つの仮説を持っている.そしていったん定着するとそれは新たな機能を持ちうる.(グールドなら外適応というだろう)というのが本章の結論だ.

最後に文化的に進化した記憶強化機能としての儀式の可能性についてちょっとふれている.この中で面白いのは複製伝達の信頼性を高めるためには「理解不能なものを混ぜる」ということが重要で,そうしないと「意訳」という変異が発生してしまうという指摘だ.これは面白いと思う.さらに「コピーの信頼性は我々が利益を得るかどうかについて中立的だ.「シャーマンのヒーリング儀式」も「占い」ももしかすれば相利共生的かもしれない.しかしこれはまだオープンクエッションだ.」と結んでいる.遺伝適応とミーム適応が入り交じるのでこのような整理がところどころに混ざるのはありがたい.




第5章 宗教,その初期時代


1. 多すぎるエージェント:リハーサルの場所を巡っての競争.


2. 興味あるパーティとしての神


3. 神との会話


4. 催眠術師としてのシャーマン


5. 口伝文化における記憶エンジニアリング機器