「ヤモリの指」

ヤモリの指―生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジー

ヤモリの指―生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジー



生物をヒントにした工学技術についての本.日本ではバイオ・ミメティクスと呼ばれることが多いが,本書ではバイオインスピレーションと呼んでいる.本書では様々な技術が次々と取り上げられる.まずはハスの葉に表面にヒントを得た汚れが付きにくい表面処理,ヤモリの指にヒントを得たファンデルワールス力でぴったりくっつく仕組みなどナノテクを扱ったものだ.この2つの仕組みの神髄は表面の微小構造にあり,なかなか興味深かった.どちらも表面に微小構造をつくるのだが,片方は水をはじき,それとともに汚れを落とすのに対し,片方はぴったりくっつくのだ.特にくっつく方はなかなか魔法のような感覚だ.我々の適応心理はこのようなナノスケールの事象について直感が働かないのだろう,そしてとても面白い.
蜘蛛の糸を作り出そうという試みがうまくいかないレポートもなかなか興味深い.遺伝子組み換えのバイオテクノロジーで簡単にできるのか思われそうだが,実は一定以上の高分子のタンパク質は作りにくいようだ.ヤギの乳にタンパク質を組み込もうとしても一定以上長いアミノ酸連鎖は途中で切れてしまうのだそうだ.さらにどう紡ぐのかということも簡単ではないようだ.テクノロジーのおもしろさでもあろう.

生物の微小構造ということではフォトニック結晶も取り上げられている.量子力学的原理によるということから難しいのかもしれないが,原理の説明が不足しておりややわかりにくい.構造色の説明についてはパーカーのseven deadly coloursを読んだばかりということもあって,ちょっと物足りなかった.

後半は生物にヒントを得たというより,生物に類似の事柄も見えるぐらいのアイデアが取り上げられる.自己組織化原理を使った工学技術,羽ばたき原理を使ったマイクロ飛行機,折り紙,圧縮力と張力を組み合わせた構造理論などが紹介されている.一つ一つの技術はそれなりに面白いが,バイオインスピレーションとしてまとめるのはどうかというのが正直な感想だ.

全体としては肩のこらない工学技術ものとして十分楽しい本だ.



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生物の構造色についてはなんといってもこの本.邦訳が待たれる.
私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060526


Seven Deadly Colours: The Genius of Nature's Palette and How it Eluded Darwin

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