読書中 「Moral Minds」 第3章 その2

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong



第2節ではまず道徳を考える際の哲学のあり方に対する揶揄が入る.哲学者は論理から結論を出すか,直感の結論を論理で後付けするのだが,科学的な証拠は用いないと批判的だ.ハウザーは直感が何故どのように得られるのかについて科学の方法で迫るべきだと主張している.
このあたりは難しいところだ.確かにヒトの直感がどうなっているかについては科学の方法論が使われるべきだし,ヒトがそう感じるのであれば,政策論として無視はできないし,無視するのはおそらく功利的ではないだろう.それでも価値の問題をどう決めるのかはなかなか難しいところだ.ヒトの善悪の直感がどうなっているかということと,何を善悪と考えるべきかについての関係について意見の一致を見るのは難しいだろう.


ハウザーは第1節の列車の事例などを通文化的に調べてヒューマンユニバーサルかどうかを調べた研究事例を紹介する.いろいろ結果は複雑だが,性,年齢,国籍によって列車問題の判断は影響を受けないということらしい.性差がないというのはちょっと興味深いところだ.


その後ハウザーは難しい問題に触れる.私たちは無意識の道徳判断の原則を知ったとして,それを盲従するのだろうか?列車問題によるとたとえ何百人の命がかかっていても,本来その問題に関わりのない人を直接殺してはならないことになるのだが,本当にそう考えて行動すべきなのだろうか.数百人が暴力的なゲリラに探知されて殺されないために母親が嬰児の口を押さえて窒息させるのは原則に反するが,これは認められないのだろうか.認めると考えるならそれは何故か?人数が大きいからだろうか.それとも母親にはある程度の自由があるからだろうか?

あるいは一億人の命を救うためでも1人の男を突き落として殺してはいけないのだろうか.私の感覚では進化環境で起こりえないような状況では直感に頼るべきではないだろうという感じがする.


これらを調べるためにハウザーは他の研究者といっしょにモラルセンステストをネット上でやっている.
http://moral.wjh.harvard.edu/


私も受けてみたが,本書を読んでからやるとなかなか微妙だ.
120カ国6000人の様々な文化,教育程度のデータによると結果は被験者の文化や民族や年齢や性や教育程度にかかわらずに一定だったということだ.
許されると答えた割合では デニス 90% フランク 10% ネッド 50% オスカー 75% という結果がユニバーサルらしい.


ここで興味深いのはハウザーがこのような調査の難しい点を上げているところだ.つまり,人は自分の判断の一貫性を保つために,ある問題への解答が次の問題への解答に影響を与えるというのだ.直感を調べようとしても微妙な問題では結構意識的な雑音が入ってしまうのだろう.特に面白いのはハウザーの父親の逸話で,彼は最初デニスは許されると答え,そして5人>1人という理由を挙げた.次にフランクも同じ理由で許されると答えたが,5人の臓器移植のために1人を殺して良いかと聞かれ,NOと答えたと同時に自分の理由が破綻したことに気づき,フランクについて回答を変えた,しかしデニスについては逡巡のすえ許されるという答えを保った.そして理由は説明できなかったという.


無意識原則を調べるのは大変だし,さらに判断を自分の判断の一貫性という理由で意識的に変更できるとすれば,これは結構微妙な問題を引き起こすような気がする.ある程度微妙な問題ではうまく誘導すれば,人は善悪の判断について操作されてしまうのだろうか.




第3章 暴力の文法


(2)審判の日