Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong
- 作者: Marc Hauser
- 出版社/メーカー: Ecco
- 発売日: 2006/09/01
- メディア: ハードカバー
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第4節はどのようなときに暴力が許されるのかを巡る考察だ.
この節はかなり英米法による犯罪観に基づいていて,日本刑法の立場からはなかなか微妙だ.まずいきなり謀殺と故殺の区別からはじまり,きちんとした法体系ではこの両者が区別されていると始まる.これは異議ありだろう.日本刑法ではこの区別はないし,衝動的な殺人だったか計画的な殺人だったかで犯罪類型が異なるという認識はあまりない.あくまで情状酌量の問題になる.私自身あまり英米法について詳しいわけではないが,英米法でも衝動的か計画的かにより窃盗の犯罪類型を変えているとは思えないから,謀殺と故殺で犯罪類型がまったく異なるというより,情状酌量の余地を一部法定化したものと考えた方がよいのではないだろうか.
いずれにしてもハウザーは衝動的な殺人は計画的な殺人より,より許されうる犯罪類型だというところから解説を始めている.そしてこの衝動的な殺人が許されるという考え方の極致は「名誉の殺人」と呼ばれる概念だという.これは社会規範に違反した女性を殺害することにより家族の名誉を守ることは許されるというもので,殺人そのものは計画的であっても激情から生じた許される行為(あるいはむしろなすべき行為)と考えられるものだ.コーランには何も書かれていないそうだが,イスラム社会ではこれは家族の問題(もっとシニカルにいうと女性は家父長の動産でありその処分権の問題)で法律の範囲外ととらえられているという.
これは今でも中東を中心に根強く行われているらしい.本書によると以下の通りだ.
2001年にエルサレムでは,未婚で妊娠した32歳の娘を30人でとりかこみ,父親が絞殺するという事件が起こった.母親と妹も輪に加わりコーヒーを出していたという.
国連人権委員会は年間5000人がこれの犠牲になっていると報告している.アラブ世界はこのうち2000人を占め,イスラエルとヨルダンで殺されるパレスティナ人の女性のほとんどは「名誉の殺人」によるものだ.ほとんどは公共の場で行われ,被害者を辱め,その親族の名誉回復のためにデザインされている.パキスタンでは2000年にこれは宗教にも法律にも定められていない非難すべき行為であり,謀殺として扱うという政府の声明が出されたにもかかわらず,なお増加している.
社会的な機能でいえば,男性心理にとって家族の名誉の問題は暴力の引き金を引くに十分だし,女性心理からは性的な自由に対する抑制メカニズムとなっている.ハウザーはかなり批判的で,アラブの女性は結婚前に処女膜再生治療を受けなければならないし,トルコではレイピストは被害者と結婚すれば許されるという法案が提出され,あるアドバイザーは,結婚は処女とされるべきだとして反対したことなどを紹介している.
第3章 暴力の文法
(4)自分の愛するものを殺せ