読書中 「Moral Minds」 第4章 その6

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong



さてここまでいろいろ見てきた道徳能力だが,道徳器官として脳の中ではどのように働いているのだろうかというのが第11.12節の主題だ.まずジョシュア・グリーンによるいろいろなジレンマ問題を解かせたときの脳のイメージングのリサーチが紹介される.それによると道徳判断するときの脳活動のパターンは論理的判断をしているときのパターンと異なっていたという.これはカント的ではなくロールズ的モデルを示唆しているというのがハウザーの解釈だ.進化的なスイスアーミーナイフ的な考え方とも符合しているようにみえ,とても説得的だ.


またジレンマの種類により特徴的なパターンが現れたと説明されている.

フランクが許されると答える人は時間がかかる.ヒューム的な問題があるとヒトはより判断に時間がかかるのだ.(7秒に対して4,5秒)そして感情にかかる部位が活性化しているとともに,ジレンマ時には前部帯状皮質も活性化している,さらにフランクが許されると答える場合には背側前頭葉前部皮質が活性化している(これは論理的な判断をする部位だ)

これもとても面白い結果だ.感情と論理は実際に脳の回路として衝突しているのだろう.


次にハウザーはミラーニューロンを取り上げ,これが道徳判断のキーになっているのだという考えを示す.このニューロンは脳が備えたシミュレーションソフトだという解釈だ.確かに他人がどう感じているかのシミュレーションソフトはとても重要だろう.しかしミラーニューロンと直結しているかどうかについて説得力はまだ足りないのではないだろうか.



第12節は前頭葉ダメージの患者から道徳器官に迫る.有名なフィアネス・ゲージとダマシオの研究が紹介される.
ダマシオの理論では正常人では感情は予感製造器であり,長期的な判断をガイドする.損傷を受けるとこの予感が働かず,判断は近視眼的になる.
ダマシオは,人は前頭葉と身体の内的状態(動機,息,体温,筋肉,感覚)との結びつきによりある行動と別の行動のどちらを優先するかを決めていると考えている.

何度も同じ経験をすると脳の身体を感じる部位に変化が生じるのだ.何度もハチに刺されると,痛みが身体を変え,そしてそれが脳を変えるのだ.そしてハチを見ただけでいやな感じがわき起こるようになる.

ハウザーの解釈ではこれがヒトの時間割引率を決めている仕組みの根幹だ.


ではこのような時間割引率を引けずに衝動的なヒトの道徳判断はどのようになるのだろう.モラルテストの結果が説明されている.

前頭葉損傷者に列車ジレンマを解かせてみると,彼等はデニスについて正常でフランクとネッド・オスカーについては異常だった.彼等はフランクが太った男を突き落としても良いと考え,ネッドとオスカーに差を感じなかった.またドライブ男とユニセフ問題では正常だった.
彼等はある場合には正常で,ある場合にはより結果を重視した.感情のインプットが一部なくなると,私たちはより功利主義的になるらしい.そして道徳判断がすべておかしくなるわけではなく,特に義務論的なもので違いが生じる.
ある意味では彼等はよりクリアーに功利主義的だ.

これはなかなか深遠な結果のような気がする.少なくとも抑制能力と一部の非功利主義的判断は相関があるらしい.しかしそれは何故だろう.



第4章 道徳器官


(10)時計仕掛けのオレンジ


(11)脳障害を負った功利主義