「農業と雑草の生態学」


農業と雑草の生態学―侵入植物から遺伝子組換え作物まで (種生物学研究 第 30号)

農業と雑草の生態学―侵入植物から遺伝子組換え作物まで (種生物学研究 第 30号)



種生物学会の最新刊.今回は2002年のシンポジウム「新参者の種生物学:帰化植物,抵抗性雑草,組み替え植物を材料として」が下敷きになっている.

というわけで本書は進化生物学だけでなく,農学の芳香が漂う学際的な内容になっている.巻頭では進化生物学,農学,社会学の各分野の方による誌上パネルディスカッションが収録されていて,これがとても味のある対談になっている.農学はある意味実学だから,あるがままの好奇心から研究が進む生物学と微妙に趣が異なっていて,普段は生物学的な書物を多く読んでいる私にはこのような実学的な取り組み方はなかなか新鮮だった.

また,戦後より食糧増産の使命を帯びてきたために,視野が実利中心に集中しており,実際に進化的な考察や,外来種の侵入による問題の把握が少しづつ遅れている状況がよくわかる.日本の戦後農政が畜産振興を追い求めたために,あまり疑問なく飼料作物が大量輸入され,特に牧草に混入した外来植物の侵入を許した経緯などにそれが良く現れているように思う.


第1部は外来雑草.その抑制という実利を念頭に置きつつ,いろいろな研究が紹介される.移入の経緯や日本の農業事情が大きく移り変わっていく中でのいろいろな生態が研究されていて,ダイナミズムを感じるものが多い.なかでは生物防除手段としてのエンドファイトが取り上げられているものがあり,その進化生態にかかる問題は非常に興味深かった.

第2部は薬剤耐性雑草.これは早い進化の例として有名だ.ここでも農学的実利的観点から除草剤の種類や仕組みとの関係を考察しているもの,集団遺伝学的な考察を行うもの,さらにそれを遺伝子組み換えに応用しようというものまであって面白かった.

第3部は遺伝子組み換え作物.遺伝子解析をはじめとする実務の解説,花粉飛散のリスク解析,生物多様性に与える大規模実験としての英国の例の紹介など様々なものが取り上げられている.遺伝子組み換えについては,なかなか真っ正面からその功罪を問うような内容にはできなかったのだろうが,まとめの総説は欲しかったところだ.ただ最前線に触れることはできて,読者にはよりイデオロギー的でない意見を持つ助けとなるだろう.

第4部は「雑草をきわめる」と題して雑草についての生活史戦略の考察が掲載されている.これからの研究の方向感が示されていて力作だった.最後に雑草の見分け方がコーチされている.推薦図鑑なども紹介されており,ちょっと図鑑に手を出してみようかという気にさせるエンディングだった.


実学と理学の最前線に触れる楽しさに加え,本書では除草と雑草のせめぎ合い,侵入のダイナミズム,様々な生活史と環境の激変ぶりなどから進化生物学的にも大変興味深い材料が次から次へと提示されている.なかなか変化に富んだ読書が楽しめるものとなっていると思う.