雑誌 生物科学 2007 Mar

shorebird2007-05-20


生物科学2007年3月号の特集は人類社会と社会性の進化.2006年の日本人類学会大会のシンポジウムが下敷きになった企画である.いろいろな分野の研究者の発表がまとめられていて,なかなか面白い特集になっている.一読したので内容(とほんの少しの感想)をまとめてみた.

生物科学 特集:人類社会と社会性の進化 (58巻2号 2007年3月号)

最初は井原康夫による「オスによる子の世話と配偶システムの進化」
まず親による子の世話についての総説.1977のメイナード=スミスの分析が主体.続いてオスによる子の世話,メスの多重交配について簡単にふれたあと,この両者はお互いに適応度が相手の戦略に依存する関係になっていることからその頻度分布の動態分析が分析されている.これは著者の2002年の論文がもとになっているようであり,なかなか面白い結果になっている.
そこからようやくヒトの配偶システムについての話が始まる.まず父親が子育てするかどうかについて,自分の子供である不確実性に応じる戦略をとるはずだが,そもそもヒトにおいてはその可能性を意識的にも把握可能なことから,それが影響を与えうるのかという考察がなされている.確かにそれはヒトにおいて特に考察すべき事柄かもしれない.そう考えるとそもそも同じ女性が多くの男性と性交したとしても,生まれた子供は,どのうちの誰か1人だけの子供であると多くの文化で想定されていることはなかなか興味深いことになる.もちろん文化によってはそうでないところもあるのでそれが配偶システムに影響を与えたのではないかというのが著者の主張のようだ.
確かにそうかもしれないが,結局この子が確率1/3で自分の子で,2/3で他人の子だと考えているときと,この子の父親は融合して1/3が自分だ(遺伝子的にいうと確定的に1/6が自分の遺伝子のコピー)と考えているときに,適応的な行動が異なることになるのだろうか?私にはどうもそうは思えない.(認知的には異なるので何らかのバイアスから行動が異なってくる可能性があるのかもしれないが)


次は小田亮による「社会性の知能の構造を探る」
まずバーンによる社会知能仮説とギーゲレンツァーによる特異的モジュールの集合体仮説を紹介し,モジュールを巡る議論をいろいろ取り扱っている.
そしてこれまでに見つかったり示唆されたモジュールを紹介する.有名なコスミデスとトゥービィによるウェイソンタスクにかかる社会契約(だまし検知)モジュール.そして危険回避のための予防措置モジュール.この2つが異なったモジュールなのかについて脳損傷患者の研究から別のモジュールと言っていいだろうとされている.次に共有規則モジュールとして内集団における資源配分についてもウェイソンタスクにおいて主題内容効果が見られる研究の紹介,さらに利他主義者検知モジュールとして微妙な裏切りに対処するための利他的な人を見つけ出すモジュールについての仮説が扱われている.

ここまでにだされた4つのモジュール候補の相互関係を調べたのが筆者の研究ということになる.同一被験者に4種類すべての課題を課しその連関を見るという手法をとる.
これは質問課題を被験者がどう解釈するかというところに難しい問題が含まれているようだ.実験結果としては予防措置と他のモジュールの連関はなく,利他主義検知も他のモジュールと連関しない.社会契約と共有規則モジュールの間にのみ有意な連関があるということのようだ.筆者はこれについての解釈を試みていて,取引相手に搾取されることと外集団に搾取されることに同じ怒りの感情が関わっているのではないかと推測している.ここのところはよくわからない.実際に「酒場で未成年で酒を飲んでいるのは誰でしょう」という問題を考えているときに,被験者は怒りの感情経由で論理構造を解いているのだろうか.私には単にその論理構造が似ているために論理モジュールの一部が共有化されているという解釈の方が素直な気がする.


3番目は松本明子による「メスの繁殖戦略から見たチンパンジーの社会」

まず繁殖システムを霊長類で系統的に解析し,祖先系統は単雄型で,そこからチンパンジーは複雄型,人はペア型が進化したのだろうというダイアモンドの仮説が紹介される.
ここから著者の問題意識としてメスから見た繁殖戦略として発情を群れの中で同期させるか避け合うかという選択を考える.これまで霊長類では基本的に発情を同期させると報告されてきたが,最近追認分析では支持されず問題になっているという背景が紹介される.ヒトでもこれは見られないというのだ.

これはメス側の同期と非同期のメリットデメリットを分析しなければならないし,これがオスの戦略にも影響する(そしてさらにメスの繁殖戦略にも影響を与える)ことから面白い進化動態が予想される.

まずチンパンジーが実際にどうなっているかの研究が紹介され,ランダムに近いが,むしろ有意に避け合っているということが示される.
そしてこれはオスへの接近がメスにとって限られた資源である(つまり同期していればよい遺伝子を持ったオスと交尾できないリスクがある,非同期であればよりオス間競争が激しくなり優位オスと交尾できる機会が相対的にも増える)ことを,そしてそのメリットがデメリット(出産間隔が平均して長くなる,好みの低順位オスと交尾できる機会は低くなる)を上回っていることを示唆していると解釈している.


4番目は松本武彦による「ヒトの社会と人工物の進化」
人工物(石器など)の進化についての考察.エラボレーション(誘因性の高い認知特性が意図的に付加されること,装飾など)とディヴェロップメント(物理的機能の向上を図るもの,刃先の鋭利性など)を区別して考えるもの.


5番目は青木健一による「学習の意義と進化」
モデルを使って生得戦略,個体学習戦略,社会学習戦略の優劣と環境要因(変動の周期性など)を解析するもの.
ヒトの進化史においては見知らぬ地域への急速な進出が混合学習能力を進化させた要因であったのではないかと示唆している.これによると20-10万年前にはすでにホモサピエンスになっていてもそれほど混合学習能力は高くなかったことになるが,ちょっと難しい解釈ではないかと感じられる.