
- 作者: William A. Searcy,Stephen Nowicki
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2005/09/04
- メディア: ペーパーバック
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本日より第2章
第2章以降は関係者の利害ごとにいろいろな信号を見ていく.
まず第2章は利害が重複しているときだ.
血縁個体間,繁殖に協力しているペア間,捕食から逃れようとしている群れのメンバー間が典型的な例で,具体例としては鳥の雛によるエサねだり信号,捕食者を知らせる警戒コール,食べ物を知らせるフードコールが取り上げられる.
その前に第1節は理論編だ.
ここでは多くの理論の発端となったとされるメイナード=スミス1991「Honest Signaling: the Philip Sidney Game」 の「サー・フィリップ・シドニーゲーム(以後 SPSゲームと呼ばれる)」が紹介される.
サー・フィリップ・シドニーは16世紀の英国の軍人.オランダ独立戦争でスペイン軍と戦い,致命傷を受けたが,瀕死の兵士に自分の水筒を渡しつつ「僕よりも君の方がもっと必要としている」といったと伝えられる.英国の子供は皆この話を聞かされて育つらしい.日本でいうなら二宮金次郎のような感じだろうか?モデルの状況は,給餌している親鳥と雛の間で,雛である発信者がエサをどれだけ必要としているかを知らせる信号が正直になれるかどうかを考えるモデルだ.
両者の利害は大体一致しているが,典型的な親子コンフリクトの状況である.発信者は受信者にエサをねだる.発信者はエサが必要か不要かどちらかであるが,それを受信者は直接調査できない.エサをもらえると発信者の生存確率は高まるが,必要発信者のほうがより大きく高まる.エサを与える受信者の生存確率は下がる.血縁関係にあれば,必要発信者に受信者がエサを与えることは適応的になる.
ハンディキャップ理論によれば,信号が正直であるためにはコストが必要になる.コールにより発信者の捕食確率が高まるとすれば,信号は正直になり,必要発信者はより高い確率でコールし,受信者はコールに従ってエサを与えるようになるだろう.
ここからはオリジナルのSPSゲームの解説になる.結構丁寧に解説されているが,なおいろいろとわかりにくい.私の理解を含めて整理しておこう.
<<SPSゲーム>>
エサをもらおうとする発信者(雛)とエサを与えるかどうかを決める受信者(親鳥)をモデル化したもの
信号は離散的.発信者はエサが必要かそうでないかのどちらかの信号しか送れない.発信者は1個体しかいない.(兄弟のどれを選ぶかという問題はない)
モデルの結論は,もし利害が完全に一致しないのなら,信号が正直であるためには信号にコストが必要だということだ.また利害が完全に一致する(両個体で異なる状況を望むようなコンフリクトが生じない)ならコストフリーの信号システムが可能だ.
<記号の定義>
t; 信号のコスト:発信者は信号を発信すると生存確率がt低下する
p; 発信者が「エサが必要な状態」にある確率
r; 発信者と受信者の血縁係数
S; 受信者がエサを与えるコスト:受信者はエサを与えると生存確率が1からS(S<1)に低下する
V; 必要でない発信者がエサをもらえないときの生存確率
<戦略の定義>
受信者の戦略
D0;信号に反応してエサを与える
Dm1;常にエサを与える
Dm2;常にエサを与えない
発信者の戦略
B0;必要なときに発信する
Bm1;常に発信する
Bm2;常に発信しない
<モデルの定義>
1. 発信者の生存確率は,エサの必要性とエサをもらえるかどうかに依存する
エサをもらえる | もらえない | |
---|---|---|
必要 | 1 | 0 |
不要 | 1 | V, ただし0 |
2. 適応度 W(戦略)はその戦略をとったときのその個体の生存確率+血縁度*相手の生存確率となる.
<モデルの挙動の解説>
ここからまず相手が信号システムが正直である場合の戦略をとっているときに,自分がある戦略をとったときの適応度を考えていく.
1. 受信者側
もし信号が正直なら(発信者がB0なら)
W(D0)=(1-p)(1+rV)+p(S+r(1-t))
W(Dm1)=(1-p)(S+r)+p(S+r(1-t))
W(Dm2)=(1-p)(1+rV)+p(1+0)=(1-p)(1+rV)+p
W(D0)>W(Dm1)という条件(常にエサをやらずに信号に反応する方が有利)は (1+rV)>(S+r) となる ***(1a)
W(D0)>W(Dm2)という条件(常に拒否せずに信号に反応する方が有利)は S+r(1-t)>p となる ***(1b)
2. 発信者側
もし受信者の戦略が信号があるときのみエサを与える(D0)なら
W(B0)=(1-p)(V+r)+p((1-t)+rS)
W(Bm1)=(1-p)((1-t)+rS)+p((1-t)+rS)
W(Bm2)=(1-p)(V+r)+pr
W(B0)>W(Bm1)という条件(常に発信せずに正直に発信する方が有利)は V+r>1-t+rSとなる ***(2a)
W(B0)>W(Bm2)という条件(常に黙らずに正直に発信する方が有利)は 1-t+rS>r となる ***(2b)
<私の理解による整理:この条件式の意味>
まずこの1a, 1b, 2a, 2b の4式が満たされれば,それは何を意味するのか.
通常の進化ゲーム分析のESS分析はお互いに対称な場合にその戦略が大多数を占めたときに別の戦略が侵入できない状態を調べるものだ.本SPSゲームについては雛と親鳥という非対称な対戦相手が(D0, Dm1, Dm2)(B0, Bm1, Bm2)という別の戦略セットで対戦している.そして上記4式はそれぞれESS候補のD0, B0を相手がとったときにB0, D0 という戦略がその他の戦略に侵入されないことを示している.
つまりこの4式を満たす領域ではD0, B0 はESSであることを示している.
戦略が離散的なので微分方程式による極大値探索不要でESSであることが証明できることになる.
初期条件がDm1などの異なる戦略が含まれていたときにどうなるかという動的な分析はされていない.これはレプリケーターダイナミックスで調べるべきものだろう.
さて具体的にこの問題を考えると
もっともありそうなr=0.5として
Sをx軸,Vをy軸にしてグラフを書くと
0
<コンフリクト状況での考察>
ここからの説明の飛び方はわかりにくいが,いったんESS候補式がだされたあと,そもそも状況に親子コンフリクトがあるのか無いのかを調べて,それぞれ別に解説して行くという流れになっている.
さてここでこの信号が正直に進化するかどうかもっとも興味を持つべき状況を考える.それは雛の視点からは必要でないにもかかわらずエサをもらいたい,親鳥の視点からは必要でない雛にはエサをやりたくないというコンフリクト状況である.このコンフリクト状況の時には雛が正直でない信号により親鳥を操作しうる状況であり,このときにどのような条件で正直な信号が進化するかが知りたいのだ.
この利害コンフリクトは以下の状況で生じる
血縁淘汰の考え方からは発信者は次の条件まではエサをもらうことを好む
1-V>r(1-S)***(3a)
逆に受信者は以下の条件まではエサをやることを好む
r(1-V)>1-S***(3b)
すると以下の式を満たす領域ではエサをやりたくない
r(1-V)<1-S***(3b')
この3a, 3b', を満たす領域(雛はエサが欲しいが親はやりたくない)はr=0.5の時に
V<0.5S+0.5,V>2S-1となる:これがコンフリクト状況の範囲だ.そしてそれ以外はコンフリクトのない状況になる.
このコンフリクトのある範囲内でESS候補式を満たすにはにはt>0でなければならない.つまり信号にコストがあるときのみ(コンフリクト状況の中で)正直な信号が進化することになる.
最初の空色のグラフでのBの領域になる.
また式をよく見るとこの結論は r に依存せずに満たされることがわかる.
(発信者がエサを欲しがる条件(3a)はV+r<1+rS と書ける.これと 1-t+rS>r (2b) はt>0(信号にコストがかかる)でありさえすれば両立する.)
<コンフリクトがない場合の考察>
コンフリクトがなくとも信号が好まれる場合がある.
先ほどの範囲式と図に戻れば,コンフリクトがない状況は(3a), (3b) の外側の領域になる.
発信者が必要でなければエサを望まない条件は
1-V
この条件下では両者は正直な信号で利益を得る.メイナード=スミスは1.2.4.をすべて満たす例を提示した.
r=0.5, S=0.8, V=0.95, t=0
この場合には信号はコストなしでも進化する.
ここもr=0.5,t=0 でグラフを書いてみると
4a, 4b を満たす領域は0
さらに1,2の条件式をすべて当てはめると
0
これは最初の空色のグラフではAの領域になる.
<結論>
- 利害にコンフリクトがあれば信号にコストがあるときのみ信号は正直になる.
- コンフリクトがなければ正直な信号はコストなしに進化しうる.
ここまでが私の理解も入れたSPSゲームのオリジナルの解説だ.最初にメイナード=スミスの本で読んだときにはもうひとつよくわからなかったのだが,今回もう一度じっくり考えてかなり理解できたような気がする.
第2章 利害が重複しているときの信号
(1)血縁個体間の信号;理論 その1