Biological Signals as Handicaps
Alan Grafen
Journal of theoretical Biology, 144, 517-546 (1990)
読書中のThe Evolution of Animal Communicationは現在第3章になる.第3章は利害が一致しない場合として性選択シグナルが議論の中心だ.そしてその理論編としてかの有名なグラフェンの論文が取り上げられている.ということで原論文を読んでみた.
グラフェンの1990年の論文は2編あり,片方は集団遺伝学的な議論で性選択を取り扱っているもの(‘Sexual selection unhandicapped by the Fisher process’. Journal of theoretical Biology, 144, 473-516) で,もう片方がゲーム理論に基づく信号全般を扱ったものだ.今回読んだものは後者のBiological Signals as Handicapsであり,学説史的にはこれにより長らく続いたザハヴィのハンディキャップ理論が正しいかどうかという議論が決着したというものだ.
読んでみた感想を言うと前半の理論編はなかなか難解だ.何回か読み直して議論の流れはわかったが肝心の所はいくつかよくわからない部分も残っている.特にこういう前提であれば正直な信号がESSになるという「前提」の部分で,「より質のよいオスは広告することにより,より利益を得る」という条件が「 が について増加関数になっている」で表されるという部分が難解だ.
<論文全体の構成>
とりあえず本論文の構成から説明しよう.
まず導入のあとオスがメスに対して自分の質を広告するという状況をモデル化する.オスは自分の質にアセスでき,その質に対して関数型で表される広告戦略を持つ.そしてメスは直接オスの質にはアセスできないが,オスの広告からオスの質を推測する関数を戦略として持つという部分がこの論文のモデルの最もユニークで優れたところだ.
そして一定の前提条件を満たせばこの戦略関数はそれぞれ相手のESS戦略に対してESSとなる戦略関数を持つことを証明する.そしてその関数型から,このオスのESS関数は自分の質に対して正直な信号になっていること,メスはその信号を正直に評価することを証明する.
次が面白いのだが.この証明を逆転させて,「もしある状況でESSとなる信号システムがあるとするなら,(そしてあといくつかの前提を満たせば)そのオスのESS広告戦略は信頼性とコストを持ち,さらにより質の悪いオスはより広告の限界利益が小さい」ということを証明する.
続いて具体的な関数型を例としてあげて,その場合にどのような戦略の形が現れるかを見ていく.
さらにモデルを少し変えて,メス側に評価するコストがかかる場合について上記と同様な理論的な解析を行い,ほぼ同じ結果になることを示し,さらにその具体例を取り上げる.
最後にこのもデルの持つ意味について議論がある.
<理論解析の概略>
まず理論解析の概略を示しておこう.
<1. モデルの構成>
q: オスの質(メスから直接アセスできない)
a: オスの広告信号強度.これがqに対しての変数になり,信号戦略としてA(q) となる.
p: メスによるオスの評価.これがaに対しての変数となりP(a)としてメスの反応戦略になる.
w(a,p,q): オスの適応度
D(q,p): メスの適応度減少分でq=pのとき D=0, q=pではないときには D>0
メスの適応度は以下の通り,ただしG(q)はオスの中のqの累積頻度分布を表す.
<2. ESSの条件式>
オスの戦略,すべての a, q について以下が成り立つ
メスの戦略,すべてのP(a)について以下が成り立つ
しかし実はグラフェンはこのESS式からESS戦略を導出することはしない.
ここからハンディキャップ仮説を証明するための前提条件の説明に入る.
その前に偏微分の記法として,関数についてその番目の変数で偏微分した導関数を,さらにそれをm番目の変数で偏微分したものをと表記する.
<3. 前提条件>
- は連続で微分可能.
- 広告にはコストがかかる.このため
- 広告の結果メスの反応によりオスは利益を得る,このため
- よりよいオスはより多く広告することにより,より利益を得る,だから が について増加関数になっている.
この4番目の記述は冒頭に書いたように難しい.グラフェンは何故これがこのような式の形になるかを説明してくれていない.
(この項続く)