読書中 「The Evolution of Animal Communication」第4章 その3

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)


第3節は地位のバッジ.
鳥類には,しばしば優位性と関連のある模様がある.本書で紹介されているのはカオグロシトド(Harris's sparrow)の冬に発達させる顔と喉の黒いパッチだが,日本のバードウォッチャーならまずシジュウカラの腹の黒い模様を思い浮かべるだろう.


メイナード=スミスとハーパー(1988)のモデル

地位の信号においては闘争はより激しく,あるいはより長く闘おうとする意図によって決まると仮定した.闘い以外にはコストがないとして,地位の信号に複数表現型が存在しうるかどうかを調べた.

攻撃性;m
戦いに勝つ利益;b
攻撃性がmより弱い個体の集団中の頻度;z
攻撃性mを持つ個体の集団中の頻度;p(m)

すると攻撃性mを持つ個体の利益は bz となる.

闘いのコストは別の個体が同じ信号強度を持っているときに闘いが起こることで生じる.
このコストC(m) はmに関しての増加関数(コストは攻撃性が高いほど高い)と仮定する.

すると攻撃性mを持つ個体のネットの適応度は bz-p(m)C(m) ということになる.
直感的にはこのp(m)C(m)がmに対して急激に増加すれば,勝つ確率がmに対して上昇する分を打ち消して,すべてのmについて適応度が同じになり,結果多型が進化するだろうということがわかる.


ここは難しい,まだ信号はあらわれていない(あるいは正直な信号のみということか).連続的な量を扱っているとするとp(m)は直感的に常に0に近いので把握が難しい.ちょっと緩く考えると,純粋に何らかの要因で決まるmがあるとして,あるmがもっとも有利であればその個体数が増えてp(m)が上昇して不利益になるという,動的な負のフィードバックが働くことはわかる.またC(m)がmに対して急激に大きくなれば適応度はmに対して単純増加にはならない.以上のことから多型(多型自体は外部的要因で決まっている)かつ適応度が同じという平衡があるということだろうか?


ここでメイナード=スミスとハーパーはmを表現する正直な信号が安定的に存在しうるかどうかを調べた.そして自分の本当の攻撃性m1より高いブラフm2をだす戦略について考察した.
このブラフ戦略は相手がm1以上m2未満の相手であれば利益がある.ではm2レベルの正直な相手と対戦したときに何が生じるだろうか.
もしコストを払わずに逃げられるならブラフは有利になるだろう.そして信号システムは崩壊する.
逆に逃げられずに高いコストを払わなければならないなら信号は正直になって安定しうる.m2レベルの正直な相手には必ず負けて高いコストを払うということになる.正直信号システムでは(C(m)がmに対して急激に上昇するなら)どのようなmの個体も同じ適応度を持っている.だからm2レベルの正直な相手より低い適応度を持つブラフ戦略者はすべての正直戦略者より低い適応度を持つことになるだろう,だからブラフ戦略は集団に侵入できない.

コストを払わずに逃げられるのかどうかという部分がアンクイストのモデルの肝の仮定(相手に攻撃を選ばれると逃げられない)のような気がする
また最後の部分ではm1レベルの正直な相手との対戦もカウントしなければおかしいように思う.その場合もコストが十分高ければ結論は維持できるだろう


ブラフとは別のタイプの嘘つき戦略も侵入可能かもしれない.それは実際より攻撃性を低く発信するタイプだ.

ジョンストンとノリス(Johnstone and Norris 1993)のモデル.

「控えめ」表現型を2つの信号タイプしかない離散信号系で分析した.結果は攻撃性とともに上昇するコスト(そしてそれは闘いを行うかどうかには関係なくかかるコストでなければならない)がなければこの「控えめ」戦略は侵入し信号系を破壊するというものだった.
ジョンストンとノリスはテストステロンに伴う免疫や代謝にかかるコストはその候補であると示唆している.


ここも理解が難しい,攻撃性に伴うコストがないときに,控えめ戦略にどのような利点があるのだろう?低レベル信号同士の対戦で実は勝利を確実に得られるという部分だろうか,この嘘つき個体は(信号を低くしても攻撃性自体は高いので)このコストからは逃れられない,そのために低レベル対戦の勝利ではそのコストをカバーできないという解釈だろうか.そう解釈するとこのコストが闘いとは関係のないものである必要性がわかる.


ハード(Hurd 1997)の指摘

メイナード=スミスとハーパー,ジョンストンとノリスともに,そもそもこの地位の信号が,どのような個体も頻度依存淘汰により適応度が同じために多型を持っているということを前提にしていることを指摘した.
つまりここまでのモデルは低い攻撃性の個体も同じ攻撃能力を持っているが,攻撃性について多型が生じているというモデルだ.
しかし実際の地位のバッジが生じているような状況(年齢差,性差,体格差など)を考えると,攻撃能力が同じという前提自体が不自然だ.


この指摘は非常に重要な指摘のように思う.



ハードのモデル

ハードはアンクイスト型のモデルを構築した.個体は攻撃能力に2種類あり,そして2種類の信号(A;強,B;弱)を選ぶ.信号の生成にはコストがかからない.コストは闘いに関して受信者依存型のコストのみかかる.そしてこのコストはC(1;弱い個体が強い個体と対戦) > C(0;同じ能力者と対戦) > C(-1;強い個体が弱い個体と対戦) という大きさを持つ.
正直戦略は,自分が強ければA,弱ければB,第2ステップで,相手が同じなら攻撃,自分より強ければ逃げる,弱ければいったん待ってから攻撃だ.
アンクイストはブラフだけ侵入戦略候補としたが,ハードはあと2つ考えた.
「トロージャン」;弱ければ正直戦略をとるが,強ければBを発信して相手を攻撃する.この戦略は自分が強く相手が弱いときに(正直戦略なら相手を逃がしてC(-1)を避けることができるのに)C(-1)をとらなければならないので,正直戦略に対して不利になるだろう.
「臆病者」;常にBを発信して,常に逃げる.これはC(0)がリソースを得る利益に対して非常に大きいときには侵入可能になるだろう.このあたらしい条件をアンクイストの結果に加えれば,アンクイストのモデルは地位のバッジについてもそのまま適用できる.この場合には地位のバッジは(攻撃意図ではなく)何らかの非対称な能力,例えば攻撃能力を表す信号(そして強い個体の方が適応度は高い)ということになる.

つまり地位のバッジには2種類のモデルがあるということになる.なかなか地位のバッジの理論は難しい.



第4章 利害が反するときの信号


(3)地位のバッジ