読書中 「The Stuff of Thought」 第2章 その12

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


使役交替の続き.
このような使役交替他動詞は,ピンカーによるとヒトの心が認知する「自由意思」に関連している.


まずほとんどの人の行動に関する動詞は,実際に誰かにそうさせられたとしても,使役構文はとれない.


 *(笑わせたという意味で)Bill laughed Debbie
 *Judy cried Lesley
 *Don Corleone signed the bandleader the contract.


これは,これらの行為が行為者の中にある何かにより引き起こされるのであって,外側の別の誰かに引き起こされるわけではないという認識があって,そのため他動詞として使役構文はとれないというのがピンカーの説明だ.


そして物理的な動きを示す動詞をよく見ていくと使役構文をとれるものととれないものの差はこのように原因がそのものにあるのか外側にあるのかというとらえ方にあるということがわかってくるという.


使役他動詞型をとれる動詞には2種類ある.
まず動作や姿勢の態様を表すもの
bounce, dangle, drift, drop, float, fly, glide, hang, lean, move, perch, rest, revolve, rock, roll, rotate, sit, skid, slide, spin, stand, swing, turn, twist, whirl, wind

もう一種類は状態の変化を表すもの
bend, break, grow, shrink, harden, soften,
age, bend, blur, burn, char, chill, chip, collapse, ・・・・

しかし物体が何かを放出するような動詞は使役他動詞型をとることに抵抗する.
 *glow a light
 *whine a saw
 *bubble a sauce

blaze, flame, flare, glare, gleam, glisten, glow, shimmer, shine, sparkle, twinkle(光)
blare, boom, buzz, chatter, chime, creak, fizz, gurgle, hiss, howl, hum, peal, purr, splutter, squeak, swoosh, thrum, vroom, whine, whump, zing(音)
drip, emanate, erupt, foam, gush, leak, ooze, puff, radiate, shed, spout, sweat, (その他のもの)

このような何かが外に飛び出てくるものは,人の行動と同じで何かそのものの中に真の原因があるかのような認識をされているのだ.


また存在をやめるような動詞も使役他動詞型をとらない.
 *die a mockingbird
 *decease Bill
 *fall down this wall

decease, depart, die, disappear, disintegrate, expire, fall apart, lapse, pass away, pass on, perish, succumb, vanish


これは存在をやめさせることが他動詞になれないからではない.英語には殺したり破壊する動詞の語彙が山のようにある.
assassinate, ・・・・
abolish, annihilate, ・・・・

逆にこのような他動詞は,行為者を省略することに強く抵抗する.*Bill killed という言い方でビルが死んだことは表現できない.英語では存在が止むことと,止めさせることを同じ動詞では表せないのだ.自然に死を迎えることと誰かに(悪意を持って)それを乱されることはまったくことなるという実存主義(あるいは道徳主義)をとっているようだ.これは英語だけではない.自動詞と使役他動詞に同じ動詞形を使う多くの言語で死ぬと殺すはことなる動詞形を持つ.


さて日本語ではどうなっているだろうか.
まず人の自発的な行動にかかるものと,単純な動作や状態変化にかかるものでは使役に関して何か差があるだろうか..


ピンカーのあげている「笑う」「泣く」を考えてみよう.
これらの動詞はもちろんそのまま他動詞にはなれないが,しかし2番目のカテゴリーにあげられている「落ちる」などとちがって「落とす」のような対になっている一語の他動詞すら持たない.「笑わす」「泣かす」「笑わせる」「泣かせる」という助動詞を伴った使役型の使用になる.(「笑わす」を1つの他動詞と見るか,助動詞による使役型と見るかはよくわからないが)


動作や姿勢の態様を表す動詞は一対になっている他動詞型を持っている.「壊れる/壊す」「回る/回す」「転がる/転がす」「起きる/起こす」
もっとも「動く/動かす」「飛ぶ/飛ばす」「弾む/弾ませる」「休む/休ませる」「座る/座らせる」「滑る/滑らせる」は助動詞型だ.確かにこの2類型をよく見ると後者の方が自発的な動作のようだ.
「立つ/立てる,立たせる」はちょうど中間ぐらいだろうか.


状態変化の動詞はどうか.これはかなり英語に近い.
まず同じ形をとる「ひらく」「閉じる」「増す」「生じる」がある.
「壊れる/壊す」「曲がる/曲げる」「育つ/育てる」「縮む/縮める」「固まる/固める」「消える/消す」「分かれる/分ける」「溶ける/溶かす」「直る/直す」「増える/増やす」「沈む/沈める」
もっとも「凍る/凍らせる」のような助動詞型の動詞もあるようだ.


放出型はどうか.英語ほど様々な動詞はないようだが.
「光る/光らせる」「きらめく/きらめかせる」「響く/響かせる」「あふれる/あふれさせる」「吐く/吐かせる」いずれも助動詞型のようだ.


存在を止める動詞
「死ぬ/死なせる」は助動詞型だが,「消える/消す」は他動詞型を持つ.


道徳的な動詞
たしかに「死ぬ/死なせる」と別に「φ/殺す」という動詞がある.しかしそれを別にすると自動詞型とまったく異なる形を持つ他動詞専用の道徳的な意味を持つ動詞は少ないようだ.


以上まとめると英語の使役交替可能かどうかと似たような現象として,日本語では自動詞と対になっている他動詞があるかどうかという現象があるようだ.そしてその背後の原理は同じだと考えて良いだろう.ただし,境界は微妙に異なっている.


第2章 ウサギの穴に


(6)acting , intending, causing の思考