読書中 「The Stuff of Thought」 第2章 その13

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


前回は使役交替による他動詞は,自発的だと心が認識しているものには使えないことを見た.その中には人の意識的行動,何かが内部から放出されるような動詞,そして存在を止める動詞があった.そして存在を止めることをさせる特別の道徳的な他動詞専用の動詞があることを見た.


ピンカーによるとこの自発性,使役性,道徳性はヒトの心の同じ部分にある.道徳判断は予見できる結果についてそれを意図して能動的に行動する場合にもっともはっきりと当てはまる.それは因果構造を持つ主語の行為記述と同じであり,自動詞と他動詞の上手な使い分けは道徳を議論するときによいフレームを与えるということだ.


使役交替による他動詞は通常誰がそれを行ったかを明示するが,受動態を使うと行為者を省略できる.これは時に便利だ.ロナルドレーガンはかつてこう言ったそうだ. "Mistakes were made"


そして使役他動詞(の受動態)を自動詞に変えたものは因果について意味が異なってしまう.この自動詞には因果を生じさせたものが存在することを否定する意味合いがあるのだ.
The ship was sank.(誰か(誰かはわからないが)が船を沈めた)
The ship sank. (船は自然に(誰かの意図的な行為の結果でなく)沈んだ)


日本語ではどうか.


間違いを起こした.
間違いが起こされた.
間違いが起きた.


船を沈めた.
船が沈められた.
船が沈んだ.


扉を開いた.
扉が開かれた.
扉が開いた.


日本語は受動態をとらなくとも主語を省略できる.それでも「起こす」「沈める」は主語を必要とする二項動詞のようなので誰かがやったという感じがより強くなる.結局いずれも英語と同じような意味になるようだ.


ピンカーは最後にこう警告している.すべての動詞がこの使役他動詞ルールに沿っているわけではない.多くの行為は因果を与えるのでこのようなルールの外側に多くの動詞があるのだ.ただ通常は特殊な場合に用いられる(新しく作られた)用法だ.
例えば,相手がバッターの時に限って walk someone と表現できる.
また厳密には相手を強制しているのではないものもある
drive, sailなどの語はいっしょに行っているだけで強制しているわけではない.



ここでkillhiguchiさんにご指摘ただいているので漢語サ変動詞の使役交替についても考えてみよう.

まず<人の生理的,意図的行動に係る自動詞>で使役交替できるものはあるだろうか.

高笑する 大笑する 号泣する サインする

いずれも使役交替はできず「させる」の形しかとれないようだ.


<動作や姿勢の態様を表す自動詞的漢語動詞>

落下する 飛行する 浮遊する 滑空する 滑走する 休息する 回転する 起立する 振動する ドリフトする 励起する


使役交替できるものはあまりないようだ.
「ドリフトする」は微妙だが,私の語感では駄目だ.
箱根ターンパイクの5番目のコーナーで藤原拓海はAE86を絶妙にドリフト(?した/させた).


「励起する」は良いのかもしれない.しかしこれは状態変化の動詞ということかもしれない.何しろ電子の話だから微妙だ.
水素原子中の電子が電磁場の中で励起する
研究者は水素原子中の電子を励起する


<状態の変化を表す自動詞的漢語動詞>


湾曲する 成長する 縮退する 伸縮する 凝固する 融解する 崩壊する 減少する 増加する 減退する 退化する 進化する 伸長する 改善する 膨張する 破裂する 萎縮する 沈降する 吸収する 完了する 解決する 増加する


使役交替できるものがありそうだがすべてではない.
融解する 改善する 完了する 解決する


和語の「ひらく」「閉じる」関係の漢語は多く使役交替できるようだ.しかし「増す」関係はそうでもない.
開閉する 開会/閉会する 開店/閉店する 


他動詞的にしか使えないものも多い.
破壊する 倍加する 冷凍する 加熱する 点火する 分割する 


<放出型の自動詞>はどうか.自動詞自体少ない.(日本語では音を発する,光を発するという形で他動詞的になりやすい)


発光する 

使役交替はできない.



<存在を止める動詞>はどうか


消滅する 滅亡する 死亡する 消失する 失効する 

いずれも使役交替できないようだ.


結局和語と漢語動詞で明確な差は見られないように思う.漢語の方が「落ちる/落とす」という対になる他動詞を作れないのでより同型で使役交替しやすくなっているということはあるのかもしれない.(逆に「落ちる/落とす」ペアを含めた場合よりは使役交替できる範囲が狭いようだ)
日本語話者においても認知の仕組みと文法現象に深い関わりがあるという考えとは整合的な状況のように思う.



第2章 ウサギの穴に


(6)acting , intending, causing の思考