読書中 「The Stuff of Thought」 第5章 その5

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


レイコフによる極端なメタファー救世主説への反論の続き.



ピンカーは人々が実際にメタファーを使っている様子から反論している.人々は自分の言語にあるメタファーをいともやすやすと超越するのだ.すでに言語のメタファーのいくつかは使用者にとって不透明であることは「興ざめ説」で見てきた.これは言語を使っている人はメタファーによらずに抽象的概念を理解できていることを意味している.


そして実験心理学でこのことを示した実験の紹介がなされている.

心理学者ボアズ・ケイサーとサミュエル・グラックスベルグの実験
よく使われる概念メタファーをまず会話の冒頭で導入した上で,それを発展させたメタファーを提示してそれが理解される速さをみる.そして最初に導入なしの場合と比較する.さらにまったく新しくあまりなじみのない概念メタファーについて同様の比較を行う.
よく使われるメタファーについては導入の有無は差を生まなかった.しかし新しいメタファーについては差が現れる.彼等は,メタファーが新しいときのみ,人々はメタファーの意味を考えながら理解していくと結論づけた.

メタファーがいつも使われるものであるときは人々は抽象的な意味を直接思い浮かべているのだ.


また人々は単にメタファーを無視することができるだけでなく,疑問を呈したり,これは駄目だと評価したり,どれがよくてどれが駄目かを分析できる.もし人々がメタファー自身より抽象的な思考の媒体を意のままにできないなら,メタファーの分析などできないだろう.そして概念メタファーと通して考えることもできないだろう.
このことに関するジョークも紹介される.「世界が劇場だというなら,観客はどこだい?」


さらに,考えることは,メタファーだけ動かしていればいいわけではない.考えるときにはもっと基礎的な抽象的な通貨を使うべきなのだ.ピンカーはこれに関して「目的地に向かうだけならメタファーだけ考えていればいいが,荷造りやガソリンスタンドのことをまじめに考えるときには混乱してしまう.誰かと論争するときに,相手の議論を撃ち倒したり,自分の議論の防御をすることを考えるのは良いが,補給線や戦費調達や反戦運動家との対応などを考えない方が良いのだ.」といっている.


そして脳内の機能をみても,「時は空間」のような非常によく使われるメタファーがあるにもかかわらず,時間概念が空間を考える神経領域に直接乗っていない.デイヴィッド・ケメラーは空間把握できなくなった脳損傷患者でも時間把握ができることを示した.逆のパターンを示す例もある.


さらにピンカーはそもそもどうやって疑念メタファーを理解するのかという問題を取り上げている.
レイコフはパブロフを引き合いに出して,「もっとは上」というメタファーを理解する状況を説明している.テーブルの上に本が積み重なって高くなるのを見ているうちに習得するというのだ.
しかしもっと複雑なメタファーを見ていくと,これはばかげた考えだとわかる.愛は旅だというメタファーを理解するために長距離バスで恋に落ちたり,論争は戦争だというメタファーのために議論相手とピストルを抜き合う姿を見る必要はない.


レイコフはメタファー学習の2番目として類似性をあげている.「ゴールが旅」というメタファーは,遊び場に行くためにはそこに歩いていかなければならないことから,それを愛に拡張して,関係のゴールはちょうど遊び場のような目的地だと考えるというのだ.しかしこれではゴールという抽象語がすべてのことを解決している.類似性の次元を決める抽象語が概念メタファーを学習する際に必要なのだ.メタファーだけですべて思考できるわけではない.


本書でよく見られる極端仮説を提示してそれが無理筋であることを示すという話の流れが,ここでも繰り返されている.
私達がものを考えるときにそれはメタファーを操作しているだけということがあり得るだろうか.難しい物理や数学の問題がヒトに理解できるのは確かにメタファーの力が大きいし,私達の思考がそのフレームに影響されているのも確かだろう.しかしその結果飛行機がきちんと飛んだり,包括適応度理論とマルチレベル淘汰理論が等価だったりすることがわかるのは,その基底にある真実をヒトは考えることができるということを示しているとピンカーは主張しているように思う.本書を読む限りは極端仮説は無理だという感想だ.レイコフには別途言い分があるのかもしれないが.



第5章 メタファーのメタファー


(3)メタファーの救世主