「共進化の生態学」


共進化の生態学―生物間相互作用が織りなす多様性 (種生物学研究)

共進化の生態学―生物間相互作用が織りなす多様性 (種生物学研究)


種生物学会の最新刊.今回は2004年に開催されたシンポジウムの講演内容を深化させたもので,テーマは共進化だ.共進化はいかにもアームレースにより非線形な動態が出やすそうで興味深そうであるのだが,本書によると意外にもこれを真正面から捉えた日本語の本は少ないのだそうだ.本書はいつもの通り若手研究者の意欲あふれるリサーチ結果が次々と紹介されていて内容の濃い本に仕上がっている.なお本書は表紙カバーの絵も大変楽しくて上品だ.センスの良いデザインだと思う.


序章で自然界の共進化現象を大まかににまとめ,どのような研究が行われているか概観する.種生物学会は基本的には植物研究が主体であるので,本書は植物が絡む共進化現象が中心になる.まずは植食者との共進化.次は送粉共生系,さらに種子散布,養分・炭素源の供給,被食防衛などがある,相手としてはアリ,微生物が特に面白そうだ.リサーチのポイントとしてはまず基本と言うべき対応関係の把握,系統解析,選択圧の評価,遺伝的的背景の解明などがあげられている.


第1章はマルハナバチ送粉系.
日本においてマルハナバチは3種存在し,それぞれの口吻の長さが異なっている.この口吻部の図解が示されていて三段階で口吻と舌が伸びる様子が見事な吸蜜への適応を物語っていて興味深い.本章はこの3種のマルハナバチに対して送扮してもらう側の花の形態がどう適応しているかをリサーチしたもの.それぞれのマルハナバチの口吻長に応じたそれぞれの花があるのかと予想して読んでいくと,実はそうなっていないことが示される.クサボタン類は,開花からの時間によって花筒の長さを変え,訪花する2種のマルハナバチに対応している.本書ではこれは2種のハチの訪花頻度の変動に対応するコストの安い方法ではないかと推測されている.
別の植物群,ヤマハッカ類では花筒長に地理的変異が見られる.これは送粉者側の地理的分布や共存植物によりそれぞれの地域に適応していると解釈されている.またママコナ,オオバギボウシと言ったラッパ状の花をつけるものはハナバチの種類を限定していないことも示されている.
送粉共生系では1対1だけでなく多対多の共進化関係を考えていかなければならないということがよくわかった.ちょっと考えただけでも非常に多くのパラメーターがありそうで,目が回りそうだ.とりわけ興味深いのは特定の送粉者を選ぶ(同種の花への送粉効率)のとある程度広く送粉者を集めること(訪花頻度)のトレードオフ関係だろう.また本章では考察されていないが,ハチ側の適応にも興味深い問題が多いと思われる.


第2章はツバキとゾウムシの植食・被植防衛の共進化.
京都産と屋久島産のリンゴツバキの実,及びそれぞれのゾウムシが並んだ写真が口絵にあるが,そのツバキの実の大きさの違いにまずびっくりさせられる.本章は研究の進展にしたがって記述されていて,リサーチの裏側もかいま見える.緯度にしたがって大きさに差があり,数理モデル解析によれば光合成の気候条件がよくなると資源を被食防衛に回すことが合理的になり共進化を起こすのだろうということだ.それにしても防衛にかかるコストは直径の3乗に比例するのに対して光合成効率の向上はそうではないのだから,屋久島のリンゴツバキが極端に大きいのは強い非線形的なダイナミクスがあるようで興味深い.研究の進展を期待したい.
またゾウムシの形態進化が最終氷河期以降に生じているという知見も印象的だ.


第3章はチャルメルソウの送粉共生系
まずその面白い花の形態が興味深い.そしてわかっていなかった送粉者の特定物語も面白い.つづいて送粉者がキノコバエであること,花の形態とキノコバエの種類に関連があること,分子系統分析から花の形態の推移確率が非対称であること,チャルメルソウが多系統であること,キノコバエのチャルメルソウとの送粉関係は独立に何度も起源していること,日本における地理的な共進化関係の分布などが次々と語られている.リサーチの水準の高さが窺える.


第4章はイチジクとイチジクコバチの送粉共生系
この奇妙な絶対共生系はドーキンスの「Climbimg Mount Improbable」などで詳しく紹介されていておなじみだが,日本における共進化の話はあまり読んだことがなかった.本章では小笠原諸島のイヌビワとイヌビワコバチの種分化の状況が取り上げられている.


第5章はカンコノキとホソガの送粉共生系
これもイチジクと同じ絶対送粉共生系の話.ユッカ,ユッカガと並んで絶対送粉共生系ではこの3つが代表的なのだそうだ.ここでまず興味深いのは,ホソガが積極的にめしべに丁寧に花粉を授扮させる行動を進化させていることだ.考えてみれば,種子ができることはホソガにとっても重要なのだからそういう行動が進化しても何の不思議もないのだが,やはり(コノハアリと同じように)そのような意図的に見える行動は驚きだ.このような能動的受粉行動はホソガのほかにユッカガすべてとイチジクコバチの一部にも見られ,それぞれ独立に進化しているらしい.
この送粉共生系で興味深いのは,カンコノキは種子が一房に6個でき,ホソガはそのうちの3個程度を食害し,残りは見逃す.これにより共生系が保たれているのだが,その維持メカニズムはどうなっているのかということだ.これについては古くからいろんな議論があり,理論的には花側のパニッシュメント(多く卵を産み付けられた房を間引くなど)を含むいろいろな抑制メカニズムが予測されているが,実際にどうなっているかはまだ結論がないらしい.
本章では,その起源,種分化様式などを双方の系統樹を比較することにより考察している.


第6章はアリ植物とアリ
アリ植物とアリの共生系の複雑さ,カイガラムシを加えた3種共生のシステムなどがまず解説されている.
本章もアリ植物とアリの双方の系統樹を比較することによる考察が中心.アリ植物に共生関係において大きく3グループあり,その系統的な進化のプロセスが推測されている.アリ側の適応との共進化も考察に含まれていてなかなか興味深い.また植物側からは物理的防衛を行うか,アリと共生するかが選択肢になっており,ニッチの分割により他種共存に道を開いているという指摘も面白い.


第7章はマメと根粒菌共生系
マメ科の植物は根粒菌と共生し空中窒素を固定できるという知識はあったが,その適応のトレードオフについてはあまり考えてみたことがなかった.考えてみればそれが窒素固定を通じて有利であるのなら,なぜほかの植物は根粒菌との共生を進化させられないのだろう.
本章で説明されているのは,単純な相利関係ではないためゲーム理論的な解析が必要になるということだ.資源を受け取るだけで窒素を渡さない菌(ぼったくり菌)への対処が特に問題になる.これには制裁メカニズムが実際に発見されているそうだ.垂直伝播が無く,一代限りで共生関係を築かなければならないので,このようなゲーム理論的な状況が現れやすいのだろう.大変興味深い.
また系統樹の比較により進化プロセスも深く考察されている.菌側では遺伝子水平流動もあることからどの遺伝子で解析するかと言うことも問題になりそうだし,一代ごとに共生を築くので地理的パターンも問題になる.ここも大変興味深いところだ.
このほかにも共生にかかるメカニズム,分子的な仕組み,などが説明されている.


第8章はアーバスキュラー菌根共生系と根粒菌共生系
アーバスキュラー菌根菌はリン酸などのミネラルを植物体に供給する共生菌だそうだ.本章ではこの両システムを比較しながら,根粒菌共生系がどのようにして現在の姿になったかを探っている.
本章の説明の中心は,根粒菌との共生は,植物側から見て窒素のメリットと根粒菌に渡す資源のデメリットがあり,それをうまく調整しているというものだ.この部分の分子機構からいろいろな推測がなされている.


第9章は農学的雰囲気の抵抗性品種に関してのもの
抵抗性品種はある病害に対して抵抗性を持つが,そればかり植えるとそれに適応した病原体が進化して全滅してしまう.どのような比率で感受性品種と混植すればもっとも収量が多くなるかを,疫学的な微分方程式モデルを作って解析したもの.


第10章は矢原徹一先生によるハイレベルな章だ.
ハミルトンによる有性生殖の維持は病原体に対する抵抗のためという赤の女王仮説ヒヨドリバナジェミニウィルスの系で調べようとした話から始まり,現在耐病性についてはかなりその遺伝子的な機構が解明されていることを解説している.
そして驚くべきことにその「R」遺伝子はシロイヌナズナで120個,イネで400個もあることが判明している.これは進化史を通じて敵対的共進化が続いてきたことを示している.
さらにこの具体的な仕組みはどうなっているのか,シロイヌナズナの研究が紹介されている.遺伝子レベルからの解析によると,病原体と耐性については,フローによる遺伝子対遺伝子の頻度依存型の仕組みと,超優性が有利になるマッチング関係の2種類が観察されるということだ.
ハミルトンは超優性だけでは有性生殖の維持は説明できないとしており,それもあわせて興味深い内容である.


最後にリサーチのための付録的な章が2つあり,系統解析の基礎と共種分化解析の基礎が収められている.


共進化を巡る自然史だけでも十分に面白いが,本書はそれに若手研究者の奮闘振りが収められており読んでいて楽しい.最後の矢原先生の章もぴりっと効いていてシリーズの中でも高い水準に仕上がっていると思う.