読書中 「The Stuff of Thought」 第7章 その1

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


本日より第7章,本章で取り上げられるのは冒涜のタブー現象だ.題して「テレビで言っちゃいけない7つの言葉」.
なぜ「言っちゃいけないこと」があるのだろう.言葉に出したからといってそれが実現するわけでもないのになぜなのだろう.


ピンカーは人権としての言論の自由の制限項目から議論を始めている.米国では言論の自由が制限されるのは5つの類型に整理されているようだ.ピンカーによるとそのうち4つまでは言論の自由にかかる合理性の範囲という問題で理解しやすいとしている.虚偽の言説,中傷,危険な行為,戦闘的な言辞などがこの類型だそうだ.そして5番目に「猥褻」があるという.そしてピンカーはこれは正当化が難しいのではないかと議論を始める.

いくつかの好色な言葉やイメージは保護されるが,残りは曖昧な「猥褻性」の中で微妙な扱いになるし,政府は自由に規制できる.さらに放送メディアではより広い規制が許されていて,単に「見苦しい」性的な言辞や排泄的な言辞も禁止できる.
しかしなぜ民主主義はこの規制を認めているのだろう.誰も傷つけるわけでもなく,ヒトの生活には不可避の出来事なのに.

日本でも事情は同様だ.表現の自由を巡る「公共の福祉」にかかる制限は通常プライバシーとの関連で問題になっているが,刑法に明示規定がある「猥褻」も当然制限されると解釈されていて,ほとんど議論はないようだ.一般には見たくもないものを見せられる人の感情等が守るべき法益として正当化されていると理解されているのではないだろうか.だから「誰も傷つけない」からではなく,「誰かを傷つける」と考えられているように思う.


ピンカーはこれまで争われた事例を次々に挙げている.
ジェムズ・ジョイスユリシーズの雑誌の紹介(1921)
ローレンスの「チャタレイ夫人の恋人」(1928;米国で出版できるようになったのは1960年)
ヘンリー・ミラーの「Tropic of Cancer」
ジョン・クレランドの「ファニーヒル
コメディアン,レニー・ブルース
ジョン・レノン,ボノ,ミュージカル「ヘアー」,映画「M*A*S*H」など


ちょっと面白いのはパシフィックラジオネットワーク.この放送局は1973年に連邦通信委員会により罰金に処せられた.それはジョージ・カーリンのモノローグ「テレビでいっちゃいけない7つの言葉」を放送したからだった.最高裁はこの決定を「委員会は上品でない言葉を子供が起きている時間に放送することを禁止することができる」として支持した.


日本だと有名なのはやはり同じ「チャタレイ夫人の恋人」,「四畳半襖の下張」事件などがある.このほかにも写真集の輸入を巡る事件,マンガ表現,ゲーム表現など多く争われているようだ.いずれも猥褻物が表現の自由の制限になること自体は問題なく認められ,当該作品が猥褻に当たるかどうかが争われているようだ.



ピンカーはさらにこの手の迫害は旧約聖書十戒に始まり2006年の放送品位実施法案まで長い歴史があるのだと説明し,そのパズルをこう表現している.

冒涜,呪い,不敬,猥褻,下品,俗悪,涜神,ののしり,神名濫用,悪口,4文字語,タブーだろうが,あるいは単に粗野な言葉だろうが,ヒトの言語を心の窓と考えるなら,これらの言葉にはパズルがある.
多くの同音語があることからみて,その音がこれらの感情を引き起こすわけではない.ハイフンやアスタリスクがつけば印刷できないほど猥褻ではなくなるし,母音か子音を入れ替えれば言っても良いことになる.何か音と意味の組み合わせが人に重大な感情を引き起こすのだ.


ピンカーは続けて,これは自由主義者にとっては合理的ではなく,モラリストにとっては闘うべきことはセックスや排泄ではなく抑圧や差別ではないのかという主張をさせるだろうという.
しかし実生活では冒涜語を言ったか言わなかったかが大きな結果を生み出すし,セクハラになるかならないかの差にもつながるのだ.


2番目のパスルは,なぜ「排泄」と「セックス」なのかだと指摘している.実際にはこれに加えて,神への冒涜,死や病気に関することが含まれる.


そして3番目のパズルは冒涜という行為の広さだという.カタルシス的な冒涜もあれば,呪いもある.毎日の下品な言葉もある.(ここでトルーマン大統領の傑作な逸話が紹介されている.トルーマン夫人は誰かに「大統領がmanureのかわりにfertilizerと言う言葉を使うようにお願いしてください」と言われて,一言「manureを使わせるようにするのにどれだけ大変だったかご存じ?」)


本章ではこれらの謎を解いていくことになる.


第7章 テレビで言っちゃいけない7つの言葉