「人類が消えた世界」


人類が消えた世界

人類が消えた世界


人類がこの地上から明日急に消えたら何が起こるかを描いたノンフィクションというふれこみだが,全編を読んでみるとこの本の力点はやや異なる.いったい何が起こるのだろうという知的興味からこの本を手に取ったわけであるが,それに向かって真っ正面から描いてあるのは実は最初のニューヨークの成り行きの部分までだ.この部分はきっちり描かれていて興味深い.高層ビルは基礎が水浸しになるといずれ崩壊する.そしてマンハッタンは植物が生い茂り,野生が戻ってくる.最後には戻ってくる氷河に飲み込まれるという筋書きだ.


残りの章は,もし人類が消えたらという仮定を頭に置きつつ,いろいろな視点で見て興味深そうな話題を巡る旅になる.ここはジャーナリストとしての著者の腕の見せ所であり,次々にいろいろな取材の成果が紹介される.


アフリカの大地と人類の進化物語から,いずれまたチンパンジーが直立する後継者を残すのかという話題,人類の出アフリカと巨大生物の狩猟圧による絶滅から,狩猟圧が無くなった世界でまた巨大生物は復活するのかという話題,キプロス朝鮮半島など戦争によって人が立ち入らなくなった世界で何が起こっているかという話題,最後まで残りそうな建造物としての地下建造物,まだそれを分解する微生物が進化していないプラスチックの不滅性と環境汚染の現在,石油コンビナートや原子力発電所はどうなるのか,農地はいかに早く森に戻るのかと土壌汚染の現在,パナマ運河に何が生じるか,野鳥は戻ってくるか(そして現在の野鳥に対する人類の加害),ペルム紀の大量絶滅,微生物の先行き,文化の存在を後世に伝えられるものはあるか(ブロンズ像はかなり残る,また宇宙を進む電波に痕跡は残る),海洋汚染とそこからの復活などの話題だ.


全体として面白そうな話題を手がけているのだが,やや散漫な印象だ.軽く読み飛ばすには叙述が結構回りくどくて詳細だったりする.巨大な蘊蓄話として読むのがもっともふさわしいだろう.(そして蘊蓄話としては結構買える話題が多い)


ただジャーナリストが書く以上しょうがないことかもしれないが,現在の環境汚染を強調しすぎている嫌いがあり,壮大なテーマとの間でやや不協和だ.メルトダウンした原発放射能がかなり長く残るとは言っても生物は厳しい淘汰圧に適応するだろうし,セルロースだって分解できるのだからいずれプラスチックを分解する微生物が進化するだろう.ましてやGMOによる改変された遺伝子が人類がいなくなったあともその「危険」を残す(いったい誰にとって?)というくだりなどはちょっと読んでいて残念だった.いずれにしても明日急に人類が消えるなどということはあり得ないのだから,もっと純粋に価値中立的にどうなるかを追及したほうがより面白かったのではないだろうか.



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原書はこれ

The World Without Us

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