読書中 「The Stuff of Thought」 第7章 その3

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


なぜ冒涜語は力を持つのだろう.それはこのようなタブー言葉は感情を司る脳の古い部分に関連していることを示唆しているのだろうとピンカーは言う.
冒涜語と同じ意味の単語が冒涜語でないことから見て(shit と feces, cunt と vagina, fucking と making love)これは言外の意味(connotation)に関連しているはずだ.
随分昔に心理言語学者は単語の言外の意味が異なる類型を3つ見いだしている.よいものと悪いもの,弱いものと強いもの,能動的と受動的の3つだ.そしてタブー語はこのうちの悪くて強い方向に集中している.


そしてピンカーは文字通りの意味と言外の意味は脳の違う部分にあるかもしれないという.そして文字通りの意味は認識,知識,推論,企画を司る新皮質で,言外の意味は新皮質と動機と感情を司る辺縁系の連結にあると考えることは自然だと.
ここからピンカーは辺縁系についての知見を整理して,特のその扁桃で自動的に感情生起が生じることと,タブー語を聞いての反応がオートマチックなことを結びつけるように示唆する.


その古典的な例としてストループ効果を紹介している.これはどの心理学の初歩の教科書にも載っているし,4000以上の論文で引用されている.インクの色と異なる色の名前を印刷した文字を読ませるという実験だ.これは非常に困難な課題になる.そしてタブー語はさらに読み手の意識を注目させてしまうとして,いろいろな色(ここではグレーの色調)でタブー語を印刷し,その色を答えさせる課題が困難であることを示している.タブー語を印刷している色の名前を言わせようとすると,人々は呆然として極端に遅くなってしまうそうだ.日本語でもやってみると面白いかもしれない.恐らく冷静に色の名前は答えられないだろう.


ピンカーはこの感情作用を利用した商標があると紹介している.Fuddruckers というレストランチェーンや,FCUK (French Connection UK) という被服ブランド,Meet the Fokkers という映画などだ.日本にはこういうものはあるのだろうか.とりあえずあまり思いつかない.


また人々は無実の単語をタブー語と聞き間違えられないかと恐れて使うのを控えるため,グレシャムの法則(悪貨は良貨を駆逐する)の言語版が生じるという.

ウサギを意味するconeyという単語は19世紀に使われなくなった.おそらくそれはcuntと似ているからだ.同じようなことは cock, prick, pussy, booty, ass の正式な意味にかかる用法(雄鶏,ちくりと刺す,ネコ,戦利品,ロバ)にも当てはまっている.Koch, Fuchsなどがつく姓の人は名前を変えようとする.またワシントンD. C. の市長補佐官は予算について niggard と表現したために,これは中世英語から来る「倹約的な」という意味であって,スペイン語のnegroから来る意味とは何ら関係ないのだが,辞任に追い込まれた.フェアではないが,補佐官もniggardという言葉も運が尽きてしまった.


失語症患者は冒涜語をしゃべる能力を保っていることが多いそうだ.通常失語症は脳の左半球の損傷によって生じることから,タブー語が別の場所で処理されていることを暗示している.
単語にはその理解のための本質的な語彙があって,それは右半球にあるのだ.右半球には不規則動詞のような特異的な記憶も収められている.さらにもっと長い記憶,詩,祈りなどの暗唱,um, boy, well, yes, I thinkのような定型語形も入っている.
また右半球はより深く感情,特にネガティブな感情と結びついている.


これと関連する症例としては,右の大脳基底核の損傷患者が失語症と反対の症例を示しているものがある.彼は文法的な文章を流れるようにしゃべることができたが,有名な歌を歌ったり,詩の暗唱や祈りを唱えること,さらに冒涜語の最初を言ってもらってそれを完成することができなかった.


別の症例としては(ギルデラ)トゥーレット症候群が紹介されている.それは大脳基底核の異常に関わるそうだ.その著名な症例はヴォーカルチックと呼ばれるもので,猥褻語やタブー語を叫んでしまうというものだ.これはcoprolalia(糞話)と呼ばれる.もっともこの症状はわりとまれであり,よくあるチック症状は瞬き,小刻みな身体の動き,のどから音を出す,どもりなどだ.患者はこのような発話は全くの無意識で生じるのではなく,抵抗できないような衝動から言葉を発してしまうのだと報告している.このような望まない行動の衝動とその抑制の失敗は強迫神経症の症状(劇場で「火事だ」と叫んでしまうのではないかという恐怖)とよく似ている.強迫神経症大脳基底核のブレーキとアクセルのバランスがうまく働いていないことを示唆している.


ピンカーはこれらの症例でどういう発話があるかを具体的にに示している.英語の症例はなかなかニュアンスがわかりにくいのだが,興味深いことにピンカーは日本語の例も示している.
(すけべ ちんちん ばかたら(馬鹿たれの間違いか?)くそばば ちくしょう(ピンカーはこれを「売春婦の息子」と誤って注記している) ○○○(女性性器を指す言葉として,元のリスト自体が伏せ字であったようだ))
また手話にもののしり言葉はあるそうだ.


正常な人は,脳内の帯状皮質で自分がしゃべろうとする言葉をモニターしていて,危ないときにはそれを上書きするのだとピンカーは説明している.これが礼儀正しい場所で使う省略された冒涜語だという.


(その例)
God: egad, gad, gosh・・・・
Jesus: gee, geez, Jiminy Cricket・・・・


Geeが冒涜語(あるいは元冒涜語)だとは知らなかった.いまは「えーと」ぐらいの感じではないのだろうか.
日本語で言うと「ちぇっ」というのは「チクショウ」の丁寧バージョンと言うことになるのだろうか?(違うような気もするし,あまり良い変換の事例は思いつかない)


ここでピンカーはまたマイフェアレディの例を紹介している.
ピグマリオンでのヘンリー・ヒギンズと家政婦ピアス夫人との会話,イライザに冒涜語を聞かせるべきではないという夫人に,ヘンリーは使うはずがないという,夫人は朝食の時にブーツとバターとパンに向かって使いましたと言われてヒギンズはそれは単なる頭韻だとごまかす)
そしてこのような言い換えられた冒涜語は頭韻や類音,そしてだじゃれのようなもの,そしてさらに音節のリズムにかかるものになることが多いのだと解説している.


例:
bullshit かかる婉曲表現
applesauce, balderdash, blatherskite, claptrap, codswallop, flapdoodle, hogwash, horsefeathers, humbug, moonshire, poppycock, tommyrot


さすがに言語学者によるものだけあって圧倒される.それでも音節数が組み合わせにより多い英語の特徴だろうか,多様な言い換えが可能なことは驚きだ.(ほんとにこれが全部bullshitの置き換えかという疑問もあるが)日本語ではそもそも「くそ」に加えて「牛のくそ」のような複合的なののしり言葉があまりないし,どのようなののしり言葉に関しても,これだけの変換冒涜語があるとはとても思えない.


もうひとつ豊穣なののしり言葉の土壌は音素象徴主義だそうだ.呪いの言葉は素早くて激しい単語を多用する.単音節で短い母音を持ち子音で終わることが多いとして,fuck, cock, prick, ・・・・などの例があげられている.
これも音節数が少ない日本語にはあまり見られない現象のように思う.


ピンカーは本節の最後に冒涜語と詩にはつながりがあるといっている.どちらの領域でも言語は極限まで使われメタフォリカルだ.そして,頭韻などでえられる極端な効果はとても重要なのだそうだ.



第7章 テレビで言っちゃいけない7つの言葉


(2)冒涜的な脳